第45話 もう一度、ランク一位の想像を超える場合


 フライトアーツの戦局は、タグ、クラッカー、フープ、カイトの四つに大別される。


 今までのファインの試合はどちらもフープ――片方のプレイヤーがもう片方の周囲を大きな楕円機動で周回しつつ接近・攻撃する――展開が主だった。ハイフライヤーが機動力の低いローフライヤーを相手にする場合はフープになることが多く、この場合速度や距離を能動的に調整可能なハイフライヤー側が有利とされる。


 それに対してタグは、端的に言えば鬼ごっこ、追いかけっこだ。

 巡航速度に優れたハイフライヤー同士、あるいはハイフライヤー対フリッパーの対決において生じやすいタグ展開は、基本的には追う側、つまり背後を取った方が優位を得やすい。


 速度優位のあるハイフライヤーファインと機動力に優れたフリッパー夕花とでは、どちらかといえば後者に利があると言える。だからこそ夕花は、フリッパースタイルで俺たちに挑んできたのだ。

 

 そして、タグ展開によって不利を背負う状況は、最初の攻防の直後において必ず現れる。その俺の読みは幸か不幸か、寸分狂わず的中していた。


「ファイン、来てるぞ!」


 加速に加速を重ねる暗紫の鋭い影が、直進する白蒼の流星を追跡する。


『追いつかせません!!』


『それはそう。今は追いつけない』


 冷静な口調でファインの言葉を肯定する夕花。当然だ。地の速さで劣る夕花の側は、どれだけ加速力を生かしても直線では距離を詰め切れない。

 しかしながら、バトルフィールドであるボックスは一辺二百メートルの立方体型。ファインの側は、ボックス面に接近したところで必ず旋回機動を取らなければならない。

 そして、夕花はこの時の隙を決して見逃さない。


『ファイン選手、壁際でターン! やや下方から追う雨車選手も合わせて転回!』


 夕花はファインの旋回機動の内を差しつつ、確実に距離を詰めてきた。同時に、ポジショニングで離脱方向を制限することも忘れていない。


『っ――――』


「動揺するなファイン! 今は全力で逃げてれば良い!」


『タグを繰り広げる二機に、再びボックス面が迫る! ファイン選手、ここでターン! 下方へ離脱を図――――』


『させない』


 夕花は接近と同時に、ファインの転回先へ威嚇射撃。白い散弾が離脱ルートを阻む。


『くぅっ――――!?』


『ファイン選手、やむなく上方へ進路変更! しかし、その先にはボックス上面が迫っている!』


「くっそ、容赦ねえな……!」


 思わず口から漏れる。下方からプレッシャーを掛けて上面へと追いやり、ターンからターンのスパンを短くさせることで肉薄を図る。夕花の戦術はある意味単純で、だからこそ隙が無かった。


『ファイン選手、慌ててターン! 雨車選手も合わせるように機動を変える!』


『――――つかまえた』


 距離を詰め切って射程内にファインを捉えた夕花は、ファインへショットスプレーガンの銃口を向けて、容赦なく射撃。光の散弾はまともにファインへと襲いかかって。


『つうっ――――!?』


『直撃! 雨車選手、ファイン選手の逃げを許さない的確な一撃ぃ!』


「……やべえな、嫌味なくらい完璧じゃねえか」 

 

