第47話 もう一度、ランク一位と決着する場合



 インガルスの速度とチップモードを駆使して逃げ切りを図るファイン。

 対し、様々なテクニックを駆使してファインを捕らえにかかる夕花。

 最序盤を除き、展開はタグ。逃げるファインに追う夕花。その構図は変わらず、両者の戦いは拮抗していた。

 だが、試合終盤。ここで地力の差が少しずつ出始める。潮目は、すぐそこだった。


雨車うるま選手の射撃がヒット!』


 何度目かの接敵で、チップモードのタイミングがズレ、ファインが被弾する。

 姿勢制御で衝撃を逃がし、なんとか速力を維持したファインだったが、動きの精細さが僅かに欠けてきている様に見えた。


『リーチ』と夕花が冷静に告げれば。


『でも残り一分です! 逃げ切ります!』とファインが勢い良く返す。


 夕花の側はさすがと言うべきか、その動きに些かの陰りもない。暗紫のインガルスはどこまでも冷静に、白蒼のアルタイルを追い詰めていく。均衡は、崩れかけていた。


「ファイン、集中切らすな!」


『はいっ!』


 あと少し。あと少しの辛抱だ。その気持ちを込めてファインに檄を飛ばす。その間にも夕花はファインの背に迫っている。気付けば二機とボックス側面との距離は狭まっていて。 


 ファインのターンに夕花が合わせて急襲する。――――ファインがチップモードを起動したその瞬間、わずかだけ間を置いた夕花が、両手のショットスプレーを同時に撃つ。


『雨車選手の射撃、バレットコンフリクト!』


『う、うわっ!?』


 ファインに届く前に相互衝突したショットスプレーの弾が斥力場となって弾け、白蒼の鎧の体勢が崩れる。あまりに完璧なタイミングのバレコン。アルタイルの速力がわずかに落ち、飛行軌道が大きくブレた。


『ここまでだね』


 夕花の最後通牒。それもそのはず、軌道のブレた位置が最悪だった。ボックス上層端。上面のGIPフィールドがファインのすぐそこに迫っている。


 回避スペースの余裕は無く、軌道ブレのせいで夕花はチップモードの有効範囲外にある。これ以上無い絶体絶命。インガルスが両手のスプレーガンを構える。あとは被弾を待つのみとなったファインに、俺は――――


「ああ、ここまで――――ここまで


 諦観とも取れる言葉はファインへの合図。瞬間、ファインは弾かれたように反応する。迫る壁に対してファインは、ターンの体勢を――――取らない。


『正気?』


 夕花が珍しく声を上擦らせる。それはそうだろう、端から見ていて意図が分からない。

 だがそれでいい。少しでも夕花の思考に隙を作らせた時点で、俺たちの目的はほぼ果たされている。


『――――ッ!』


 ファインの声なき裂帛。壁面が眼前に迫る。ターンはもう間に合わない。壁への接触ダメージを喰らえば負けはほぼ確定。今まで逃げてきた意味が水泡に帰す。

 アルタイルがGIPの壁に激突する直前、ファインは身体を折り曲げてくるりと急反転する。百八十度逆を向いたファインの目線の先には、夕花の姿があって。


『っ、まさか』


 夕花の口から驚愕が零れる。だが遅い。壁面フィールドが白く発光する。壁を足場に、ファインの準備は完了。逃げれば勝ち。逃げ切れば勝ち。そう言い続けた。それは事実だった。



 だからこそ。だからこそ――――ここでの攻めを、誰も予測できない。




『ここ、だああっ!!!!!』




 ウォールハック。壁面のGIPを足場代わりに行う反転加速。

 に、加えてイグナイター『アフターバーナー』の起動。温存していた切り札の超加速。

 二つの加速手段を用いた超速のリコシェ。序盤に見せたそれに比肩する爆速でもって、銃弾と化した白蒼の鎧が急襲する。


『――――』


 完全な不意打ちに夕花が一瞬、しかし完全に止まった。

 それは、夕花が見せた初めての隙。ファインと俺が策に策を重ねてようやく作った、空域支配エア・ドミナンスの、本当にわずかな死角。




 そして、最高速のアルタイルが、その空隙を強引にこじ開ける。




 ――――交錯する二機。弾ける発光。




 互いの神経を削り続けた持久戦は、刹那の攻防の後に、終わりを迎えた。



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