第37話 イベントと探偵
「今回のイベントはクラン対抗の料理イベントなの! プレイヤーの皆んなに料理を作ってほしいの!」
幼狐キリカ両方の手でキツネのポーズをつくり、ウインクする。
「三日間のうちに様々なフィールドにある食材を手にして、四日後に特設フィールドでこのレシピ本を基にクランで料理を作ってほしいの」
シェフのイラストが描かれた赤色の本を手にして目にも留まらぬ早さで捲られて閉じられる。
「レシピ本と料理セットをFFOプレイヤー全員に配るの。メールに届いているからぜひ確認してほしいの」
一部のプレイヤーがメールを開き、レシピ本を捲る音が小さく響く。
「ルールはこの通りなの。確認してあとランキング上位になって豪華報酬をゲットなの」
でかでかと平面のスクリーンが表示されて、プレイヤー達の視線は上に向いた。
『一、不正行為(主にチート、バグ)が発覚した場合、今回のイベント参加不可』
『二、三日間の間ならクランの脱退、加入が自由。イベント当日の場合、脱退は可能であるが加入は不可』
『三、食材の調達は当日イベントが始まるまで入手すること。特設フィールドでは食材が入手できない』
『四、当日の特設フィールドで食材の略奪が可能。デスした場合、-5ポイント減点されて復活に10分要する』
『五、料理作成は料理セットでいつでも可能。但し加点されるのは特設フィールドの当日のみ』
『六、初回料理で+10ポイント
最高評価の星三つで+10ポイント
至高評価の星二つで+5ポイント
普通評価の星一つで+1ポイント
レシピ本に記載された全料理をコンプリートでボーナス100ポイント』
『七、当日の料理タイムは60分とする。なお規定以上の人数を超えた場合、Aグループ、Bグループ、Cグループ等に分ける』
以上のルールを遵守すること。
と読み終えたアヤ達は少し離れた場所に移動して話し合う。
「まずリアルで料理を作れる人、手を挙げて」
五人中挙がったのはカヤック、スミレの二人だけでだった。スミレは別のクランなので、実質一人だけになってしまう。
「ま、まぁ、ゲームだから誰でも作れるよね」
「そうかもしれんがリアルで作れた方が有利になると思うぞ」
カヤックがレシピ本を手にしてコンコンと本を叩く。
「見たところ本格的な料理作りらしい。調味料、火加減、切り方、計量等こと細かく載ってるぞ」
運営の料理のこだわりを感じて、絶対料理好きな人いるなぁと私は思った。
「というか、女組全滅か」
スミレは自分は、という感じで指すとカヤックは神妙な顔つきで口を開いた。
「お前、所属クラン違うだろ」
「そ、そうではあるが」
「あと前に和食ならお手の物だが洋食は苦手だとか言ってなかったか? このレシピ本に載ってるやつほとんど洋食みたいだぞ」
「ぐふ……」
「カヤック、スミレのライフはもうゼロ。だから別のこと考えて」
「ふーん。まあいいが」
リンゴのことを一瞬見てカヤックは視線をアヤの方に移す。
「それでなんだ。アヤに何を言いたかったんだっけ」
肝心なことを思い出せず、首を傾げて捻りだそうとする。アヤは眉を曲げて声に出した。
「思い出した時でいいよ」
「ああ、思い出したらすぐに言う」
「分かった。じゃあ、今回のイベントについて話そう」
「アヤもゲーマーに染まってきたな」
「……そうかも。FFOやってると楽しいから」
FFOに染まりつつある現状に嬉しいようで、不安な気持ちもある。リアルでの私生活に少しずつ影響を与えているのだから、そのうち倒れても文句が言えない。
「さて話を続けるが、イベントに疑問に思ったことがある奴がいたら手を挙げてくれ」
するとイノンが手を挙げてカヤックが手を向ける。
「このレシピ本に載ってる料理だけなのかしら?」
「分からん。新要素だから試行錯誤しないといけないかもしれん」
「あると思うよ。キリカがこのレシピ本を基にって言ってたし」
