第34話 昔馴染み=ランク一位と戦おうとする場合
「よっし、夕花を分からせるぞー」
「はい、わからせます! って、へ?」
「は!? 昨日と言ってること違くない?」
夕花と会って話した翌日の放課後。いつも通り2-Aの教室にて。
一日でいきなり俺がやる気になっていることに驚いたのは
「夕花がやる気になってる以上、俺らがいくら避けようがあいつは絶対寄ってくる。あいつ、マイペースだけど頑固だからな。だったらやるしかねえだろ?」
「言ってもさあ、相手はあのユーぽんだよ?」
「知ってる。あいつが逃げ一辺倒を許す奴じゃねえってこともな」
それに、理由も出来た。あいつにサラ・ファインを認めさせなければならない。
俺以外に姉貴をよく知ってる、数少ない人間のひとりが夕花だ。
そんなあいつが、ファインを認めていないと言う。ならば、その認識を改めさせるのは俺と、ファイン本人の仕事だろう。
などと考えていると、「あの」とファインが声を上げる。
「その、ゆうかさんというのは、どのような方なんですか?」
「雨車《うるま》夕花。二年生にしてFASの最上位に立つ天才プレイヤー。あらゆるプレイスタイルを十全に使い分ける万能型。通称『マルチロール・アクトレス』。愛機は無改造のインガルス。……よく知られてるのはこんくらいか。あとは」
「あとは?」
「お前には勝算が無い」
「ほぁっ!? いきなり辛辣です!?」
「仕方ねえだろ。嘘言っても意味ねえし」
なんてったって二年で全学一番目。三年生連中ですら誰もあいつに勝てないんだ。
まともにやったって敵いっこない。それは初めから分かっている。
「今回は笹川君の時とは違う。勉強と思って、でも全力で倒しに行け」
「なるほど……胸を借りる感じですね! 了解です!」
「うーん……でもなぁ……」
安曇野は未だに難色を示している。その気持ち自体は分からなくもない。
なにせ相手は雨車夕花。ある意味においてはとても悪名高い奴なのだから。
「つかさ先輩は、なにがそんなに気になっているんですか?」
「結構有名な話があってさ。ユーぽんと戦うと、自信を無くすって」
雨車夕花は弱みを見せない。そして、相手の弱みを的確に突く。
「それまで調子よくランク上げてた生徒が、ユーぽんと戦って負けてから急にスランプになったりとかって、よく聞くよ」
「それくらい叩きのめされる、ってことですか?」
「いや、ちょっと違うな」
そう。夕花の怖さは攻撃面ではない。むしろ、アグレッシブではないからこそ、マルチロール・アクトレスは恐れられている。
「夕花は万能型のプレイヤーだ。相手に合わせて立ち回りや装備構成を大きく変える。逆に言えば、得意な攻撃パターンがあるわけじゃない。一気に攻めて流れを持っていくっていうより、攻めを受け流して勝つタイプだな」
「ぼこぼこにされるわけでは無いんですね……じゃあなんで、お相手が自信を無くすんです?」
「あいつ、どんな行動でも潰してくるんだよ」
文字通りの完全対応。それこそが夕花の特徴だ。
「それが虎の子だろうが奥の手だろうが関係無しに、クリティカルな最善手を返して潰すのが夕花だ。そりゃあ相手も自信なくなるだろうさ」
「だから、サラりんには早いんだよ。今の経験値でユーぽんと戦うのは、マイナスにしかならないと思う」
簡単に言えば『折れる用意』が足りない。安曇野が言いたいのはそういうことだろう。
挫折も経験の内とは言うが、捻挫の痛みも知らない内に脚をへし折られる激痛を味わってしまえば、もしかすると立ち直れなくなるかもしれない。
その理屈はよく分かる。それくらいには夕花との対戦は劇薬だ。でも。
「でも夕花さんは、わたしと戦いたいと言ってくれているんですよね?」
ファインが問う。安曇野は少しためらって「そう、だけど」と返せば、ファインはにっこりと笑って。
「ならわたしは戦います。絶対に逃げません」
「サラりん、でも……」
「それに、もしぼろぼろになっても、立ち直る自信はあります!」
まだ心配そうな表情の安曇野に、ファインは再び満面の笑みを見せて言い切る。
「だってわたし、ひとりじゃありませんから!」
「でもピコちゃんじゃ頼りないって言うか」
「おい」という俺の突っ込みはするっと無視されつつ。
「? 空木先輩だけじゃありませんよ?」とファインは首を傾げ、続けて言う。
「だって、つかさ先輩もいるじゃないですか!」
純粋な顔で言い切ったファインに、安曇野は「うぐっ」と言葉を詰まらせたかと思えば。
「……そんなん、言われたらさぁ」
そこから安曇野は、悔しげに顔を歪めたり嬉しそうにニヤついたりと百面相をした後に、ええい、と言わんばかりに顔を左右に振って、最終的にはファインに抱きついた。
「そんなん言われたら、もう応援しなきゃダメじゃん! もう、もう、もう! サラりん頑張れ! めっちゃ頑張れ!」
「ありがとうございます! めっちゃがんばります!」
と、そんなこんなで真正面から夕花と相対することを決めたわけだが。
……正直この時は、雨車夕花という存在を甘く見過ぎていた。
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