第36話 イベント広場へ
「うげぇ……まだ生クリームの味がする」
「……甘味はしばらくやめる」
リンゴとスミレは口を塞いでトボトボと前を歩く。暴飲暴食をした繰り返した結果、同時に二人は甘味という味がへばりつき、飲み物を飲んでも味を洗い流すことが出来ず、引き分けという形で終わった。
「まさかバグで味が継続するなんてね。二人ともついてないわね」
イノンはコーヒーを飲みながら前を歩いていく。私は少し罪悪感がしてリンゴ達にぺこりと頭を下げた。
「えーと、何かごめんね。私が腹痛なんて言うから」
「ん、大丈夫。結果的に私がやったから、自業自得」
リンゴは口を押さえながら青ざめた顔でサムズアップする。
「気に病むことない。アヤ殿は私を誘ってくれたのだから寧ろ感謝している」
スミレも口を押さえておぞましいものを出さないために必死に手で口を覆う。
アヤは心配し眉を曲げ、口を開いた。
「リンゴ、スミレ、本当に大丈夫?」
「ゲロる」「吐きそう」
あ、これダメなやつだと直感的に思い、私はイノンに話しかける。
「イノン、味覚を直す方法なにかない?」
イノンはクイッと顎を上げて唸る。
「うーん、運営に報告するのが一番得策だけど、返信くるのに時間が掛かるのよね。だいたい三十分ってとこかしら」
三十分……それまでリンゴとスミレは甘味の地獄を味わい続けなければいけないと思うとゾッとする。いくら甘い物が好きな私でも永遠にケーキを食べ続けるのはきつい。
「他にない?」
「叩いたら直ったり?」
「リンゴとスミレは古いテレビじゃないよ」
「なら中身のもの全部出せば」
「絶対絵面がやばいことになる」
「じゃあ現実的に考えてログアウト?」
「それならなんとかなるかも」
「その手しかない!」「その手があったか!」
リンゴとスミレはすかさずログアウトボタンを押して瞬時に消えた。
「戻ってくるまで待ちましょうか」
「そうだね」
私とイノンは近くでしばらく待機することにした。燦然と輝く太陽にゆっくりと雲が流れて時の流れを感じさせる。が、それよりも周りから視線が私に向いていて落ち着かない。
「イノン、これ見られてるよね」
「見られてるわね。アヤちゃんが」
殲滅姫のあだ名を知ってからかよく見られるようになった。アイドルで場馴れしてるとはいえ、日中見られるのは精神的に疲弊する。
「やっぱり威のある虎がいないとね」
「虎?」
「リンゴちゃんのことよ。皆んなリンゴちゃんを見ただけで逃げていくから威厳のあるプレイヤーなんだってひしひしと伝わってくるわ」
「怖いから逃げてるのでは?」
そういえばケーキ屋に向かう途中でリンゴの顔を見て青ざめて逃げていく人もいたなぁ。
遠くを眺めていると図体が大きい男性プレイヤーとスレンダーな男性二人が近づいてきて私は視線をそっちに向ける。
「殲滅姫だよな?」
図体の大きい男性が腕を組んで聞いてくる。
あんまり呼んで欲しくないあだ名だけど、どの道プレイヤーからそう認識されてる時点で諦めざるをえなかった。
「そうですけど何かご用ですか?」
図体の大きい男性は視線をスレンダー男性に向けると、スレンダー男性は一歩前に出て声に出す。
「ひとつお願いがあって声をかけたんだ。ああ、誤解しないよう先に言っておくとやましいお願いではない。なんというかその……」
スレンダー男性は恥ずかしそうに手を差し出した。
「ファンっす。よければ握手してください」
「あ、はい。ありがとうございます」
私は脊髄反射で男性の手を握った。あまりに手慣れた握手の早さにイノンは驚いて声を出すのが一瞬遅れてしまった。
「……アヤちゃん?」
「なに、イノン?」
「握手するの手慣れてない?」
「え、あ、そ、そうかな。出されたものは全部食べる的な? それで握手しちゃう的な?」
苦しい言い分にイノンジト目で見つめてくる。
