第22話 覚悟を託す場合



「……ありがとう、ございます」


 自分の身体と格納バッグを引きずるように、タクシーの外へ出る。

 大丈夫かい、と訊いてくる運転手さんに片手を上げて返し、歩き出す。


 流石に二日も寝ていないと、心身共にボロボロだ。

 けど、それだけ己を絞り尽くした成果は、充分に実を結んだ、と思う。

 結局終始親父の手を借りてしまったのは、情けないところだが。


 木曜日、午後七時。親父のおかげで工期は大幅に短縮された。

 とはいえ、陽はもうとっくに落ちていて。暗がりの中、寮への並木道を歩いて行く。

 待ち合わせ場所は、男子寮と女子寮それぞれに分かれる三叉路。

 携帯端末のメッセージアプリで連絡は既に入れてある。


「空木先輩!」


 と、丁度その待ち合わせ相手――ファインが声を掛けてきた。

 俺を見つけたファインは、慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきて。


「ど、どうしたんですか!? ボロボロじゃないですか!?」


「こいつを仕上げてきた」


 背負っていた格納バッグを降ろし、ファインの目の前に置く。

 するとファインは、驚きにその碧い目を丸く見開いて。


「お前の機体クインビーだ。ちっとばかし、仕様は変わってるけどな」


「まさか、この子のために……?」


「そういう、ことだ」


 普通に喋るのにも息切れする。どうやらいろいろと限界が近いらしい。

 間に合わなくなる前に、ファインに伝えるべき事を、伝えなければ。


「前よりじゃじゃ馬に仕上がってるから、気ぃつけろよ

 ……明日の放課後、こいつの慣らしに時間を使えるか」


「だ、大丈夫です」


「なら問題ねえな。お前ならきっと使いこなせる」


 ファインの練習時間が確保できたのも、予定より早く機体を上げられたからだ。

 改めて、親父には感謝しないといけない。来週土産でも買って帰らないと。

 なんて、どうでもいいことを考えていると。


「空木先輩」


 ファインがいつになく真面目な表情で、こちらを見つめてくる。

 いつもの勢いはなりを潜め、静かな碧眼は俺を中心に捉えており。


「どうして、ここまでしてくれるんですか?」


 その声は少しだけ震えている。確かに、こいつからしたら不思議なんだろう。

 初めて会ったのはつい二週間ほど前。クラスどころか学年も違う俺が、なぜ手を貸すのか。

 そこにはたぶん、深い考えなんてない。


「いつだったか言ったろ」


 姉貴の機体に相応しい相手を、なんて小難しい願いを抱く前。

 その時の俺の夢は、もっともっとシンプルだった。

 空飛ぶ機械に魅せられた。空飛ぶプレイヤーに魅せられた。自分には飛ぶ才能が無いって分かっても、空の魅力は俺を離してくれなかった。

 だから願った。ならば俺の手で、空飛ぶあいつらを支えたいと。


「――――飛びたい奴を飛びたいように飛ばせるのが、俺の仕事だ」


 そしてそれが、技術屋としての俺が持った、一番最初の夢でもあって。

 だったら俺がやることなんて、やりたいことなんて、初めからたった一つだった。

 飛びたい奴のために全てを掛ける。それが例え、大切なモノであっても。


「勝ち負けなんかどうでもいい。余計なことは全部忘れろ」


 碧い瞳を真っ直ぐに見つめ返す。目の前の彼女と同じか、それ以上の熱量を込めて。

 飛びたいと叫んだその言葉に、俺は覚悟を決めて全てを掛けた。

 後悔はない。だから今度は、お前の番だと。

 思いを込めて、俺は言う。


「――――自由に飛べ、ファイン。そのための全部を、俺はこいつに詰めてきた」


 ファインの返事は、今までで一番大きくて、真っ直ぐだった。





「――――――はいっ!!!」





 その声を聞いて、安心した瞬間。全身の力がすっと抜けて。


「っし。じゃあ、あとは、まかせた」


 と言い切ると同時に。

 ブレーカーが落ちるみたく、俺の意識はばちんと切れた。

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