第13話 後輩同士がバチバチになった場合




 笹川蔵人。ピカピカの新入生にしては堂に入っているし、良い度胸をしている。

 優秀な人間だってのは一目瞭然。それほど堂々とした佇まいに見える。

 ただ、初めて会ったときから彼には、余裕というものが感じられなかった。それは、今この時も同じであり。


「力が必要なんです、僕には。せめて、条件くらいは教えて頂けないでしょうか」


 そうやって俺に尋ねるその視線には、懇願すら感じられた。ひとつ、溜め息を吐く。


「言っただろ、俺がこいつにならと思える相手だって。

 それ以上も以下もねえ。敢えて言うなら、笹川君には絶対に任せねえわな」


「なにが、ダメなのでしょうか」


「君、相手に合わせてスタイル変えるタイプだろ」


「なら、ハイフライヤーに専念すればいいと言うことですか?」


「そういう考えが口を突いて出るうちはダメかな」


「……僕は、無用な問答をしに来たつもりはありません」


「俺も無駄なやりとりはしたくねえんだけど」


 束の間の沈黙。笹川君の言葉の端に、少しの棘を感じる。焦りから来る苛立ちだ。

 なにが彼の感情を掻き立てるのか、その理由には少しだけ心当たりがある。


「どうしても、無理なのでしょうか」


「そこまで頑ななつもりはねえよ。ただ、今の君みたいなのはダメだ。

 空木蒼の専用機が欲しい。そういうやつに限って頑張る方向性を間違える。

 というか、俺が思うにだな、笹川君」


 そして、心当たりの答え合わせのために、敢えて踏み込んでみる。


「君は別に空木蒼の専用機が無くても、十分良いところに行ける実力はあるだろ」


「――――良いところ程度ではッ!!」


 笹川君は声を荒げた直後、その失態に顔を歪める。「……失礼しました、つい」と頭を下げるが、その顔は自分への怒りに恥じているのか、少し紅潮していた。


「不思議なもんだな。兄貴の影がそこまで怖いかね」


 兄。それが恐らく、彼が焦る理由。教室での一件があった後、すぐに思い出していた。

 笹川礼人――プロリーグにおけるトップクラスのFAプレイヤーだ。多くのスタイルを使い分ける対応型の選手で、日本国内でも有数の知名度を誇っている。

 その弟が、目の前の笹川君、というわけだ。必要以上に彼が焦ってる様に見える事情は、推して知るべし、か。


「天才の姉を持っていた貴方なら、理解できませんか」


「さて、俺は元々技術屋志望だし、君ほど周囲には期待されてないからな」


「……ある意味羨ましいですね。

 僕にもそんな『頑張らずに済む理由』があればよかったかもしれません」


 なに、と思わず声が出掛かった。

 それは、彼の言葉選びに皮肉の色が窺えたから、でもあったが。

 それ以上に、俺と笹川君の間に突然、ファインが割り込んできたからだった。


「……何か?」


 と訊く笹川君の瞳を、ファインはじっと睨み付けているようで。


「――――今の言葉、空木先輩への侮辱と取りました」


 俺に背を向けているせいで、ファインの表情は読めない。

 ただ、その声色は俺が訊いたことのあるファインの言葉の中で、一番低く鋭くて。


「そしてわたしは、恩人をけなされて看過するほど気長ではありません」


「これは僕と空木先輩の問題だ、ファイン君には関係ない」


「関係があれば口出しできるんですか? なら」


 と、言葉を区切ったファインは、ちらりとこちらを振り返る。

 その瞳には、分かりやすく『すみません』と書いているように見えた。思わず苦笑う。

 そして、再び笹川君と向き合ったファインは、また低い声色で言う。


「わたしとFAで戦ってください、笹川君。

 そして、わたしが勝ったら空木先輩に謝ってもらいます」


「……本気か?」


「本気です! わたし、これでも怒っています!」


 言葉通り怒りを露わにするファインと、少し戸惑いつつもその目を見返す笹川君。

 これは、なにやら予想外な方向に事が転んでいる。いわゆる決闘というやつか。


 ただ、ファインの怒りが唐突すぎて笹川君があまり乗り気でない様子だ。

 ファインは意地でもFAでケリを付ける気だが、相手の気持ちが生半ではお互いに収まるものも収まらないだろう。

 ならば、と俺は、自分でも意外なことを口にする。


「良い機会だ。笹川君、君が勝ったら見せてやる」


「見せる? っ、まさか!」


「ああ。空木蒼の専用機を、だよ。たぶん、一目見るだけで諦めが付く。

 ただし、ファインに勝てなかったらこの話は全部ナシ。それでいいか?」


 いいか? とは自分への問いかけでもあったかもしれない。

 俺はいったい、何のつもりでそんな条件を口にしたのか。姉貴の機体を赤の他人に見せたいなんて思わないし、実際そんなことはほとんど無かったというのに。

 ただ俺は、この条件を出したことに不思議と後悔はしておらず。


「……ええ、問題ありません」


 そう言った笹川君の声は、静かな熱を帯びており。


「ファイン君。済まないが、全力で行かせてもらうよ」


「なにが『済まない』のか全く分かりませんが! こちらも当然全力です!!」


 ――――こうして急遽、サラ・ファイン対笹川蔵人のマッチアップが決定した。



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