第34話 甘い蜜に集まる者達
味覚それは甘味、うま味、塩味、酸味、苦味を感じ取る至高の感覚と私は思う。ちなみに辛味は味ではなく痛覚らしい。
まぁそんなことはどうでもいいや。まずは甘い物を食べることに集中しないと。
「ここね」
イノンが看板を指して私とリンゴは見上げる。
オシャレな文字で描かれた看板に最後尾の見えない行列のケーキ屋。
人気でいつも行列ができるという設定のお店らしい。
「プレイヤーならすぐに入れるから並んじゃダメよ」
間違えて並んだら最後、一生進まずクレームいれること間違いなしだ。もしイノンに聞かされてなかったら並んで運営に問いただしたかもしれない。
私は立ち並ぶキャラを見て口を開く。
「これ全部NPCなんだよね」
「そうよ。遠くから見たらプレイヤーと見間違えるほどよく出来てるわよね」
イノンの言う通りだ。もしこれがプレイヤーだと言われたら信じてしまうほど精巧に作られたアバターだ。私は気になって一人のNPC女性に話しかける。
「あの、すみません」
するとNPCが私の方に顔を向けて口を開いた。
『なにかご用ですか?』
機械音声ではなく、人間の発音と変わらないトーンで話しかけてくる。
「このお店のケーキ美味しいんですか?」
するとNPCは口角を上げて満面の笑みでこう告げる。
『ええ! もちろん! ここのパティシエが作るお菓子は一流よ! 少し値段が張るけどそれでもまた食べたいと思う味なの!』
人間と変わらない仕草でNPC女性は体を揺すり、アヤは話を続ける。
「そうなんですか。あの、差し出がましいんですが、このお店で一番美味しいお菓子は何ですか?」
『ごめんなさい。それは答えることができない』
あれ? と首を傾げるとリンゴがひょいっと視界の横から顔を出す。
「基本NPCは、自分自身の受け答えしか出来ない。今の人気メニューを、把握するのは無理」
「そうなんだ」
私はNPC女性にお辞儀をして店の近くに移動する。
「それじゃあ中に入りましょうか」
アヤ達はケーキ屋の中に入ろうと一歩踏み出すと。
「なんで
聞いたことのある叫び声が左から聞こえてくる。アヤ達はそっちに振り返るとそこに和服少女が眉を顰めながらこちらに近づいて立ち止まる。
「や、堅物侍。甘い蜜にでも誘われた?」
リンゴはあっけらかんにスミレに接すると鞘から刀を引き抜いてリンゴに焦点を合わせる。
「貴様とは決着をつけねばならない!」
「ん、望むところ」
リンゴは懐からナイフを取り出し、今にでも二人はPvPを血で血を洗う熾烈な戦いを繰り広げようとするのだが……
「リンゴ! 戦ってる時じゃないでしょ!」
アヤが二人の間に割って入って、リンゴを叱るような目で睨みつける。
「今はケーキ! 戦いはその後でいいから!」
アヤにとって甘い物は何よりも優先すべき事項であった。甘い物のためなら例え火の中水の中地球の中別次元の彼方まで飛んでいくことだ。
アヤはスミレの方に振り向き、声のトーンを低くして声に出す。
「スミレさんも。あとでいいですよね?」
今までに感じたことのないプレッシャーにスミレは怖気付いておもむろに刀をしまう。
「あ、う、うむ。あとで大丈夫……です」
彼女は体を縮こませて叱られた犬のようにしょぼんと顔を下に向ける。
リンゴは一瞬だけ神妙な顔になるが、アヤ達が気づかない早さですぐに無表情に戻り、アヤ達の手を引っ張る。
「アヤ、イノン、ケーキ屋に行こう」
リンゴはそう言って無理にでもケーキ屋に入ろうとする。しかし、アヤはリンゴの手を払って口を開いた。
「ちょっと待って」
アヤはくるりと踵を返し、しょんぼりするスミレの目の前に立つ。
「スミレさんもケーキ食べに来たんですよね?」
「あ、うむ、そうだが」
「それなら私達と一緒に食べませんか?」
「アヤ殿達と? いや、だが」
「リンゴが嫌いで一緒にいたくないからですか?」
「そ、そういうのでは……」
「じゃあ大丈夫ですね」
「あ、アヤ殿、些か強引ではないか」
アヤはにっこりと笑い言葉にする。
「だってスミレさん、どうしてもケーキ屋に来たかったんじゃないですか? たとえ一人だっとしても」
「た、確かにそうだが……」
アヤはスミレが言い切る前に言葉を遮る。
「もし一人だけで楽しみたいなら私達を無視するか、隠れて少し遅れてから入ればよかったですよね? なのに私達に話しかけた。もしかしたら一緒に食べれるかもっという願望があったからではないですか?」
心を見透かされてスミレは目を見開いて口篭る。するとイノンがアヤの傍に近づいて声をかける。
「アヤちゃん、どうして分かるの?」
アヤは少し困った顔をするが、人差し指で頬をかいて答える。
「えーと、仕事柄で視線をよく気にするからかな。それで人の目を見てある程度分かるくらいだけどね」
視線は私にとって一種の会話のようなものだ。
ただ全て理解出来るわけではなく、こんな気持ちなんじゃないかな程度だ。
あとは身を守るためかな。髪型や服装を変えてマスクをしても笹川綾香だと気づく人もいる。
だから危険をいち早く察知するために身につけた能力だ。まぁ会得するの結構大変だったけど。
「それってプレイヤースキルじゃない」
「プレイヤースキル?」
「ん、プレイヤースキルはリアルにある能力。私の勘と同じような感じ」
「は、はぁ」
リンゴはスミレの顔をじっーと見る。ぷいっと視線を逸らしたあとゆっくりと口を開いた。
「堅物侍、今は一時休戦」
「……一時休戦だと? 偽魔女の言うことは信じられない」
「……意地っ張り。アヤの誘いを踏みにじるつもり?」
少し怒りのこもった声でリンゴはスミレを睨みつける。スミレは真剣な目つきになり、リンゴを見る。
「そんなつもりはない。アヤ殿の誘いは嬉しく思う」
「なら有難く受け取って。私との決着はあとにしよう」
「……分かった。貴様とはあとで決着をつけよう」
リンゴとスミレの間に若干ピリピリとした雰囲気が漂う。するとイノンがアヤの耳元で小さく囁く。
「あの二人ってどういう関係?」
アヤはイノンと同じ声量で口にする。
「ライバル同士みたい。でもカヤック曰く昔は仲がよかったみたいだけど」
再び視線を二人に戻すとお互いの視線が電撃が走って本当に仲がよかったのか疑わしかった。
「と、とりあえず一緒に食べに行きましょ!」
イノンはそう言って手を叩くとスミレがこちらに顔を向けてじっーと見つめる。
「なるほど同じクランの者か。えーと、そなたには自己紹介を申してなかったな。私は剣璽の三貴子のクランに所属するスミレだ。今後ともよろしつかまつる、イノン殿」
「ご丁寧にどうも。でも確認すれば分かっちゃうけどね」
「そ、それは。礼儀に反するもので……」
「自分が他人の名前確認するの、礼儀に反しないの?」
「やはり決着はここでつけようか、偽魔女」
「二人とも! ほら早く行こう!」
仲直りさせようと思ったけど、これでは本末転倒だった。
二人の視線が火花が飛び散りつつもアヤはため息をついて何とか二人を連れてケーキ屋に入った。
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