第30話 例の後輩が相棒になった場合




 ――――遡ること、一週間前。




「空木先輩! 特訓に行きましょう!」


 放課後、いつものように2-A教室の扉をばぁんと開けて、見知ったやつが姿を見せる。

 碧い瞳をバッチリ開き、プラチナブロンドのボブヘアを元気になびかせて、今日も今日とてサラ・ファインは上級生の教室に闖入ちんにゅうしてきた。


「……毎度のことだけどもう少し静かに入って来れねえかな」


「す、すみません、つい勢い余ってしまって。先輩方、申し訳ありませんっ」


 白金色の頭を下げる下級生の姿に「いいよいいよ」やら「大丈夫、気にしてないから」と声がかかる。悲しいかな、クラスメイト諸氏はファインの乱入に慣れきっているようで。


「皆さん、寛容です! ありがとうございます!」


「おかしい、対応が甘過ぎる……」


「ピコちゃんが厳しいんだって。カワイイ後輩ちゃんのやることくらい大目に見なっての」


 同じクラスの安曇野あずみのつかさが、俺をなだめるように肩を叩いてくる。

 安曇野は今日も、バチバチのメイクにライトグリーンのインナーカラーを入れた派手な黒髪サイドテールでキメている。そんなキツめのギャルっぽい見た目のわりに、安曇野はファインに対していつも激甘だ。


「サラりんも、こんな友達少ないやつの言うことなんて聞かなくていいからねー?」


「なんかついでで侮辱してきてるけど俺別に友達少なくないから。むしろめっちゃいるから」


「じゃあ連絡先知ってる友達何人いる?」


「…………まあそれはそれとしてだ」


「誤魔化すの下手かよ」


「安心してください空木先輩! 友達が少なくても、パートナーの! パートナーのわたしがいます!」


「どえらい強調してっけど『技師登録』してるだけだからな。あんまりフォローになってねえぞ。あと友達は少なくねえ」


「え、そこまだ否定するんだピコちゃん……」


「信じられないみたいな顔しないで貰えますか安曇野さん? クソイラつくんですけど?」


 と、いつものようにファインやら安曇野やらとやりあいつつ。

 俺とファインとの関係は、この数日間で少しだけ形が変わった。

 キーワードは、『技師登録』だ。




 ――――笹川君との試合の後。

 諸々の結果として、姉貴の機体をファインに託す形になったわけだが。

 そうなれば中途半端な真似はできない。そう思った俺は、試合が終わった直後にファインに『技師登録』について持ちかけた。


『その、技師登録、とは?』


『競技科生が、自分のフライトギア整備を任せる技術科生を指定する制度だな。

 元々は、技師の伝手が無い競技科生と、腕試しの機会が少ない技術科生とを繋ぐために作られた仕組みでな』


『なるほど』とファインが頷く。


『枠組みさえ作っちまえば、別段交友が無い生徒同士でも協力関係を築きやすくなるだろ? そうやって競技科・技術科間の交流を促進させるために生まれたのが、技師登録制ってわけだ』


『なるほど』とファインが頷く。


『んで、技師登録されてる技術科生には、整備用の学内設備の予約が取りやすくなるっていう明確なメリットがある。

 あと、技師登録情報は公にされるから、誰と誰が手を組んでるのかとか、どの技術科生が人気なのかとか、そういう情報がハッキリ出るな』


『なるほど』とファインが頷く。


『お前実はあんま分かってねえだろ』


『はい! あんまり!』


『正直でよろしい。まあ、言ってみりゃ競技科生と技術科生のパートナー契約みたいなもんだと思ってりゃいい』


『パートナー……いい響きですね!』


『響きはな。ぶっちゃけて言うと競技科生側のメリットってあんまりねえんだけども、俺としてはお前のギア、アルタイルの面倒を可能な限り見たいと思ってる。だから、出来れば俺のことを技師登録してくれるとありがた――――』


『ぜひ!!! ぜひに!!!! 登録させてください!!!!!!!!』


『急に圧すげえなオイ』




 ――――といった感じで、ファインは俺を技師登録するに至った。

 これによって、言ってみれば俺とファインが事実が全生徒に開示されたことになる。以降、ファインと行動することも多くなった。

 まあ、大多数の生徒にとってサラ・ファインが空木宙彦を技師登録した事実なんてどうでも良いことだとは思うが……ただ。 

 何事にも例外というのは付きもので。


 ――――教室の扉がばぁん! と開く。ファインが室内に居るというのに。

 新たな闖入者の派手な気配。それが誰かは、恐らく皆すぐに分かった。

 直後に響いたのは、個人的には久々に聞くお嬢様ボイス。


「おーっほっほっほ! おーっほっほっほっほっほっほっほ!」


 絵に描いたような高笑いと共に表れたのは、緑色のタイを付けた制服姿のお嬢様。

 お嬢様、とあえて表したのは、そうとしか言い様がないからだ。

 金髪、碧眼、縦ロール。ピンと立てた右掌を左頬に添える例のポーズ。

 どこをどう切り取ってもお嬢様。言うなればお嬢様の金太郎飴。

 そんな典型的すぎる容姿と振る舞いでもって、ザ・お嬢様が現れた。

 恐らく学内一の有名人。彼女の名は――――


「ごきげんよう、2年A組の皆様方ぁ! MTP社の看板娘、アリス・L・C・サンダースが失礼いたしますわよぉ!」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る