第23話 決闘前に名前をつける場合




 南岸第一競技場、選手用通路。

 無機質で静かな廊下を歩いていると、前方から見知った奴が歩いてきた。


「お、今日はちゃんと起きれたんだ?」


 開口一番に失礼なことをのたまう、黒髪に緑のインナーカラーを入れた派手髪の女。

 サイドテールをゆらしてカラカラ笑う安曇野あずみのを俺は、鼻で笑う。


「舐めんなよ。大一番で遅刻するほど抜けちゃいねえわ」


「昨日丸一日寝入ってたやつがそれ言う?」


「それはそれ、これはこれ」


「いやかっこ悪っ」


 などという安曇野の言葉は軽く聞き流す。

 ……というか、仕方ないだろ。丸二日寝てなかったんだから一日くらい寝るだろ普通。

 と、それはそれとして。


「仕上がりは?」


「バッチリ。もう見違えたって感じ」


「そうか。そりゃよかった」


 安曇野の目でバッチリというのなら、それはそうなのだろう。

 ことフライトアーツのことについて、安曇野が嘘やお為ごかしを言うことはあり得ない。

 ならもう、俺としてはなにも心配は要らない。

 セコンド役として、地上からあいつの飛ぶところを見上げていれば良いだけだ。


「サラりん、勝てると思う?」


「さあ、どうだろうな」


「はぁ? そこは勝てるって言うとこじゃね?」


 安曇野が軽くキレる。相変わらず情に厚いやつだ。

 とはいえ、勝敗が分からないのは事実だし。そもそもの話。


「俺からすりゃ、勝ち負けは初めからどうでもいい。

 あいつがあいつらしく飛べればそれで十分だ」


「でもさぁ」


「勝とうが負けようが変わんねえよ。

 ――――あいつは、俺が見込んだプレイヤーだ」


 その俺の言葉に、安曇野は一瞬だけ黙り込んだ。

 そして、なにかを考えるような間を置いてから、確信したように言う。


「やっぱ、そうなんだ」


「ああ」


「……そっかぁ」


 それは安心なのか、落胆なのか、ハッキリ判断できない声色だった。

 ただ、安曇野の顔には嘘も偽りも無さそうな、カラッとした笑顔が浮かんでいて。


「頑張ったね、ピコちゃん」


「まあな。お前にも手間かけさせた」


「なに言ってんだよぅ、あたしとピコちゃんの仲じゃん」


 言って、軽々しく肩を組んでくる。……全く、調子の良い奴だ。

 最後に俺の背中をばんばんと二回叩いて離れた安曇野は、にかっと笑んで。


「じゃ、あたし戻る! 頑張れよー!」


 と言い放って、すたすたと観客席へと歩いて行った。

 後ろ姿が見えなくなって、ふと零す。


「……頑張るの、俺じゃねえけどな」


 それでも今は、あいつの言葉が嬉しかった。




 ◇




 南岸第一競技場、スタートシップポート。

 観客席の丁度真下、スタートシップが出艇する小型の港は、選手の最終控室でもある。

 今回の試合は、ファインの側にセコンドとして俺が付くことにした。

 理由は……大したことじゃない。あいつのことを、近くで見たいと思ったから。

 コンクリート造りの簡素な発着場に、足を踏み入れる。

 すると、ポートの縁に立って海を眺めていたファインが、俺に気付いて振り返った。


「空木先輩」


「よう。調子、良いらしいな」


「はい。――――今なら、どこへだって飛んで行けそうな気がします」


 どこまでも真っ直ぐで明るく、熱い心を吐露するファインに、俺は。


「いや、そこはボックスに向かって飛んでくれ」


「なんでそこで冷静になるんですか!? 雰囲気が台無しです!」


 茶化した俺に、がちゃがちゃと文句を言い立てるファイン。

 ああいう中途半端にシリアスでこそばゆい雰囲気は、あんまり得意じゃない。

 なので誤魔化してみたのだが、思いのほか不評だったようだ。

 適当に「すまんすまん」と謝ると、そこからふと沈黙が訪れる。


