第35話 女子会?

「うんまぁ〜」


私は一口ケーキを口にしてほっぺたが落ちてしまいそうになる。

苺の甘酸っぱさと舌をくすぐる滑らかな生クリームに柔らかいスポンジが包み込む。しかも食べても太らない。何この神仕様。


「美味しいわ。リアルと遜色ないわ」


イノンもひと口またひと口とシュークリームを頬張る。アヤはチラッとリンゴを見る。


「三ツ星。ミシュランに並んでもおかしくない」


いつも無表情のリンゴが口角を釣り上げて満面の笑顔を浮かべる。リンゴの表情筋は死んでるのかと思ったけど杞憂だったみたい。

次にスミレに視線を移すとアホ毛が犬の尻尾のように左右に触れる。


「洋菓子もなかなかよいな」


「む、そのティラミスもらい」


リンゴはテーブルの真ん中に置いてあった大皿のティラミスをフォークで奪い、パクッと食べる。


「な! 貴様! 私の取って置いたティラミスを!」


「先に食べない方が悪い」


「な?! き、貴様!」


「スミレさん、私のティラミスあげますから。リンゴは何を取るか先に言ってから取って」


「お、恩に着る」


「むむ……分かった」


リンゴ達は少し視線を交えたあとケーキを頬張る。やっぱりリンゴ達と一緒にするのまずかったかな。

するとスミレがモジモジしながらこちらを見る。


「ア、アヤ殿。差し出がましいかもしれないが、私のことを呼び捨てにしてもらって構わない」


「え、あ、やっぱりゲーム内で敬語使わない方がいいのかな?」


「そうでもないわよ。年上で敬語使えとか傲慢な奴とかもいるから無駄じゃないと思うわ」


イノンは遠くを見てどこか達観したような顔になる。スミレは飲んでいた紅茶を一口飲んでソーサーにコップを置く。


「イノン殿の言う通り世の中そういうやからもいる。もし私ならそういう輩は適当に話を合わせていなすがな」


「私ならわからせるけど」


「貴様はただ戦いたいだけだろう」


「否定しない。あ、抹茶ケーキもらい」


「な!? とるスピード早すぎだ!」


火種を消してもまた火種を撒かれてはアヤはため息をつくしかなかった。アヤはキョロキョロと周りをじっーと見て話題を変える。


「そういえば私達以外でプレイヤーを見かけないんだけど」


ケーキスタンドに乗ったケーキを奪い合うのをリンゴ達はやめてリンゴが先に口を開く。


「ルームごとに分けられてるから、同時に入らない限り、他プレイヤーと鉢合わせない。ボス部屋と同じ仕様」


「そうなんだ」


「横殴りや寄生を防ぐためだそうだ。今回は食べ物を強奪されないようにだが」


スミレはチラッとリンゴをジト目で見る。


「む、私はとってない。ちゃんとケーキスタンドにあるもの取ってる」


「私の買った金でなければ文句はなかったのだがな」


「むむ。私の頼んだケーキ、堅物侍も食べた」


「二人は私の頼んだケーキも食べてなかったかしら?」


イノンは大人の笑みを浮かべて、どこか夜叉のような雰囲気も漂わせる。私は鼻息を軽くついて視線をリンゴ達に向けた。


「最初に好きな物を頼んでシェアするって言ったでしょ」


「む、確かに」


「スミレも。リンゴに挑発しない」


「こ、心得た」


私はケーキを頬張ってもぐもぐ食べているとイノンが話しかけてくる。


「やっぱりアヤちゃん、リーダー気質があるわね」


「私が? ないよそんなもの」


「そう? 私はあると思うんだけど」


イノンはリンゴ達に視線を向けるとリンゴ達はそれぞれ答える。


「イノンの言う通り。アヤはリーダーシップある」


「私目線になるがアヤ殿は優れた統率力あると思うぞ」


「そんなことないと思うけど」


リーダー気質なら知り合いが優れてたし、私なんてだいぶ劣ってる方なんだけどなぁ。

まぁクラマスになって多少はリーダーらしくしようとしてるけど。


「ならドラネコさんはどうなの?」


「ドラネコ殿か。あの人は人を率いるのに優れてはいるが、やり方がちょっとあれでな」


スミレは手を遊ばせて言葉を詰まらせているとリンゴが話す。


「ドラネコは人を誑かすの上手。こう、少しエッチな感じで煽る」


リンゴはスカートをめくるようにマントを動かす。何となくアヤ達は察して頷いた。


