第46話 もう一度、ランク一位が追い詰める場合
鋭く突き進む白蒼の流星を、暗紫の影が蛇のように追う。
ファインのアルタイルは、彼我の距離を離すために最高速で突き進み。
夕花のインガルスは、相手の機動を読みながら旋回の隙を突いて距離を詰める。
『雨車選手、ファイン選手を射程圏内に捉えたぁ!』
何度目かの接敵。暗紫のインガルスがスプレーショットを前方に構えるが。
その瞬間、白蒼の鎧のコントレイルが一瞬だけ白い輝きを強めて。
『……駄目』
『が、撃たない! 先ほどのチップが頭に残っているのか!?』
「上手いぞファイン、チップモードのタイミングも完璧だ!」
『ありがとうございます! けど――――』
「ああ。もう読まれてる」
チップモードの起動、その兆候を夕花はこれ以上無く正確に読んだ上で射撃を止め、自身にブレーキを掛けた。
それもそのはず、チップモードはアリス先輩がかつて使用した夕花対策だ。僅かな時間で敵の癖や隙を見抜く夕花の並外れた分析力の前では、二番煎じがまともに通るはずもない。だが。
「気にするな。読んでても対処できなきゃ意味ねえんだ。このまま時間を食い潰す。絶対勝ち切るぞ」
『了解です!』
後方広範囲に薄くGIPを撒くチップモードの守りは、正確に行えば追う側からの対策が難しい。機動妨害だけでなく、ショットスプレーの弾体にも多少干渉するため簡易的なシールドとしても機能するからだ。
要は、バックアタックをほぼ封殺でき、彼我の距離も取ることができる。燃費とのトレードオフではあるが、チップモードは現状の守りにおける最適解だった。
「上に逃げろ! 流れを保て!」
『はい!』
上方へ向かうファイン。それを追う夕花。
ボックス面付近のターンごとに距離を詰められても構わない。射程に入ったタイミングを逃さずチップモードを起動して攻めを封じれば、この膠着状態は維持できる。そうすれば最終的に粘り勝てる。
ただ、相手は雨車夕花。FASのトッププレイヤーだ。このままで終わるわけがない。
次はなにを仕掛けてくるのか。改めて警戒を向けたその時だった。
『再び接近! 雨車選手の攻撃チャンス! 両手のショットスプレーを構える!』
「来た、今だ!」
『はいっ!』
ファインがチップモードを起動し、コントレイルの光が増した瞬間。
暗紫のインガルスは左右のショットスプレーを構えたまま、一瞬の間を置いた。
恐らくチップモードの影響を回避するため。しかしそれではファインが射程外に逃げる暇を与えるだけになる。
機を逃したのか? そう思ったのも束の間、射程外ギリギリになるタイミングで夕花は両手のショットスプレーを同時に放った。見れば、拡散する白い弾体はその射線が交差しており。
当然の結果として、弾体同士は間もなく衝突し――――白く発光した。
『――――うわあっ!?』
その衝撃にファインが僅かに体勢を崩す。ダメージは皆無と言って良いが、わずかなスピードのロスが生まれた。その機を逃さず夕花は接近する。
結果、あのままの流れならもっと離れていたはずの距離を、上手く稼がれた。思わず舌打ちする。
「バレコンか!」
バレットコンフリクト。二挺のスプレーガンの射線をクロスさせて同時発射することで、その交点でGIPの弾体を衝突・相互干渉させ、密度上昇による斥力場を発生させる射撃テクニック。
弾二発を無駄に消費するが、ある程度自分の狙った座標に斥力場を発生させられるため、移動阻害の手段として優秀なテクニックだ。夕花がこのバレコンを狙った目的はハッキリしている。
「リズムを崩しに来てるぞ! 落ち着けよファイン!」
『は、はい!』
『そんな暇は与えない』
ファインと夕花が空を駆ける。先ほどのバレコンで攻めのインターバルが短くなった。恐らくは次のターンで夕花はファインを射程に捉える。ファイン自身もそれを分かっていたのだろう。ボックスの壁が迫るより早く、先に動いたのは白蒼の鎧だった。
『おおっと!? ファイン選手急速ターン! タイミングを早めてきた!』
『良い判断。でも――――』
相手が仕掛けるタイミングに先んじての回避行動。普通のプレイヤーならまず反応が遅れるだろうファインの急転をしかし、あらかじめ読んでいたかのように夕花の機体が追随する。二つの銃口はぴたりとファインに合っていた。
『ちょっと分かり易すぎる』
『雨車選手の射撃がヒット!!』
『つ、っくうっ!?』
ギリギリでチップモードを起動したファインだったが、銃口を逸らすには至らず、射撃ダメージをやや減衰させるに留まった。だが、被弾による減速は免れている。一瞬で行った判断にしては上出来だろう。
『す、すみません!』
「いや、良い不意打ちだった! アレに対応できる夕花が異常なだけだ!」
『宙彦、失礼』
反論してくる夕花だが言葉を改めるつもりはない。あいつの対応能力は間違いなく異常だ。あんな先読み、ほとんど冗談にしか思えない。ただ、あれを乗り越えない限りこちらの勝ちはない。
『あと二回、詰め切る』
『残り五分、逃げ切ります!』
お互いが宣言してタグ勝負は続く。勝負は佳境に差し掛かっていた。
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