三章 グルメ探偵と殲滅姫

第33話 アイドルだって夏休みがある

「一週間お休みとります!」


私は元気溌剌に満面の笑みでマネージャーを壁に追い込む。マネージャーは少し戸惑うも手を前後に動かして綾香を宥める。


「言ってることは理解できるが」


「一週間休養なかったら今後の仕事全部蹴ります!」


「アイドルはやめないのな」


「それはまだやらないとですから!」


私はタブレットを手に持ち、脳をフル稼働させてスケジュールの予定を組み立てる。マネージャーにタブレットを渡して私は自慢げに鼻息をつく。


「これでどうですか?」


「いやまぁ、頑張ればいけなくもないが仕事が予定通りになるとは限ってない」


「ならなりそうなもの全部キャンセルするだけです」


「全部って、流石に事務所が許すはずないだろ」


「大丈夫です。ちゃんと社長に許可は取りました」


マネージャーは信じられない目で私を見た後にスマホを取りだして連絡する。ぶつぶつ何か話し合い、少ししてスマホをしまってため息をこぼした。


「どうやって社長から許可とったんだ」


「キャンセルできないなら辞めるって言いました」


「アイドルは辞めないんじゃなかったのか?」


「カノラーヌ事務所を辞める、です。断られたら別の事務所で続けていくつもりでした」


「……なるほどな。今のお前が他の事務所にとられたら利益ががっぽり持っていかれるな。で、社長はなくなくおっけーを出したわけだ」


「そうでもないですよ? 社長さん、嬉し泣きで涙を流してましたから」


「それ泣かせてるんだよ。てかあの厳つい顔が泣くとか軽くホラーなんだが」


「私、ホラー好きですよ?」


「ホラーアイドルに改名するか?」


「嫌です」


私は椅子に置いてあったリュックを背負い、会議室の扉を開ける。


「では一週間後にまたです」


「あ、ちょま……行っちまったか」


虎川は頭を掻いてタブレットに視線を移す。


「あーなったら何があっても守るからな、あいつは」


笹川綾香をよく知っている虎川だからこそすぐに諦めがついた。彼女は一度決めたことは何がなんでも曲げない。それゆえときおり融通がきかないのも仕方ないことであった。


「ま、私が楽になるならそれでいいが」


虎川は知らない。後回しに溜めていた仕事が決壊したダムのように押し寄せてくることを。

そして綾香は笑顔で乗り切るということを。



夏休みといえば旅行、お盆、プール、夏祭りとイベントが盛り沢山だ。別の人にとってはライブや夏フェスセールなど稼ぎ時である。

それが如実に電車の電子テレビから宣伝が流れているのだから嫌でも目につく。

特に私の出ているCMが流れるとたまに肩がビクッとなることもあるから、スマホを触っていることが多い。

だけど普段ならあまり見ないのにたまたまあるものが視界に映った。


「あ、可愛い」


マスク越しで隣に聞こえない程度に小さく呟く。画面の向こうにしか存在しないキャラ。いわゆる二次元というやつだ。アイドルとは違う別の路線で魅力的なキャラで、たまに広告とかで見たりする。

だけど特別そんなに見たりすることはない。

可愛いなくらいで見て流しているので、あまり印象に残らないんだけど、あるモノが関わっていたこともあって今回はそれに注目してしまった。

鹿撃ち帽を被り亜麻色の三つ編みの髪、くりりとした目に整った鼻梁で、その姿を最初に見たら探偵と連想する服装、可愛い小さな唇が動いてあるモノを大袈裟に紹介していた。


(FFOは全ての五感を再現しました、ね)


心の中で声に出す。

first fantasy online​──通称FFO。

私の好きなゲームのひとつ。といってもFFOを合わせれば片手で数えるくらいしかやってないけど、楽しくてそのゲームのイベントためなら休みをとるくらいに好きだ。

可愛い二次元少女は最後にでかでかとFFOを宣伝して別のCMに切り替わる。


(早くやりたいなぁ)


