第12話 後輩に過去話を語った場合
ファインの訓練に付き合うこと三回目。
今日はFAの試合があるとのことで、安曇野は不在だった。
曇り空をバックに飛び回るプレイヤー達。今日も今日とて西岸訓練場には人が多い。
「あの、つかさ先輩の応援とかって……」インナーウェア姿のファインが言う。
「行かねえよ。どうせ勝つだろうし」
展開が簡単に予想できる試合を見に行くなら、こっちの方が生産的だ。
それに、安曇野の試合を毎度見に行くほどあいつのファンってわけでもない。
「つかさ先輩、強いんですか?」
「まあ、一応アレでも学内で四番目くらいに強いからな」
「よんっ……!? すごく強いじゃないですか!」
碧い目を見開いて驚くファイン。まあ、入学直後なら知らないのも無理はない。
FASの競技科では、戦績や勝率を元にFAの総合力を順位付けする『ランク制度』が存在する。そのランク制度において、安曇野つかさは全校四位だ。
見た目は黒緑髪のギャルだが、案外侮れない。
「わたし、すごい人に教えられてたんですね……」
「今日はそのすごい人居ねえけどな。……だからちょっと気持ち身構えてたんだが」
思い出すのはつい先日。一年生の笹川君に絡まれたときの出来事。
……姉貴の話題が出た、あの日のことだ。
「お前、訊かないんだな」
何を、と言わずともファインには意図が伝わった。
少し目を伏せたファインは、ひとつひとつ言葉を選ぶように口を開く。
「気にはなります。でも、あの時のつかさ先輩の怒り方……きっと、簡単に触れていいものじゃないんだなって」
安曇野もあの時ピリついていたか。あいつはいろんなことに肩入れし過ぎな気もする。
確かにあの安曇野の態度を見て、うかつにあの話題に触れようとは思わないだろう。
ただ、まあ。
「隠してるわけじゃねえし、折角だから教えてやるよ」
「……へ?」
そう。別に隠しているわけじゃない。
触れて欲しくない部分が無いわけじゃないが、秘密とまでは思ってない。
安曇野は去年のややこしい時期に俺と一緒に行動することが多かったから、ああいう反応をしただけだ。
「お前も、半端に聞かされて消化不良だろ。姉貴に憧れてんならなおさらに」
それと、本人には言わないが、信用の面も大きかった。
サラ・ファインは信じられる。ごく短い付き合いでもわかるほど、この子は真っ直ぐだ。
だから俺も、いつもよりほんの少し饒舌に、自分のことを語る気になったんだろう。
「いいん、ですか?」
「いい。というか聞いとけ。先輩の親切だ。
……ファンのお前なら知ってるだろうけど、姉貴は高校に入る前にFAを引退してる。
交通事故で足の神経がやられたからだ」
有名な話だ。空木蒼は、不慮の事故で引退を余儀なくされた。
事故に遭ったのは練習終わりの夜中、見通しの悪い交差点。姉貴が一人で下校しているときだった。
運転手は信号を見落としてノーブレーキで交差点に進入し、姉貴を轢いた。いわゆる前方不注意というやつだった。当然向こうが有責だったが、そんなことはなんの慰めにもならなかった。
正直、思い出したくない部類の記憶だ。話すのは最低限にして、伝えておきたいことだけに意識を絞る。
「その事とは別に、姉貴が高校に入るタイミングに合わせる形で、メーカーで姉貴専用のフライトギアが作られてたんだ」
著名な選手をメーカーがスポンサードして専用機を作る。FA界ではよくあることだ。
「でも、事故があって姉貴は引退。その直前くらいに専用機は完成して姉貴の手元に届いてたんだけど……こういっちゃなんだが、無用の長物になった」
「なら、その機体は一度も使われてない、ってことですか?」
「正確には、テスト飛行くらいはしてるけどな。表には一切出てない。
で、姉貴は最終的に、その機体を俺に渡した。
――――『私には要らないものだから』ってだけ言ってさ」
その時の姉貴は、悲しむでも悔やむでもなく、ただ淡々としていた。