「アヤ殿の言う通り他にも料理がある可能が高い。このルール六に初回料理と書いてあるのがあまりに不自然だ」
スミレはパネルを操作してトントンと叩く。
カヤックは呆れてため息をついた。
「スミレ、敵に塩を送ってるようなもんだぞ」
「このくらいそなた達なら気づくであろう」
「少人数クランに期待されてもな」
「精鋭中の精鋭であろう? 殲滅姫が率いるクランに強豪クランは警戒して夜も眠れないみたいだぞ?」
「大袈裟な。夜も眠れないならとっくに強豪クランにPvPでボコされてるつっーの」
カヤックは腕を組んで鼻息をついた。
「はぁ、そうならないために作戦を立てないとな。まぁそのために」
視線がスミレに集まり、「ああ、そうであったな」と呟いて愛想笑いを浮かべた。
「私は違うクランであったな。作戦が敵に筒抜けでは台無しになってしまう」
スミレはぺこりとお辞儀して手を振る。
「談笑楽しかった。では次に会う時は四日後に」
スミレは手を軽く振ってくるりと背を向けて歩いていく。
「待って! 誰もいちゃダメって言ってない!」
アヤは大声でスミレを呼び止める。
「同じクランじゃなくても意見を言い合うならいいと思うの! それに私はまだスミレと話し合いたい!」
スミレは顔をこちらに向けて下に俯く。
「しかし……他の者達はそう思っていない」
カヤックとイノンの目が点になって、少ししてクスッと笑い、少しずつ声を高らかにしていく。
「そんなこと微塵も思ってないわよ」
「ああ、というか意見を聞こうと思ってたからな」
「イノン殿、カヤック殿……」
目頭が熱くなってスミレは目を擦って堪える。
「まぁ思ってる奴はリンゴくらいじゃねぇか?」
ニヤニヤと視線をやるとリンゴは無表情で口を閉じたまま視線を遠くにやった。アヤは目を細めて声に出す。
「リンゴ、どうなの?」
「……別に。堅物侍から、情報を引き出すのもあり」
「素直じゃねぇな」
温かくほんのりと心地のいい雰囲気に包まれて笑い合う。しばらく雑談も混じえて話を続けているとゆっくりと人影がアヤ達に近づいてくる。
「ああ、ドラネコ殿にチャットしなければ」
「私が連絡するよ。あの場にいたトッププレイヤーに半ば強制的にフレンド登録させられたからちょっと憂さ晴らしも込めて報復したい」
「いやいや! 私からチャットして報告する!」
「そう? でも……」
私は次の言葉を口にしようとすると大声でかき消された。
「Found you! 見つけた!」
土煙を上げて人影が全力でこちらに向かってくる。アヤ達の目の前になると全速力で動く暴走列車をブレーキで止める如く異音が周囲に響き渡った。
「殲滅姫アヤ! ここにいたなんてね!」
ズレた鹿撃ち帽を整えて亜麻色の三つ編みの髪が左右に揺れる。その姿を最初に見たら探偵と連想するような服装だ。
しかも最近この少女をアヤは見たことがある。
電車のCMで見たあの可愛い探偵。
小さな桜色の唇が開き、杖のような虫眼鏡をアヤに向ける。
「Hey you! 聞いて驚け! 私はあなたに宣戦布告だ! ちなみに拒否権なしだから!」
探偵は満足気に言ってやったといわんばかりに胸を張った。アヤは少し戸惑いつつもゆっくりと口を開く。
「えーと、お名前は?」
「what!? 嘘!? 私を知らないなんてネットのない環境にいたりする!?」
「見たことはあります。けど名前までは……すみません」
歓喜の表情から一転、顔を手で覆って乾いた笑いで顔を横に振る。
「名前を知らないなんて……なら今ここで覚えてもらおう!」
また元通りの笑顔に戻って探偵は脇腹に手を当てる。
「Listen closely! 私の名前はシャーロン! ホロクス所属VTuberにしてクトゥルフ同窓会のクラマスにしてPvP四位のFFOゲーマーだぁ!」
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