第11話 今度こそ後輩の特訓に付き合う場合



 西岸訓練場。

 人工島『オノゴロ』西側の岸全域、その幅約一キロメートルに及ぶ訓練場だ。

 南岸と違い競技場機能はないものの、代わりに区切りのない広大なスペースがある。

 安全を担保するためにスタートシップなどの船舶の航行は禁止されているが、飛行訓練をする分にはなんの不足もない。


「いやー、これ日和良すぎん?」と、ゴルフバッグ大の大荷物を背負った安曇野。


「絶好の訓練びよりです!」と、安曇野と同じくらいのバッグを持ったファイン。


 確かに今日は風が比較的穏やかだ。自主練に勤しむ生徒も多い。

 薄白い粒子のコントレイルを曳いて空を飛ぶいくつかの機影を眺めながら、息を吸う。

 潮っぽい海風のにおいは嫌いじゃない。モヤついた気分は、ここで改めておいて。


「さて、これからどうするんだ」


「わたしは準備万端です! 中にウェア着込んでますので!」


 胸を張ってアピールするファインに「よい心がけ!」と返した安曇野は。


「じゃあとりあえず、サラりんの腕を見ようか。

 地上からいくつかマニューバを言うから、その通りに飛んでみてもらう感じで」


「わかりました! では!」


 言うとファインはなんのためらいもなく、すぽぽぽーんと制服を脱いだ。

 本人の言うとおり、中には七分丈のダイバースーツのようなもの――インナーウェアを着ていたが。


「……予感はしてたけど、少しは恥じらえ女子高生」


「はい?」


 小首を傾げるファインに溜め息を吐く。一方安曇野は、なぜか俺を見ながらクスクスと笑っており。


「ピコちゃん気にしすぎー。思春期?」


「学生って大抵思春期なのご存じない?」


「うわっ、今のオタクくさ」


「お前、俺が傷付かない心の持ち主だと思ってるの?」


「サラりん、展開よろ!」


 俺の言葉を無視した安曇野は、ファインに声をかける。「はいっ!」と良い返事を返したファインは、そのまま岸の縁にある直径2メートルほどの円形の台座に向かう。

 サークルのど真ん中に立ったファインは、担いでいたごついゴルフバッグをどん、とその場に置き、バッグのファスナーを全開にした。


 現れたのは、白い装甲とバックパックがコンパクトに組み合わさった縦長の塊。

 格納形態のフライトギアだ。運搬時は装甲類を上手いこと組み合わせてバッグの中に収めている。そして、装着時はというと。


「ア、じゃなかった――――クインビー、展開!」


 ファインがそう口にすると同時に、円形の台座から薄白い燐光が立ち上る。

 次の瞬間、組み合わさっていたヘルメットや装甲類がふわり、と解けながら宙に浮かぶ。

 浮いた装甲はそれぞれ空中をふわりと移動し、ファインの身体の周囲――手足や頭、胴、背中――へと展開していく。そして。


「装着っ!」


 ファインが再び発した声に合わせて、装甲類が自動展開。ファインの身体へと自動的に装着されていく。最後にバックパックがファインの背に装着されて、シーケンス完了。


 ――――円形台座の正式名は、自動装着ポートと言う。

 格納状態のフライトギアをGIP操作によって自動で展開・装着する装置だ。

 これがあると、フライトギアの装着が非常に簡易かつ迅速になる。


「では、いってきます!」


 白の鎧を装着したファインは、そのまま元気よく青空へ飛び立っていく。

 その後ろ姿にどこか懐かしさを感じたのは、きっと気のせいだ。




 ◇




 安曇野が無線通信でマニューバを指示して、それをファインが実施する。

 そんな『腕試し』が一通り終わって、ファインからの音声通信が携帯端末に入ってくる。


『どうでしたでしょうか!』


「……いや、なんていうか」


 言葉に困っていると、安曇野が俺の思ったとおりの言葉を口にした。


「普通に上手いね、サラりん」


『ほぁっ!? おほめにあずかり光栄です!』


「意外と真っ当なハイフライヤーしてるな。無茶苦茶なのはキャラだけか」


 ハイフライヤーというのは、FAのプレイスタイルの一つだ。

 高空域での高速戦闘を得意とする、巡航速度重視型のスタイル。

 勢い重視な性格のファインだが、ハイフライヤーとしては十分なテクニックを持っているように見えた。翼型ロッドも、最低限は扱えている。


『い、今のは半分くらいほめられてませんね!? わたし分かりますよ!』


「おお、良く気付いたな。すごいすごい」


『ここ数日で、空木先輩はちょくちょく皮肉を言うと学びました!』


「そうか。学びを得るのは良いことだな」


『ほぁ!? 今のも皮肉ですね!?』


 言い合いつつ、ファインについて考える。

 今の段階でも一年生の中では平均より上のハイフライヤーと言えるだろう。

 問題は、翼型のツインロッドを十二分に生かし切れていないところ。それと――


「そもそも勝負の入り口で五割の賭けしてたら、勝率は伸びねえわな」


「となると磨くべきはゼロダイブ?」


「本人が妥協して普通のダイブスタートをするならいいんだけど――――」


『あの、それはお断りしたいです!』


 ファインが通信で口を挟んでくる。次の言葉はだいたい察せられた。


『ゼロダイブは、わたしのこだわりなので!』


「まあ、言うとは思った」


「だったらゼロダイブの練習だね。つーことは、あたしは専門外かなぁ」


『そうなんですか?』


 尋ねるファインに、安曇野は少し残念そうに答える。


「あたし、ガチガチのローフラだからね。

 ハイフラのマニューバの練習ってほぼほぼしてないっちゅーか。だからー」


 ローフラ――――ローフライヤー。

 射撃武器による遠距離戦闘を得意とするプレイヤーのことだ。

 性質上重装備・低機動力になりがちなため、結果として低空域が主戦場となる。


 安曇野はローフラの中でも特に重装備なため、高機動戦闘を得意としていない。

 だから確かに、ハイフラ向けの助言はそこまでできないんだろう。

 ……だからといって。


「じー……」


『じー……』


「そう睨まれても困るんですが。さっきも言ったけど、俺技術科だからな?」


「でも、詳しいことは詳しいでしょ?」


 言われて、二の句が継げなくなる。

 安曇野の言わんとしていることは察せられる。姉貴――空木蒼は世界でもトップレベルのハイフライヤーだった。そのつながりで、知識はあるだろう、と。

 直接言葉にしないのは、安曇野の気遣いか。そういう優しさも感じられて、「教えられない」など強引に突っぱねることはできなかった。


「……まあ、教えられることは教えるけども。期待はするなよ」


「やった!」


『やった!』


「だから期待はするなと。……とりあえず、一番必要なのは体内時計の正確さだ。

 感覚で20秒が掴めないやつにゼロダイブはできねえからな。だからまずは――――」


 なんてやりとりをしながら。

 この日は、ゼロダイブのコツを伝えられるだけファインに伝えて、少しだけ実践訓練をした。流石に初日からすいすいとはいかなかったが、それでもファインは俺が教えたことを丁寧に噛み砕いて、少しずつ実践に反映してみせた。


 今日である程度理解した。サラ・ファインは、素質あるハイフライヤーだ。

 でも、だからといって『託せる』かと言えば、答えは否だ。


 空木蒼に憧れているだけの奴に、アレは決して扱えないだろうから。



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