きっと悲しかったんだと思う。悔しかったんだとは思う。それを想像できない俺じゃない。 けど、それでも。その時はどうしても、抑えられなかった。
「……俺な、怒っちまったんだよ。『要らないものってなんだよ』って」
姉貴のためだけに作られた、誰よりも姉貴を自由にするための翼。
姉貴を飛ばせたいと願う全ての人の、思いの結晶。それがあの専用機だと思ってた。
だから俺は、それをないがしろにした姉貴のことを、どうしても許せなかった。
「よく考えなくても最悪だよなぁ。実の弟が、引退に追い込まれた直後の姉にキレるとか」
「空木、せんぱい」
「それからお互い口訊かないまま、姉貴は十六で母さんとアメリカに行っちまった。
で、謝らなきゃとは思ってるんだけど、今の今までほぼ絶縁状態。情けねえよなぁ」
半笑いで自虐を挟むと、ファインは目を伏せた。
すまん、そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけど。そう言おうとして、言えない。やっぱり空木宙彦は、あの時から意地だけ張って、情けないままだ。
「そうだ。結局、意地だけなんだよ。アレは絶対、要らないものなんかじゃない」
今の俺は、その思いだけで頑張ってる。そう言い切れる。
「俺はアレを、姉貴の専用機を眠らせたままにしたくないんだ。こいつなら、って思えるやつに託したい。この学校に入学したのも、半分は技術者としての腕を磨くためだけど、もう半分は」
「アオイさんの専用機の装着者候補を探すため、ですか」
「そういうこと」
姉貴に代わってあの機体を飛ばせるやつを探す。それが俺の『目的』だ。
なんともまあ自分勝手な目標だ。先輩や同級生を上から見て「あいつはダメこいつもダメ」なんて偉そうに品評するのだから。そりゃあ友達なんてそうそう出来ない。
でも、これだけは譲れない。俺は、あの機体が自由に空を飛んでいるのを見たいから。
あの機体を託すに値するやつを、なんとしてもこの学校で探す。その意思は、入学から一年経った今でも揺らいでいない。
「アオイさんは、今もアメリカに?」
「ああ。FA競技のコーチを目指してんだと」
姉貴はもう新しい夢を見つけて、それに向かって努力している。
それに比べて俺は、過ぎ去ったものにこだわり過ぎているのかもしれない。
それでも。可能性があるうちは諦めたくない。
「つまり、専用機うんぬんは誰に頼まれたわけでもない、完全な俺のわがままってことだ」
「でも、わたしも見てみたいです」
ファインは目を細めて空を見上げる。白金色の髪が、海風になびいた。
「わたしも、アオイさんの『飛び方』に憧れたひとりですから。
そのギアを使う人はきっと、とても自由な空の飛び方をするんだと思います」
「飛び方、か」
「はい! 風を切るのではなく、風と共にあるような。
空を味方に付けた、鳥みたいな飛び方。また見てみたいなぁ」
「……お前も一応、それを真似てるんじゃないのか」
「それはもちろん! でも、わたしはまだまだです。いつかはアオイさんのようになりたいですけど、それが程遠いのはわたし自身が一番よく分かってますから」
ファインは一瞬、悔しげに目を伏せたが、次の瞬間には明るい笑顔でこちらを向いて。
「いまは努力のとき、です!」
両の拳を握って小さくガッツポーズ。なんとも真っ直ぐなことだ。
自分に素直に、真っ当に努力しているやつを見ると、眩しくてたまらない。
きっと『彼』も、そう思っていることだろう。
「ファインはこう言ってるわけだ。謙虚なもんだよなぁ、そう思わねえか?」
誰へともなく声を掛ける。すると、応じるように後ろから足音がして。
「気付いて、いたんですね」
振り返ればそこには、栗毛の美青年が佇んでおり。
「盗み聞きは趣味が悪いんじゃねえか、笹川君」
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