第15話 休日の予定を決めていない場合



 今日も今日とてFA基礎の授業中。

 教室正面のモニターでは、学帽を被ったアホウドリ型のアバター、通称アカバっちがやや偉そうな態度で講義している。


『さて、次は……ロッドの諸々について触れておこうか』


 アカバっちが言うと、モニターに杖のようなものが映し出される。


『ロッドとは、GIPの放出機構を内蔵した杖状の装備だ。長さはスタンダードなもので約九十センチだが、長短様々なものが存在する。そして、このロッドはフライトアーツにおける唯一の能動的な攻撃手段なわけだが……安曇野あずみの


「はい?」


『語尾を上げるな』


「はい!!!!」


『五月蠅い』


「はい……」


 いちいちなにかやらないと気が済まないのか、あいつは。

 しゅんとした振りをしていた安曇野に、アカバっちが容赦なく質問を投げかける。


『FA競技における標準装備としてロッドが採用された理由はなんだ?』


「はい! 自分のギアが出してるGIPフィールドとバッチンしないためです!」


『……バッチンという表現が若干気になるが、正解だ。

 フライトギアは自機軽量化のため、装着者周辺の約三十センチ圏内に常時GIPフィールドを展開している。

 これに干渉せず、かつ対戦相手のGIPフィールドに干渉するにはある程度のが必要になる。よって、杖先からGIPを放出するロッドの機構が考案されたというわけだ』


 ちなみに、ロッドは装着者周辺のGIPに干渉しない範囲で、常時GIPを微弱に放出している。これは、万一振ったロッドが対戦相手に当たってしまいそうになったときに、直接の接触を避けるためのものだ。


『加えて、ロッドには小型のバッテリーが内蔵されている。

 これは、攻撃時のGIP生成用という理由の他に、万一装着者がロッドを取り落としてしまった場合にロッド自身がGIPを自動で放出することで、落下事故のリスクを軽減する、という目的もある』


 とまあ、ロッドというのは単純そうに見えて案外いろんな機能が備わっている。

 が、大半は安全装置みたいなもので、競技者として使う分には『GIPが出る棒』として認識していれば十分だったりする。


『では次に、ロッドの拡張パーツについて。……空木』


「はい」


 と、ここでご指名が入った。少しだけ緊張しつつ起立する。


『ロッド拡張パーツは大別して二種類が存在する。

 二つともを挙げて、簡単に解説してみろ』


「はい。一つはスプレーガン、もう一つはイグナイターです。

 スプレーガンは、GIPをスプレーのように遠方投射する機構。

 イグナイターは、ロッド単体で斥力場を発生させるための出力増幅機構です」


『うむ、正解だ』とのアカバっちの声を聞き、着席。答えには自信があったものの、人の注目が集まっている中で喋るのはやっぱり緊張する。


 ほっと小さく溜め息を吐くと、前の席にいる安曇野がこっちを見てにやにやしている。とりあえずガンを飛ばしておいた。


『スプレーガンは遠距離への攻撃手段として、イグナイターは近距離戦や高速機動の補助として使われるな。これら拡張パーツの存在によって、FA競技のプレイスタイルに幅が生まれていると言えるだろう。では次に――――』


