第21話 覚悟を決める場合




「ありがとうございました!」


 格納状態のファインのギアを背負って、タクシーから飛び降りる。

 オノゴロと内地を繋ぐ直通バスなど、悠長すぎて使っていられなかった。

 タクシー代のおかげで小遣いは目減りしたが、そんなものは屁でも無い。


 今の俺は、今までの人生の中で一番重要な仕事を抱えている。

 早く遂げなければ。やり通さなければ。その感情だけで俺は動いていた。

 見慣れた『ギアショップうづき』の看板を横目に、店の中に走る。


「おや、おかえ――――り?」


 レジ奥でくつろいでいた親父を尻目に、店の奥への扉を開ける。


 店舗奥の倉庫の突き当たりが、それの定位置だった。

 毎週末にそれを細かく点検・整備するのが癖になっていたから、埃は被っていない。

 ――――青いカバンに収まった、待機状態のフライトギア。

 迷いなくそいつを手に取り、ジッパーを開けたその時だった。


「こらこら、挨拶くらい返しなさい」


 背後からの声に振り返る。

 そこには、腕を組んで扉の縦枠にもたれかかる親父の姿があって。

 

「ただいま。悪い、急いでるんだ」


「決めたのかい?」


 親父のその問いに、手を止める。開いたカバンからは青い装甲が覗いている。

 親父も当然、俺のことや姉貴の機体については全て知っている。……だから、嘘は吐けなかった。


「決めたってわけじゃ、ねえのかも」


「あらら? その割にはなんというか、覚悟の決まった顔をしてるけど」


「託す託さないはぶっちゃけ、ハッキリしてねえ。そこはごめん」


「謝る必要は無いけど……なら、なぜその機体を?」


 訊かれてから、答えはすぐに出せなかった。

 なぜ、どうしてと。そんなハッキリした答えは持ち合わせていなかった。

 今の俺を動かしているのは、ただただ感情的なものだ。

 託すに値する相手を探す、なんて面倒くさい思いは今、俺の中には欠片も無かった。

 今の俺が抱いているのは、ただ一つ。


「――――飛ばせたい奴がいるんだ」


 全ての迷いが取り払われた結果の感情は、ただそれだけだった。


「そいつは今、飛びたいように飛べてなくて。

 そんで俺が、俺だけが、そいつを飛ばせる方法を知ってる。だから」


 そのためだけに、姉貴の機体を使う。

 それはきっと、以前の俺からすれば考えられない答え。

 けれど、ある意味必然だったのかもしれない。俺のような思慮の浅い奴が偉そうに「託すに値する奴を探す」なんて、初めから性に合っていなかったのだ。


 飛ばせたい。だから飛ばせる。

 それくらい単純な方が、実に俺向きでしっくりきたから。


「なるほど、ねえ」


 と、それだけを言って、親父はゆっくりとこちらに近付いてくる。

 相変わらずの穏やかな顔で。けれどどこか、普段と違う真剣味を帯びながら。


「親父?」


 と俺が訊いたとき、親父は姉貴の機体の格納バッグを剥ごうとしており。


「まずはどうするんだい? その背負ったギアのパーソナルデータを移そうか?」


 まるで当然のように、親父は言い放った。


「ちょ、流石に親父の手を借りるわけには――――」


「と遠慮している宙彦に質問だ。この機体は、誰の機体かな?」


 いきなり聞き返されて、思わずどもる。

 急になにを訊いてくるのかと思えば、なにをそんな自明のことを。


「そんなの、姉貴のに決まって――――」


「そう。つまりだ」


 言われて気付く。この機体は、親父にとっても大切なモノだったのだと。

 直接預けられたのが俺であっても、親父にとっての思い入れが軽いなんてことは、無い。


「手を貸す理由にしては、充分すぎるだろう?」


 親父はこちらを向いて、似合わないウインクをする。


「……ありがとう、親父」


 小さくつぶやくと親父は「あはは、みなまで言うな」とからから笑って。


「で、どうしたいんだい?」


「姉貴の機体を使って、破損したクインビーを修復する。

 元のクインビーには戻らねえし、姉貴の機体も原型を止めねえと思う」


 姉貴の機体はクインビーがベースだから当然、補修用のパーツは確保できる。

 ただ、改造機体のパーツなので完全に互換性があるわけでもない。場合によっては双方の機体に手を入れる必要も出てくる。

 そういう意味でどちらの機体も、完全に元通りには戻せないだろう。


「思い切るね。流石は我が息子。……機体のスペックは?」


「基本はクインビーに寄せる。けど、どうしたって姉貴の機体の個性は出る。

 特にウイングロッドは下手に弄れねえ。だから、その辺は諦める」


「それで大丈夫なのかい? サラちゃんに制御しきれるかな」


「はっ」と鼻で嗤う。


 確かに姉貴の機体はピーキーに設計されてる。それこそ、見る人間が見れば一発で扱うことを諦めるくらいには尖った性能だ。いくらその性能を丸くするといっても、限度はある。

 ただ。

 俺が機体を預けるのは、信じられないくらい真っ直ぐな、あの馬鹿なんだ。


「――――そいつは流石に、あいつの根性を舐め過ぎだ」


「はは、それは失礼」


 整備用の端末を起動する。まずはソフト周りの粗調整とデータの移植からだ。

 気障ったく拳の関節を鳴らして、わざとらしく気合いを入れる。

 一生に一度あるかないかの勝負だ。格好くらい付けてもいいだろう。

 なんて思いつつ、己の頬をパンと叩いて、準備は万端。


「――――そんじゃあ一丁、仕事するとしますか!」





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