 俺の方は、ここまで来て改めて話すこともなく。

 ファインの方は、なにかを言いたそうにこちらを見ていて。

 それもそうか。修理できないと思っていた自分の機体が、見慣れないパーツで修理されて戻ってきたのだから、訊きたいこともあるだろう。


 ただ。ファインは流石に、そのパーツの出所自体には、気付いているようで。


「良かった、んですか。わたしで」


 あの機体を、わたしに託しても。とでも言いたいのだろう。

 まあ、自分の機体が明らかに純正と違うパーツで修理されていれば、当然気付くか。

 それに、ファインは姉貴に憧れていた。なら一目見て分かったはずだ。修理パーツの大元が、いったい誰のために作られたものなのか。

 ……気付けば俺は、自然と笑みを浮かべていた。


「悪かったら渡してねえよ」


「……ありがとう、ございます」


「おう、どういたしまして」


 短いやりとり。それで充分だった。今更ファインも遠慮なんてしない。

 ファインが飛びたいと願った。だから俺はそれに応えた。それ以上の理由は必要ない。

 物事はシンプルな方が良い。大切な勝負の前なら、尚のこと。


「あ、そうだ」


 ファインがなにかに気付いたように声を上げる。


「この子、名前なんて言うんですか」


 その質問は予想していた。というか、もっと早くに訊かれると思っていた。

 なので俺は、随分と前から用意していた答えを、一字一句違わず口にする。


「無い」


「へ?」


「名前、無いんだよ。姉貴はそいつに名前を付けなかったから。それに」


 それに、そう。今はもう、姉貴が名前を付けていようがいまいが関係ない。


「そいつはもう、お前の機体だ。というか、元々付けてたんだろ、名前」


 ファインは機体を展開する度、なにかを言いかけてやめていた。

 アレはたぶん、自分の機体の愛称ペットネームを言おうとしていたんだろう。

 ファインは少し驚いて、その後に顔を赤らめながら。


「は、はい、お恥ずかしながら……」


「恥ずかしくねえよ。名前付けた方が気分アガるからな」


「そ、そうですよね!」


「まあ若干幼稚な感は否めねえけど」


「フォローするなら最後までお願いします!?」


 なんて、最後の最後まで軽くふざけた感じでやりとりしながら。

 機嫌を損ねたファインが、港端にある自動装着ポートへとずんずん歩いていく。


「もういいです! 早く行きますよ先輩!」


「あいよ。俺の方はいつでも」


 港からスタートシップに乗船する。小型船は俺の体重を受けてゆらりと揺れた。

 セコンド役は基本、シップ上から上空のプレイヤーのサポートを行う。

 基本は技術屋の俺だが、補助役としていないよりはマシ程度の事は言えるだろう。

 そしてプレイヤー――ファインは、ギアを装着してからの乗船となる。



「――――――――『アルタイル』、展開!」



 ポート中央に置かれた格納状態のギアが、ファインの声に合わせて宙に展開する。

 機体基調色は白。アーマー各部に差色の蒼が入っている。

 アーマー形状も通常のクインビーと違い、軽量化のための中抜きが見られる。

 そして、姉貴の機体から継承したのは、アーマー形状や色だけでは無い。


 ――――航空機の翼を模した、一対の白いウイングロッド。

 航空力学に基づき設計された、高効率で風を捉えるオーダーメイド・ロッド。

 開発コードは『エルロン』。可動翼の名を冠する、正真正銘のワンオフパーツ。


 そのエルロンを両手に装着し、フルフェイス型のヘルメットを被れば、準備は万全。

 白蒼の鎧――アルタイルに身を包んだファインは、太陽のような笑顔を浮かべて。



「――――さあ、行きましょう!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る