 なんて言いつつ、授業の時間は過ぎていく。




 ◇




 さて、放課後。

 ここのところ日課となっている西岸での訓練。

 インナーウェアに着替え終わったファインが、ギアを装着する前に「相談があります」なんて言ってきて。何の用だと尋ねてみれば。


「うちの店に来たい? なんでまた」


「この間はばたばたしてて、先輩のお父様にはろくにお礼も言えなかったので、改めてと思いまして」


「いや、礼もなにも親父にも盛大に土下座してたんじゃあ……」


「あれは謝罪です。お礼ではありません」


「ああ、そう……」


 その碧い瞳から感じられる大真面目な真っ直ぐさは相変わらずだ。

 さらに、ここ数日で意外と頑なな一面も垣間見られた。

 断ったとしても勝手にお礼しに来るだろうし、そもそも断る理由もない。


「まあ、来れば良いんじゃねえの。店の案内くらいはしてやるし。狭いけど」


 そう俺が言うと「え?」と意外そうな顔をしたのは、制服姿の安曇野だった。


「ピコちゃんも一緒に行くの?」


「一緒には行かねえよ。けど俺、土日は基本実家に帰ってるからな」


「えっ!? なにそれ初耳!」


「そりゃあ初出しだしな」


「なにそれー! 一年の付き合いなのにー!」


「いや、お前土日はだいたい試合なんだから関係ないだろ……」


 フライトアーツは人気スポーツなだけあって、土日を中心に試合の中継放送がある。

 FASの学内競技会も例外ではなく、専用のストリーミングチャンネルが存在している。

 視聴回数は上々。学校予算の底上げに少なからず貢献しているとの噂だ。

 

 ちなみに安曇野は、その派手なルックスと堅実な実力からネット人気が高かったりする。 そのため、本人が望まなくとも土日の試合が頻繁に組まれる傾向にあった。


「えー、あたしだけ仲間はずれかよー」


「大丈夫ですつかさ先輩! 心はいつも共にあります!」


「サラりん……ええ子やのう……」


 それにしても、こんな茶番を繰り広げる安曇野が人気とは、世の中分からない。

 まあ、今の学内ランク上位三人の実力が飛び抜けてるから、ダークホース的な注目のされ方をしているのもあるだろうけど。

 などと思いながら安曇野を見ていると、「あの」となにやら心配そうなでファインが声を掛けてきて。


「つかさ先輩が行ける日に、一緒に行く方がいいですか?」


「……はい?」


「やっぱりその、先輩達は『そういう間柄』ですし、わたしのような人間でも、休日に一緒に行動するのはまずいのかなぁって、ふと思ってしまいまして……!」


「なんですって?」


 思わず丁寧な言葉遣いになってしまった。ファインの奴ものすごい勘違いをしてやがる。

 これはまずい、と安曇野の方を見れば、満面にっかりと笑っている。調子に乗ろうとしているのが丸わかりだった。


「やぁだぁー! サラりんてばぁ! 気遣いすぎぃ!」


「そこじゃねえ。『そういう間柄』ってのをまず否定しろ」


「ええぇ? そういう間柄ってどういう間柄ぁ? つかさちゃんわかんなーいーぃ」


「うざい……! すこぶるうざい……! 

 とにかくファイン、俺たちはそういう間柄じゃない。至って普通の、ごくごく一般的な、クラスメイト同士だ」


 伝えるべきことをこれでもかと強調してそう言うと、ファインは意外そうな顔をして。


「ほぁ? そうなんですか?」


「そうなんです。普通の、一般的な、クラスメイトです」


「今はまだ、ね?」


「余計なこと付け足すんじゃありません! ファイン、とりあえず安曇野の言葉は一旦無視しろ。俺たちは普通のクラスメイトだから。オーケー?」


 調子に乗り倒して変なことを口にする安曇野を制しつつファインに念を押すと、「お、OK」とやたらネイティブな返事が返ってきた。安曇野がふざけるせいでファインの様子もなにやらおかしな事になっている。


「ちぇー、もうちょい引っ張りたかったのに」


「うるっせえ、純粋な後輩をからかうな」


「あたしがからかったのは無駄に照れて耳真っ赤だったピコちゃんだよ?」


「はい許さん絶対許さんもうお前の機体見てやんない」


「はぁ!? それとこれとは話が別じゃね!?」


「別じゃねえ。もう見ない絶対見ない」


「ピコちゃん大人げねー! それは大人げねーわ!」


「俺学生だし。子供だし。大人げなくて当たり前だし」


「うわー屁理屈! めっちゃ屁理屈ー!」


 なんて感じで、安曇野相手にぎゃんぎゃんとやり合っている中。


「そう、なんですね」


 と、呆けた様子でつぶやくファインの顔が、妙に印象に残った。

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