 まるで詰め将棋だ。一手一手無駄のない好手で、夕花は確実にファインを追い詰める。

 その戦いには派手さこそ無いが、相対している側としてこれ以上苦しいことはない。

 ベストは尽くしている。なのに通用しない。その状態が延々と続くプレッシャーこそ、空域支配エア・ドミナンスの所以なのだと実感して。


「でも、やり口はわかった」


 ファインの行動に対する最適解なら、あいつをずっと見てきた俺にも当然分かる。

 ならば、やることは一つ。相手の好機を潰せる一手、そのタイミングを図る。


「いいかファイン。夕花はあのペースを崩さない。だから、のは最後だ」


『了解です!』


 被弾から即座に体勢を整えた後、ボックス下面へ向けて飛翔するファイン。

 対し夕花は、白蒼の機体のやや後方に付けながら機を窺っている。

 ここからの展開は間違いなく、さっきの焼き増しになる。


 暗紫のインガルスはポジショニングの圧でファインをサイドに押し込み、ターンを誘発。

 旋回時に内を差して距離を詰めつつ、上を抑えながら追走。

 逆サイドへ追い詰めて再びターンを誘発した後は、さらに下へ押し込むために威嚇射撃。

 そして、ボックス下面でのターンを強制し、悠々と真後ろに接近して――――


『また、つかまえた』


『雨車選手、容赦の無い追撃! 再びの射撃がファイン選手を襲う――――!』


 ショットスプレーの銃口がファインへと向く。絶対絶命の危機は同時に、千載一遇のチャンスでもあった。


「――――今だ!」


『はいっ!』


 変化はごく微少だった。合図と同時にアルタイルの曳くコントレイルがわずかに揺らぐ。

 その軌道はちょうど夕花が構えるショットスプレーと重なっており。

 夕花が射撃する直前、ぱちっ、という音と共にショットスプレーの銃身が跳ねて。


『が、当たらない! 雨車選手、射撃を外したぁ!』


『違う。この感じ……?』


 外から見ている実況には分からなかったようだが、夕花の側は即座に気付いたようだ。

 それもそうか。を夕花に使うのは俺たちが初めてじゃないんだから。


『そう――――チップ』


 小難しく言えば、不活性粒子による乱気流Turbulence of Inactive Particle

 GIPを利用する飛翔体、その後方に伸びるコントレイル。そこには、斥力場発生に寄与しなかった余剰分のGIPが混ざっている。このコントレイル周辺の余剰GIPが、後方を進む機体の飛行に影響を与える場合がある。乱気流にも似たこの影響を指して、チップと呼ぶ。

 

 とはいえ、コントレイルのGIPによる影響は、基本的にごく軽微だ。通常チップは、必ずしも飛行に問題を起こすほどの影響を持ち得ない。そう、


『勉強熱心。アリス先輩に教えて貰った?』


「正解。なんせあの人、いい人だからな」


 機体を覆うGIPフィールドの分布を戦闘中に変更し、余剰GIPをあえて多く機体後方に放出する。こうすれば、意図的に強烈なチップを引き起こすことが可能だ。そしてそれは、後方への擬似的な妨害手段となる。

 アリス先輩曰く『チップモード』というGIPフィールドの分布パターン。これが、対夕花戦における機体アルタイル側の切り札だった。


『ファイン選手、幸運を掴んで被弾を回避! 上方へと逃げていく!』


『……でもそれ、諸刃の剣。ジリ貧にならない?』

 

 そう。余剰のGIPを多く放出するということは当然、無駄にメインバッテリーのエネルギーを消費することになる。チップモードを連発すれば、燃費の優位は崩れかねない。ただ。


『関係ありません! ジリ貧だろうがなんだろうが、逃げ切りさえすればいいんですから!』


「そういうこった。どっちが先にへこたれるか、要は根気の勝負ってわけだ」


 ダメージ優位は依然こちらにある。その上、ショットスプレーは弾体の拡散率が高めな分、近距離以遠の威力が出にくい。最初の攻防で稼いだダメージから見て、スプレーの直撃をあと三、四発ばかし貰ったとしても充分おつりが来る計算だ。

 つまりファインは、残り十分余りの時間を全力で逃げ切りさえすれば、勝利に手が届く。

 その事実を突きつけられた夕花は、感心したように『へえ』と声を漏らし。


『面白い。ちゃんとした試合、しに来てるね』


『――――違います!』


 感心する夕花の言葉をぴしゃりと遮って、ファインはハッキリとした口調で言う。


『わたしは、わたしたちは――――夕花先輩、あなたを来たんです!』


 それは、先の試合での失態を拭うための、ファインなりの宣戦布告。ともすればビッグマウスにも聞こえるその言葉は、あいつの覚悟の表れだ。

 競り合いに来てるんじゃない、あくまで勝ちに来てるんだと。言い切ったファインに対し、夕花が返したのは微笑だった。


『そう……ふふ、そうなんだ』


『ッ、なにが可笑しいんですか!?』


『あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい』


 激昂しかかったファインを、夕花の素直な言葉が押しとどめる。

 そうだ、夕花は別に嘲ったわけじゃない。あいつはそういう複雑なコミュニケーションができる性格じゃない。

 ただ嬉しいから笑う。感情の起伏が少ないだけで、夕花はとても素直だから。


『その感じで来てくれる人、あまり居ないから。そうだね。貴女だったら――――』


 一拍、夕花が息を吸って、吐く。瞬間、周囲の気温が下がったような感覚。

 今明確に、なにかのスイッチが入った。それが誰の目にも分かるほどに、夕花は鋭い空気を発して、言う。


『――――私も、本気で潰しにいける』


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