特に今回のアップデートで追加された『味覚』の機能に興奮で胸いっぱいだ。リンゴ達と約束したし、気になってるお店を回らなきゃ。


「お嬢ちゃん、ありがとね」


「ん、人生の先輩に席を譲るの大事」


「人生の先輩ねぇ。私はそこまで経験豊富じゃないよぉ」


「そんなことない。一日でも多く生きたら、それは人生の見本になる。それを見習うのは当然」


「あらあら。めんこいお嬢ちゃんねぇ」


遠くの席で微かにやり取りが聞こえてくる。

私はちらりとそっちを見ると白髪混じりのおばさんと灰髪の美少女が会話していた。

距離が離れているせいか、あまりよく見えないけど少女は可愛らしく整った顔立ちに見える。

ただ美人かと言われたら違う気もする。『愛くるしい』がしっくりくるかな。守ってあげたい、そんな感じの少女だ。


(あまりジロジロ見すぎるのもあれかな)


他人をジロジロ見過ぎてストーカー? と思われたら明日がなくなる。流石にそれはアイドルとして避けたいので、私は視線をスマホに戻してイヤホンを耳につけた。一瞬、誰かに見られた感じがしたがFFOの公式ページに目がいって気にすることはなかった。



◇◇◇◇



初期地と言われたら皆んな第一層の街の中心広場と答える。本当は初期地ではなくちゃんとした名前があるらしいけど、プレイヤーの中では初期地という名前で定着していた。


「アヤちゃん!」


金髪のつり目をした女性が大きく手を振ってアピールする。ここでの私はアヤというプレイヤーで呼ばれている。どうでもいいかもしれないけど綾香という名前からとってアヤにしている。


「イノン!」


イノンは少し前に愚痴りあってフレンドになった仲だ。


「よ、殲滅姫アヤ」


「……カヤック、そのあだ名やめてくれる?」


大柄で顎髭が特徴の男がカヤックだ。カヤックはニヤリと笑って口を開く。


「もうFFOで知れ渡ってるんだから仕方ないと思うが」


「殲滅姫みたいな物騒な名前じゃなくて、もっと可愛いのがよかった」


「偽魔女みたいにか?」


「それはリンゴのあだ名でしょ。私のじゃない」


殲滅姫なんてどうしたらそんな名前が思い浮かぶのか知りたい。


「それでリンゴは?」


私はキョロキョロ周りを見るがリンゴの姿はない。


「リアルの飯の味を確かめてるんじゃないか?」


「それならいいんだけど」


「めんご。遅れた」


アヤ達は振り返ると魔女の帽子を被った青髪の少女リンゴが手を振りながら近づいて止まる。

イノンが先に声に出した。


「リンゴちゃん、何かしてたの?」


「リアルで人助け」


「お前が? 想像できん」


「カヤックの口に、カエルの肉詰め突っ込んだ方がいい?」


「やめろ。これから食べる料理の味がカエル一色になっちまう」


「ふふ」


私はクスッと笑ってリンゴ達を見る。


「それじゃあ、まずどこから回る?」


「一斉ので言おう」


アヤ達は「せーの」と掛け声と共に声を合わせる。


「「「ケーキ屋!」」」「酒場!」


一人だけ別の場所を指定した者。それはすぐに声のトーンで分かった。


「カヤック、酒場は酒飲むところ」


「いいだろ。リアルと同じ酔いの体験ができるみたいで気になってるんだ。しかも飲んでもリアルの体には全く影響に出ないからメリットしかない」


カヤックはリンゴを見て不敵な笑みを浮かべる。


「そういや、リンゴはまだ未成年だったな。酒が飲めないお子ちゃまだから無理もない」


「カヤック、このイベントが終わったら、あとでPvPやろう」


「へーいへい。じゃ、俺は酒場に行くからお前ら女子はケーキ屋でも行ってこい。それとイベント開始までに戻るから安心しな」


カヤックは背を向けて手を振りながら酒場の方へ向かった。


「じゃあ私達はケーキ屋に行きましょ」


「「おー!」」


三人はイベントで追加されたケーキの専門店へと歩いて行く。

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