第10話 後輩がちょっと踏み込んできた場合




「申し遅れました。僕は笹川蔵人くろうど。競技科、一年A組所属です。

 是非空木先輩とお話をしたく、不躾ながら先輩のクラスにお邪魔させて頂きました」


 恭しく、そしてどこか気障ったく頭を下げる笹川君とやら。

 そういえば新入生戦でも同じ名前を聞いた気がする。それと確か、俺たちより少し上の世代のトップクラスのFA選手に、笹川という名前があった気がする。

 とはいえ、そんなことは今どうでもいい。

 それよりも、面倒くさい予感をひしひしと感じる。


「……ファイン、説明を頼む」


「はい! あの、空木先輩にお会いしたいとのことでしたので!」


「連れてきた、と」


「はい。……えと、ダメでしたか?」


「いいや、別に」


 ファインには悪気は無かったのだろう。同級生に頼まれたことを断れなかっただけだ。

 つまりこれは俺の問題。俺が上手くあしらえば良いだけの話。


「で、笹川君だっけ? 俺に何の用?」


「はい。空木先輩の姉上にあたる、蒼さんの話を。

 具体的には、彼女が貴方に預けたという専用機のことをお聞きしたく」


 思わず目を見開く。意外と直球勝負で来たな。

 ファインはなんのことか分かっていないのか、俺と笹川君を見てオロオロしている。

 で、隣の安曇野の目がすっと細くなったのは一旦置いておいて。


「単刀直入だな。話が早いのは助かるよ」


「では――」


「ダメだ。そこまで調べたなら、俺の噂も聞いてるだろ?」


 意識せずとも声色が厳しくなる。落ち着け、と自分に言い聞かす。

 この話題は俺にとって譲れない一線だ。だからこそ、感情にまかせて突っぱねることはできない。

 俺の問いに、笹川君は「はい」と落ち着いた様子で頷いて。


「蒼さんの専用機に相応しい人間を選びに、FASに入学したと」


「そう。んで、残念ながら笹川君は『アレ』に合わねえと思う。

 だから一切話さねえし見せもしねえ。悪いけど諦めてくれ」


 できる限り柔らかい口調で、しかし最低限の言葉で拒絶を示す。

 すると、すまし顔だった笹川君の顔がほんの一瞬歪んで。


「……理由をお聞きしても?」


「メインは俺のこだわりの問題。

 実力が足りないとかそういう意味じゃないから、その辺は勘違いしないように。

 でもこれ以上は聞かないでくれよ。話す気もねえから」


 話せる最低限の範囲で、シンプルに断りを入れる。「そう、ですか」と笹川君は目線を落とした。

 ケンカを売るつもりはない。けれど譲るつもりもない。

 そういった意味を込めた言葉はさて、笹川君に伝わったのかどうか。

 しばらく目を伏せていた笹川君は――どうやら諦めてはいなかったようで。


「空木先輩は」と、その切れ長の目を真っ直ぐこちらに向けて


「勿体ないとは、思わないのですか? 

 あの空木蒼さんの機体を手元で眠らせておくなんて――――」


「ちょっといい?」


 ここで安曇野が口を挟む。その声音はいつもより数段低くて。


「――――あんたそれ、ライン踏んでるよ?」


 安曇野は一切表情を変えず、笹川君を見もせずに冷たく言い放った。

 その言葉に息を呑んだ笹川君は、直後ハッとした表情を浮かべ、すぐに頭を下げてきた。


「も、申し訳ありません」


「いいよ別に。わりと慣れてるしな、こういうの」


 柔和な顔を意識して、笹川君に言葉をかける。

 ……今のは少し失敗だ。安曇野にストップをかけるべきだった。

 完全に萎縮してしまった笹川君は、「本当にすみませんでした」と改めて頭を下げ。


「今日はこれで失礼します。ファイン君、案内してくれてありがとう」


「へ!? あ、はい! おほめにあずかり恐縮です!」


 場にそぐわない素っ頓狂な声を上げたファインにも頭を下げた笹川君は、踵を返して足早に教室を後にした。

 ぱたん、と教室の扉が閉まるのを確認して、思わず溜め息を吐く。


「安曇野。フォローはありがてえけどな。大人げねえぞ、後輩相手に」


「えー? だってあいつさー!?」


「まあ、やり口は強引だったけど、それでも変なミーハーよりはマシだって。

 というか、若干気障ったかったけど基本は好青年だったろ?」


「いーや全然。つーかあたしあいつ嫌い」


「お前なぁ……」


 安曇野は基本いい奴だけど、ちょっと感情が先行しがちだ。

 特に仲間内になにかあったときのこいつは、正直手が付けられない。

 ……まあ、そんな安曇野が先にキレてくれたからこそ、俺も冷静になれた節はあるが。


「す、すみません……わたしのせいで話がややこしく……」


「ちがうちがう! サラりんは関係ないって! 悪いのは全部あのキザ栗毛!」


「語感で変なあだ名付けてやんなよ……」


 と、なんだかんださっきのやりとりで一番フラストレーションがたまったのは、なぜか安曇野であったらしく。


「こういうモヤった気分のときはとりま訓練っしょ! 早く西岸いこ!」


 ずんずんと先行する黒緑頭を追って、俺とファインも教室を後にした。

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