私は手を離して、言い訳を考えずに先に口が開いた。
「えーと、い、イメトレしてたの! ほら私って殲滅姫って呼ばれてるから、もしかしたらこういうのあるんじゃないかなって思って一応ね!」
しどろもどろになって頭の中がごっちゃになる。なにかないかと周りをキョロキョロと見回すとスレンダー男性が嬉しそうに図体の大きい男性に何か話していた。
するとぞろぞろと私達を囲むように人が集まる。
「え? な、なに?」
頭が真っ白になってどういう状況なのかさっぱりだった。イノンは周りを見渡してポンと手を叩いた。
「なるほどこうなることを予想してたのね!」
いや、違うよと言う前に周りのプレイヤーが先に口を開いた。
「俺も握手を」「一緒にパーティどうすっか?」「勝負してくれ」「俺と付き合ってくれ」「抜け駆けすんな」「やるかおい!」「負けんぞ!」
場が荒れ始めてアヤは手をあたふたとさせる。
「どけ。さもないとトラウマ植え付ける」
「貴様らが誘引していい者ではない」
取り囲むプレイヤー達の背後から威圧感のある声でリンゴとスミレが武器を構える。
プレイヤー達は顔を青ざめて「偽魔女だ!」「殺される!」「堅物侍もいるぞ!」「説教は勘弁だ!」と各々言って我先にと一目散に逃げていった。
「ちょっと隙みせたら、ハエのように
「楽天的に考えられては脳が腐るものだ」
二人は武器をしまってアヤ達の近くに寄る。
アヤは人差し指で頬を掻いてゆっくりと口を開いた。
「えーと、味覚直った?」
「ん、ばっちり」
「うむ。ただしばらく甘味は遠慮しておきたい」
「それは同感」
リンゴ達は互いに神妙な顔で見つめ合った。リンゴ達は視線をアヤに向けてリンゴが口を開いた。
「アヤ、何もされてなかった?」
「特に何も。握手くらいしかしてないよ」
「握手する時に、臭い玉仕込まれてたりしなかった?」
「それは日頃恨まれてる偽魔女にしかしないだろう。が、そんなことよりそろそろ広場に向かわなければイベントの内容が発表されるが」
「あ、そうじゃん! 早くカヤックと合流しなきゃ!」
アヤは前に出てくるりと振り返りリンゴ達を見る。
「行こう! リンゴ、イノン、スミレ!」
リンゴ達は頷き、会場へと向かった。
◆◆◆◆
「お、来たな」
初期の噴水近くでカヤックが酒を飲みながら近づくてくるアヤ達を見る。
「ん? なんだ、スミレも一緒なのか」
後ろにいたスミレを見てカヤックはニヤニヤと笑う。アヤは目を細めてカヤックを見た。
「ケーキ屋の前でばったりね。まぁそんなことよりカヤック、顔が赤いけど酔ってるの?」
カヤックは嬉しそうに「おう」と返事をして酒瓶を高らかに上げる。
「いやー最高だわ。心地良くてずっとこんな気分でいたいな」
「変なの薬飲んで、キメてる?」
リンゴがそういうとカヤックは顰めっ面になる。
「そんなのねぇよ。ま、酔いを覚ます薬はあるがな」
「じゃ、それ早く飲んで」
「イベントが発表されてから飲む。あ、今思い出したんだがアヤに会いたいプレイヤーがいてな」
「誰? 一応さっき色んなプレイヤーが押しかけられたけど」
「いや、たぶんだがそこにいなかったと思うぞ。なんせオーラが違うからすぐに印象がそいつに塗り替えられる」
カヤックは顎に手を当てて首を傾げる。
「確か探偵の格好で……ああ、思い出した。名前はし……」
途中で名前を言い切る前に幼女の声が街中に響き渡った。
「こんにちはなの! 幼狐ことキリカ参上なの! 今からプレイヤーの皆んなにイベントの発表するの!」
カヤックは頭を掻いて苦笑いした。
「あとでな」
その言葉にアヤは深く気にしなかった。まさかアヤも知っているあの有名人だったことに、この時なぜ聞かなかったのか後悔した。
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