第48話 決着に納得がいかない場合



 スタートシップポート。


 小型艇から降り、フライトギアの装着を解除したファインは、備え付けのベンチに座ってしばし呆然としていた。

 奇しくも前回の試合後と同じような体勢。ただ、渦巻く感情は明確に違って見えた。


 そして、ポートの扉が静かに開く。現れたのは夕花。これもまた、前回と同じ。


 夕花が涼やかにつかつかとファインに歩み寄り、立ち止まる。冷たい静寂が、コンクリート張りの小さな港に流れる。


 ファインが立ち上がる。夕花がその視線を受け止める。言葉はほぼ同時だった。




「次は、勝ちます」

「次は、勝つ」


「は?」

「え?」




 そして流れる変な沈黙。先ほどの静寂とは打って変わってその空気は珍妙だった。


「それはおかしい。試合はサラさんが勝ったはず」夕花が小首を傾げれば。


「あんなの、勝ちなんて言えません!」とファインがぷんすこと憤る。


 その様子がどうにもおかしくて、思わずプっと吹き出せば。


「なにがおかしいんですか!?」

「なにがおかしいの?」


 こちらを向いてさらに揃ってそう言った二人に、俺は笑いを堪えきれなかった。



 

 ――――試合の結果は、夕花の言うとおりファインの勝利に終わった。


 しかしその決まり手は、ダメージレースに競り勝ってのタイムオーバーでも、夕花のインガルスのエネルギー切れでもない。


 雨車夕花の、反則負けだった。




「私は最後の攻撃を処理し切れなかった。だからああするしかなかった。反則を誘った貴女の勝ち」


「処理、し切れなかった!? 百パーセント決まった不意打ちに反応してわたしの正面に回ってきたじゃないですか! あのシチュエーションであんな完璧な対応をされて! 素直に勝ちなんて誇れません!」


 最後のリコシェ――反転加速後のローリングによる急襲――で、夕花は完全に不意を突かれ、ファインは完全に射線から外れた。それは間違いなかった。

 ただその後、ファインのウイングロッドによる攻撃が当たるまでのほんの少しの猶予で、夕花は自身の機体をあえて突っ込んでくるアルタイルへと寄せた。一瞬の判断で自滅覚悟の痛み分けに持ち込み、ダメージレースを五分にしようとしたのだ。


 その結果、夕花のインガルスとファインのアルタイルは正面衝突した。


 フライトアーツでは、故意に相手の身体へ直接接触を図ることは禁止されている。FAはあくまでGIPの削り合い合戦であり、いくら戦闘行為に見えようともその本質はエンターテイメントかつ競技なのだ。GIPフィールドやライフラインがあるにせよ、安全第一は原則である。


 というわけで、最後の夕花の行為は反則と見なされ、試合はファインの勝利に終わった。


 終わった、のだが。


「だいたい、最初から最後までわたしたちの策をほとんど読んで、上回っておいて! なんで雨車先輩、『完敗したー』みたいな顔してるんですか!?」


「だって、実際完敗したから……」


「あの試合を見てわたしが完勝したなんて言う人いません!」


 夕花は結局、初手の奇襲以外でダメージを喰らっておらず、ダメージレースにしても僅差まで迫っていた。最後の反則も、不意を打たれた後に取れる最適解だったと言える。それらの点で言えば確かにファインの言うとおりだろう。ただ。


「宙彦、これは私が悪い?」尋ねてくる夕花に。


「いや、今回は流石にファインのキレ方が若干理不尽だな」


「先輩!? うらぎるんですか!?」


「だってお前、勝ったのに負けた相手に文句言うのはそれ、ちょっと違うだろ」


「うっ、そ、それは……」


 まずはそこ。ファインの態度は勝者のそれとしてあんまりだった。過程はどうあれ勝ちは勝ちなのだから、敗者を追い打ちするのはよろしくない。それに。


「とりあえず落ち着け。お前が悔しく思う気持ちも分からんでもない。俺らが二週間練りに練った作戦が、結果としちゃあほぼ対応され切ったわけだからな」


「です! 悔しいです!」


「でもな、結局はたった二週間だ。ジュニア時代からトップを走ってきた奴の努力が、そんな甘いもんかよ」


「そ、れは」


「普通、完璧に負ける。普通、全部上回られるんだよ。でも、お前は勝ったんだ。すげえことだろうが」


 そう、そもそも大金星なのだ。確かに俺もファインも夕花を本気で潰しに行った。だが、雨車夕花はそうやって向かってきた数多の選手の本気を、全て返り討ちにして頂点に立った人間なんだ。

 そんな相手から、一本を取った。それは俺たちにとって十分すぎる結果だ。


 なのにファインは、不満を隠そうとせず、悔しそうに俯いている。

 そんなファインの肩にぽんと優しく手を置いたのは、夕花だった。


「分かるよ」


 その同意の言葉に、ファインがきっと顔を上げる。あなたになにが分かるのか、と言わんばかりのその表情は、次の夕花の言葉ですっと消え去った。


「私が、が目指しているのは、普通じゃない」


 言いながら夕花は、その切れ長の目を細めて、なにかを思い出すように言葉を紡ぐ。


「逆境を楽しんで、ピンチを笑って切り開く。誰よりも強くて自由な人」


 誰のことかは言わずとも分かる。ファインの憧れ、夕花の目標、そして俺の、因縁と後悔。俺たちにとって大きすぎる人。 


「たぶんあの人は、貴女と同じ事を言う。……あの人、ボックスの外では悔しがりだから」


 夕花は意味の無い嘘は言わない。本心と外れたことは言わない。

 だからそれはきっと、雨車夕花がサラ・ファインに送る最大級の賛辞だった。


 ファインの肩から手を離し、ほんの僅かに口の端を上げて。

 学内最強は、その黒髪を翻して背を向け、ひらりと掌を上げた。


「またやろうね。楽しみにしてる」


「っ――――はいっ! 次は、ちゃんと勝ちますからね!」


「それはこちらの台詞」


 背に受けたファインの言葉に軽く返して、夕花はポートを後にした。

 最後に聞こえてきた微笑は、きっと聞き間違いじゃないだろう。




第二章 了

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フライト・アーティスト! ~天才プレイヤーの姉が使うはずだったワンオフ機が、技師見習いの弟に託された場合~ 畳屋 嘉祥 @Tatamiya_kasyou

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