第14話 改めて後輩の特訓に付き合う場合




「よっしゃ、ぶっつぶそう!」


 事の顛末を聞いた安曇野あずみのの第一声はそれだった。インナーウェア姿のファインの「はい! ぶっつぶします!」と呼応する声が、曇天の西岸訓練場に響く。

 飛んでいたうちの何人かが驚いたようにこっちを振り返った。正直恥ずかしい。


「表現が物騒なんだよなぁ。せめて『倒す』くらいにしとけ」


「よっしゃ、ぶったおそう!」


「はい! ぶったおします!」


 そんなこんなでファインの練習を見る会改め、ファインが笹川君に勝つための特訓をする会、なわけだが。


「で、作戦は?」とファインに問えば。


「正々堂々、正面から勝負します!」と返事が返ってきて。


「なるほど、よい意気!」と安曇野が調子よく呼応する。


「……大丈夫か? 笹川君、まあまあ強いぞ。

 この間の新入生戦は軽装寄りのローフライヤーしてたけど、見た感じの練度は一年生の中でも上位だ」


「そうなの?」


「いや、お前も一応途中から見てたろ。一戦目のローフライヤーだよ」


 新入生戦では途中ジュースを買いに行っていた安曇野だが、それでも一戦目はそれなりに見ていたはずだ。

 安曇野はしばし考える素振りを見せた後、何かを思い出したかのようにぽん、と手を打って。


「ああ、あれがキザ栗毛だったの? そっか、なるほどなるほど」


 声を上げてしばらく、安曇野はううむ、と考え込んでから、珍しく慎重に口を開く。


「ま、サラりんでも勝負にはなるだろうけど、確実に勝つとなったらもうちょっと特訓したいよね」


 ここで安易に『勝てる』と言わないのが、学内四位の安曇野だ。

 フライトアーツの実力に関しては、冷静な視点で他人を評価できる。

 そうじゃなきゃ、実力者ひしめくFASのトップクラスには居座れない、ということだ。


「頑張るべきはスタートと、あとウイングロッドの取り回しかな?」


「だな。特にウイングロッドに関しては詰めなきゃならんことだらけだし」


 などと安曇野と相談していると、「あの」とファインがおずおずと口を挟んできた。


「お二人は、スタイルを変えろとは言わないんですね」


 その表情には少しの怯えと、不思議そうな様子が窺えた。

 たぶん、近しい人間に似たようなことを言われた経験があるのだろう。

 というか、普通はそうだと思う。わざわざテクニカルなことから学ぶより、基礎的な立ち回りを叩き込んでから、というのが教える側のセオリーだからだ。


「お前がただのミーハーだったら即刻変えさせるか、そもそも見捨ててたけどな」


 それが正解だと初めは思った。

 ただ、ファインの言葉や飛び方からは、本当の真っ直ぐさが感じられた。

 愚直、と言い換えても良いと思う。誰に何を言われても、憧れを追いかけて追いかけて、その結果身につけた飛び方。そんな気がしたから。


「飛び方にこだわる奴は、嫌いじゃないんだ」


 それだけを言うと、ファインは照れたように「きょ、恐縮です」と呟いた。




 ◇




 今日は、西岸訓練場の一角を利用しての高機動訓練。

 AI制御で浮遊する十個のGIPターゲットを順番にロッドで攻撃する。攻撃を外した際は再度攻撃には移らず、次のターゲットを攻撃する。この一連の流れでタイムとターゲット命中数を測定し、飛行と攻撃の正確さを見る訓練だ。

 

「はいそこまでー! 一旦息整えてー」


 ファインが最後の的を攻撃し終えたタイミングで、安曇野が音声通信を入れる。


『ど、どうでしたか……?』と、携帯端末の通信越しにファインの声。


「タイムは及第点だけど、命中は六割だから……ダメダメ! このままじゃキザ栗毛には勝てないぞー!」


『うぐっ、無念です……』


 安曇野の正直な言葉にファインががっくりと肩を落とすのが、遠目からでも見える。

 ……一連の訓練をずっと見ていて、思うことがあった。ファインはある程度ウイングロッドの制御を行えているように見えるのだが、特定のタイミングで必ず姿勢を崩している。

 ということは、と。考えを巡らせながら俺は、音声通信をONにする。


「思うに、ファインはウイングロッドの特徴をあんまり理解してないっぽいな」


『特徴、ですか?』とファインからの返答。どうやら先ほどの言葉でもピンときていない様子。少し質問をして、ファインの理解度を確かめる。


「ロッドに翼の形状を持たせる最大のメリット、分かるか?」


『は、はい! 翼で受ける風を機動力として利用できるところです!』


「正解だ。もっと言えば推進方向と垂直に働く力、いわゆる揚力を使える点だな」


 例えば、本来ならバッテリーを消費して斥力場を発生させなければならない機動を、翼の揚力を利用することで省電力で実現できたり。あるいは、旋回時に揚力を足し合わせることで通常では実現不可能な急旋回が可能となったり。

 主に機動力の面で、ウイングロッドは装着者の助けになる。


「ただ、フライトギアは飛行機じゃないし、ロッドは固定翼じゃなくて攻撃手段だ。

 ここの認識を誤ってると、ウイングロッドは扱えない」


『と、いいますと?』とファイン。少し離れた空の上で首を傾げているのが見える。


「ファイン、お前ターゲットを攻撃するとき、ロッドを振ってるだろ」


『は、はい』


「だから狙った場所を攻撃できないんだよ」


『……ほぁ?』


「単純な話だ。ウイングロッドを振ると、その方向と垂直に揚力が発生する。

 てことは、狙いを付けてロッドを振っても、揚力でロッドの軌道がズレるんだよ」


 これがウイングロッドの欠点だ。

 通常のロッドとして扱おうとすると、揚力がかえって邪魔になってしまう。


「振るときだけじゃない。飛んでる最中の少しの腕の傾きすら、ダイレクトに揚力に影響して飛行姿勢に反映される。ウイングロッドがピーキーだって言われるのはこれが理由だ。なんてったって、メリットであるはずの揚力のせいで飛行や攻撃が乱れちまうんだからな」


 要するに、メリットだけを享受するのが難しい。

 通常の取り回し方をすると、メリットがデメリットに変わってしまう。


『で、でも、それじゃあどうやって攻撃を……?』


「簡単だよ。振らずに通り過ぎればいい」


 振ったらブレるなら振らなければ良いじゃない、ということだ。ただ通り過ぎるだけなら、飛行も攻撃も乱れずに済む。


「姿勢を崩さず、通り過ぎ様にGIPを撒くイメージで攻撃する。これがウイングロッドの基本的な攻撃方法だ」


『なるほど! なんとなくわかりました!』


 元気な声色の音声通信が入り、一安心。伝えるべきことは伝わったようだ。


『つかさ先輩! もう一回お願いします!』


「あいよー。ターゲット展開しなおすねー」


 安曇野が言ってすぐ、各所に浮いていたGIPターゲットが所定の位置へと正確に再配置される。そして。


「いくよー? よーい……スタート!」


 その合図と同時にターゲットへ目がけて、ファインが勢いよく飛んでいく。

 訓練は、順調に進んでいた。

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