第52話 蔓延る化け物共
運営は黙認しているが、大半のプレイヤーは確信に近いものを抱いていた。
もちろん絶対とは言いきれない。
プレイヤーが欲しい固有スキルじゃなかったこともある。それをクソシステムと罵倒するものも少なからずいた。
だが、固有スキルはそのプレイヤーのみの唯一無二のスキルなのだ。
似たり寄ったりするスキルもあるが、メリットやデメリットの違いがほとんどである。
もし全くの同じスキルになるとするなら同じ指紋を持つ人がいるほどの確率だ(1兆分の1)。
そのせいか、有名プレイヤーほど固有スキルを使うとすぐにバレてしまうことが多い。
それくらい固有スキルは自身の存在をアピールするにうってつけのスキルなのである。
つまり黒い太陽が現れたとなればクトゥルフ同窓会がこのフィールドにいると分かるほどなのだ。
「えーと、ネクロの固有スキルは……」
「〈虚無なる外の門〉ってスキル」
「そうそれ。よく覚えてるね、リンゴ」
「相手の情報は大事。それと効果は」
「いたぞ! かかれ!」
突然、三人組の男共が飛び掛ってきて私は大鎚を横に振った。
「ひでぶ!」「な!?」「せんめ……!?」
まとめて巨木に吹っ飛ばし、パリンと割れて光の粒になって消えていく。
「アヤ、だいぶレベル上がって強くなってる」
「そ、そう? まだ78Lvだけどそんなに強いかな」
「ん、78Lvは最大90Lvと大差ない。これも私の特訓のおかげ」
「う、うーん……そうかもね」
リンゴの特訓を一言で表すなら地獄といっても過言じゃない。三日間合計18回デスして〈水月鏡花〉を会得した際は久々にやり遂げた感が半端なかった。
「アヤ、止まって」
リンゴの声に私は立ち止まり、キョロキョロと辺りを見回す。
「誰かいるの?」
「さっきアヤが倒した敵、あれ夜露死苦ってクランのメンバー。襲いかかってきたからまだ奴らの拠点がここに、あると思ったんだけど」
リンゴは一箇所のある場所に人差し指をさす。
「移動してるっぽい」
「そう。でもあの人達の復活どうなるんだろう?」
「ん、倒したら、食料を一番持ってるプレイヤーの場所に復活する。全滅だったら初期位置っぽい」
「じゃあ夜露死苦クランが全滅したらまたあそこで復活するってことね」
「ん、それよりもグリフォ……アヤ!」
私はリンゴの声に反応して、背後から飛んできた黒いナイフを上体を逸らしてギリギリ避ける。
「敵!?」
辺りを見渡すが敵影らしきものが見つからない。
「リンゴ、敵がどこにいるか分かる?」
「ん、あそこ。ギリギリ黒い影が見えた」
リンゴは一つの巨木を指して私は大鎚を構える。
「私が攻撃を仕掛けた方がいい?」
「アヤはMP温存。私がやる」
「分かった。無茶はしないでね」
「ん、スキル『龍炎の息吹』あんどマーキングボール」
リンゴは口を尖らせて火炎を木々に吹きつけてピンク色の玉を投げた。辺り一帯に火が広がって人影が木の上へ飛び上がる。
「スキル『雷鳴の矢』」
リンゴの背後に魔法陣が現れて、光の如く矢が人影に向かって飛んでいく。すると黒い外套を着た人影は手を翳してスキルを唱えた。
「スキル『雷鳴の矢』」
二つの雷の矢がぶつかり合い、泡のように弾けて何事もなかったかのように静まり返った。
「殲滅姫と偽魔女を相手にするの無理ゲー」
人影は呟いて黒い外套を深く被り、木の枝を伝って遠くへ逃げていった。
「逃げられた。不覚」
まるで武士のように落ち込むリンゴであったが、すぐにケロッと無表情に戻ってアヤに目線を向ける。
「リンゴ、ダメージ受けた?」
「大丈夫。同じスキルだと、打ち消し合うからダメージない」
「そっか。でもあの敵、動きが俊敏だったね」
「ん、あの身のこなしと警戒心、上位プレイヤーだと思う」
「そ、そうなんだ。でも逃げたから問題なさそう?」
「そうでもない。上位プレイヤーは必ずどこかの強豪クランに入ってる。だから私達がこのフィールドにいるってことバレた」
「え、それって大丈夫なの?」
「だいじょばない。だから完膚なきまでに潰しにいく」
「物騒な発想だね……」
「ん、幸いマーキングは出来たから、あとは追うだけ」
リンゴは懐から小瓶を取り出してフタを開けると小さな光の粒が一方向に向かっていく。
◇◇◇◇
森林地帯を超えて岩肌地帯へと出る一つの人影があった。
「めーでーめーでー、化け物達がうじゃうじゃいるのでリタイアを所望する」
その声に反応して野太い男性のボイチャが帰ってくる。
「続行一択だ。せっかく皆んな頑張ってるんだから優勝しないとだ」
「こっちは略奪で死ぬ思いしてるのに」
「お前以外に略奪は頼めんからな」
「おっさん顔のプロポーズいらないよ」
「へいへい、おっさん顔で悪かったな。まぁお前より歳は若いが」
「それ女性にとってあなた死にたいのって宣言してるようなものだけど? つうか私はまだピチピチ20代ですけど?」
「VRで理想の顔を作ってる時点で若作りしてるのバレバレなんだわ」
「はーい、いけないライン超えたね。リアルで会ったら絶対ぶち殺してやる」
「女子がそういうの……ああ、マジか。予定変更だ。すぐに戻ってきてくれ」
「うーん、無理」
「なんだ、さっきの発言が気に障ったか?」
「それもあるけど、いま殲滅姫と偽魔女に追われてるからそっちに行ったら確実に挟み撃ちにされるよ」
すると男性の声が焦りと驚愕の混じった声で叫んだ。
「殲滅姫と偽魔女もいるだと!? クソ! ここは化け物達の蔓延る楽園か!」
「うわーすごいキレてらっしゃる。ま、こっちはこっちで殲滅姫と偽魔女の対処しとく」
「……勝算はどのくらいだ?」
黒いフードをとりショートヘアの赤髪を靡かせて彼女は口にする。
「限りなくゼロに近いね」
「じゃあ、尚更戻ってこい。今お前がやられるとこっちが圧倒的不利になる」
「我らクラマス様がそんな弱音吐いていいの? というか負けるつもりないけど?」
「勝算ゼロなんだろ」
「ゼロじゃない。少しでも可能性があるならそっちに賭けるのがゲーマーじゃない?」
少し間が空いて呆れた声で男性は声に出す。
「……とりあえず死なないよう頑張れ」
「……殲滅姫と偽魔女相手に負けるんじゃないぞ、LLINN」
「おっけー。我らタナトス調査団のクラマスもグリフォン騎士団相手に頑張ってね」
通話が切れてLLINNは体を伸ばし、いつでも戦闘に移行できるよう準備を整え始めた。
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