「堅物侍も、ドラネコに誑かされてクランに入ったのかも」


「違う。ドラネコ殿の恩義に報いてクランに入った。断じてドラネコ殿に惑わされて入ったわけではない」


「義理堅すぎてほんと堅物侍」


「別にいいだろう。家柄でそういう教育を施されたのだ。無論、私はこの教訓は無駄ではないと思っている」


「……ふん」


リンゴは淡々とケーキを食べ続ける。

スミレはこちらを向いて顎に手を当てた。


「突然で申し訳ないが、アヤ殿、イノン殿がFFOを始めたきっかけを教えてくれないか?」


「本当に突然だね」


うーん、ヤケクソで買ってストレス発散するためでいいのかな。私が頭を少し悩ませているとイノンが手を挙げる。


「私は推しの影響で。あとは仕事から現実逃避するためね。趣味で始めて仕事になってから藁にもすがる思いでネタを探さないといけないのよ。ま、最近はそんなことないんだけどね」


イノンはにっこりと私達を見つめる。


「ふふ、イノン殿は諧謔かいぎゃく的であるな」


「あら? 皮肉かしら?」


「そ、そんなわけでは。イノン殿はユーモアがあるなと」


「冗談よ。スミレにちょっと意地悪したくなっちゃっただけ」


「うぐぅ……」


「ぷぷぷ、堅物侍、照れてる」


「照れていない!」


スミレの頬がやや赤らむ。リンゴは気にせず口に入っていたケーキを喉に飲み込んだ。


「ちなみに、私がFFOを始めたきっかけは、兄からのプレゼント。最初は避難訓練でもするのかと思った」


「見た目完全にヘルメットだもんね」


私も最初はそう思ったこともあったなぁ。

もしあの時に地震とか起こってたら被ってたかもしれない。

……今はそんなことしないけど。


「コホン。私もFFOを始めたきっかけを語ろう」


「堅物侍は出会いを求めて、FFOをやったのでは?」


「ち、ち、違うわ! 最新VRゲームをやれば今の情勢が分かると思ってだ!」


「十数万かけてまで?」


「必要経費だ! だが、親に貸してもらったのは否めない。だからきちんと返すつもりだ」


「そういうとこ真面目。だから…………嫌いになれない」


最後は誰にも聞こえない小さい声でリンゴは呟いた。スミレは首を傾げて口を開く。


「ん? いまなんと?」


「もう言わない。じゃ、最後にアヤがFFO始めたきっかけ教えて」


私の方に三人の視線が集まる。


「私? そんな大層な理由じゃないよ?」


「理由はなんでもいい。アヤが始めた瞬間を私は聞きたい」


「私もアヤちゃんのきっかけ聞きたいわ」


「私は……どちらでも構わない」


リンゴ達の視線が期待と好奇で満ちていた。

あ、これ話さないとダメなやつだ。でも本当にいいのかな。ストレス発散するために買ったって言って。

チラッとリンゴ達を見ると輝いた眼差しで見てきて私は重い口をゆっくりと開いた。


「私はあるモノ見てからかな」


「「「あるモノ?」」」


「……笹川綾香のCMだよ」


嘘は言ってない。実際に見たし、なんならやったこと多少は覚えてる。

リンゴ、イノン、スミレ順にそれぞれ違った反応で口にした。


「知ってる! めちゃくちゃ有名なアイドル!」


「あの超可愛い子ね。ソロなのに色んな人達を魅力してとても頑張ってると思うわ」


「確か私と同い年であったな。あのアイドルの目は誰よりも輝いて眩しいものだ」


oh……

余計に話しづらくなった。自分がアイドルだってことやっぱり隠しておいた方がいいよねこれ。


「アヤちゃん? 表情が暗いけど大丈夫?」


「え、ああ、大丈夫。ちょっと腹痛起こした的な?」


「む!? 食べ過ぎると腹痛起こる仕様?」


「そこまで再現してるのか。さすが運営だ」


「私も食べてどんな感じか確かめる」


「それならば腹痛が起こるまで競走しようではないか」


「望むところ。負けた方が、今日のスイーツ全額支払い」


「望むところだ」


テーブルにずらりとスイーツが並び、リンゴとスミレは片っ端から食べ続けた。

アヤは腹痛なんて嘘だということとアイドルだということを心の奥底にしまったのだった。

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