フライト・アーティスト! ~天才プレイヤーの姉が使うはずだったワンオフ機が、技師見習いの弟に託された場合~
畳屋 嘉祥
第1章 晴れ空のデパーチャー・タイム
第1話 空から女の子が降ってきた場合
その日の夜、海沿いを歩いていたのは偶然だった。
散歩でもするか。そう思い立ったのは、休みの間ずっと実家の店番をしていてほとんど外に出なかったからだろう。
遊びにも行ってない。友達と呼べるやつは全員遠出してるか忙しくしてるかのどちらかだった。
学校の性質上仕方がないとはいえ、なかなかに寂しい長期休暇だ。
春休みも残すところ、あと三日。
俺の方も、やるべきことがないわけじゃないんだけど。
「……どうしたもんかな」
コンクリートの護岸の上を歩く。
春先の海は穏やかで、そよ風がかすかに潮の香りを運んでくる。
聞こえるのは、護岸にかぶった浜の砂を踏む自分の足音と、さざ波の音だけ。
一歩右に跳べば砂浜だけど、今は降りる気にはならなかった。
浜の向こうには暗い海。そして、夜でも煌々と光る人工島。
もう一年だ。一年が経った。
俺の『目的』のため、学校に入ってそれなりに努力はしたつもりだ。
学費分の知識や経験は得たと思うし、学友ってやつもいなくはない。でも。
「いねえんだよなぁ」
こいつだと、こいつならと思えるやつがいない。
別に学校の連中を悪く言うつもりはない。事実、あそこには優秀なやつが多いから。
それでも、いない。探しに探したが、いなかった。
――――諦めたくない。まだ、絶対に。
――――でも、そんなものは結局、俺の独りよがりでしかないのか。
そうやってぐるぐると、考えが同じ場所を巡る。
そもそもこればかりは、俺の努力だけではどうにもならない問題だ。
ひとりで頭を悩ませたところで、なんの解決にもならない。
……それは、分かってるけど。
「ほんとに、どうしたもんか」
立ち止まる。頭の中が行き詰ったのと同じタイミングで。
無駄だとわかっていても悩んでしまう頭に、己のことながら辟易とする。
諦めが悪い。割り切りが足りない。いつまでもいつまでもうじうじと。
そんな自分に溜息を吐いて、空を見上げた時だった。
「………………んん?」
薄雲のかかった夜空に、白い燐光をまとった人の影。誰かが空を飛んでいる。
それ自体はさして珍しいことじゃない。この辺りの海岸線一帯は飛行可能区域だ。
夜中でも一応監視は効いているから、飛ぶこと自体に問題はない。ちょっと危なくはあるけど。
つまり、気になったのはそこじゃない。そこじゃなくて。
今飛んでいるやつが、とんでもない上空から、とんでもない速度で、垂直に急降下していたからだ。
「おいおい、大丈夫か……?」
思わず口走る。あんな急速落下、まともに制御できるやつはそうそういない。
なんせ頭からの急降下だ。肝が太くなきゃ試そうとすら思わない。
なまじ試せたとして、落下中にビビってわずかでも判断が遅れたら、数メートル単位で体が進む。
そうやってブレーキやら体の引き起こしが少しずつ遅れていけば、あとは言わずもがなだ。
――――そして今、絶賛急降下中のあいつはといえば。
「大丈夫じゃ、なさそうじゃね……?」
速い。バカほど速い。しかもブレーキングしてる気配がまるでない。
あの状態で姿勢を崩さず飛んでられるとこを見るに半端ない根性だが、今はそこに感心している場合じゃない。
どう見ても、もうどう見てもヤバイ。
「ちょ、待て待て待て待て待て待て待て待て―――――」
思わず護岸に沿って駆け出す。
思い返せば俺が走って行ってもなんの意味もなかったし、むしろ俺の方に身の危険があったように思うが、この時はそんなことに気を回せる余裕はなかった。
そしてその間に、自分に墜落の危機が迫っていることにやっと気づいたのか。
「ぅあわわわわわわわ――――――」
というやたらに焦った声――恐らくは女の子の声――が聞こえてきた。
そこに来てようやくその子は姿勢を引き起こそうとするも、もう遅い。
真下から海岸へ向かって機動を変え切るその前に――――ばしゃりと派手な水音が鳴って。
「―――――ぃいびゃゃああああああぁぁぁああああぁぁああぁあああぁ!?」
ずばばばばばばばばばざざざざざざざああぁぁぁぁぁああああ――――――と。
高い水しぶきを上げて海面に着水し、そのまま爆速で砂浜まで滑ってきたその女の子は。
「――――――ふぎゅぅ」
という鳴き声と共に護岸に当たって止まり、ぐったりと動かなくなった。
当然と言えば当然だが、あの落ち方なら
……まあ、とはいえ。
「見捨てるわけにも、いかねえよなぁ」
溜息を一つ、少し離れた事故現場へと駆け出す。
気まぐれに出た夜の散歩は、思いがけないトラブルを呼び込んできたようだった。
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