第25話 モールス欧文符号

無慈悲にもイノンの杖がリンゴの顔面に直撃する前、リンゴはそれを口にする。

途端、リンゴの髪が朱色に変わって紫紺のオーラを纏い、指先と足先が赤黒く変色した。

バコンと杖がリンゴの直撃したのだがHP1だったはずのリンゴは倒れなかった。攻撃力が低くても最低保証として1ダメージが入る仕様になっているのに、だ。


「顔面コース。普通だったらファウル確定」


「「な!?」」


驚く二人を置いて、リンゴは足を振り上げて、アヤをタガーを突き刺したまま蹴飛ばした。アヤは勢いそのままに壁に激突して大の字に埋まった。


「正直、やられると思った」


ギロリとリンゴはイノンを見つめる。イノンに強烈な圧迫感が襲いかかり、あまりの恐ろしさに膝をついてしまった。


「さて、最終形態からの覚醒形態。やっぱり王道ネタは外せない!」


彼女は手に武器を持たないまま壁に激突したアヤに音速で辿り着く。


「おはよ、アヤ。よく眠れた?」


「……叩き起された感覚だよ」


アヤはギリギリ割れておらず、まだゲームオーバーになっていなかった。


「私の固有スキルで蹴られたのに、耐えるアヤはやっぱりすごい」


「もうHPゼロに近いんだよ。耐えれたの本当に奇跡だと思う。いや、こう言うべき? わざと急所外したよね」


「ふふ、やっぱりアヤは私の心を最大まで惹く相手。私の勘が一切反応のに、本当にすごい!」


彼女は興奮を隠しきれず、体をじたばたさせる。


「ね! アヤ! 私はあなたと本当の友達フレンドになりたい! 関心じゃなくて本心からの! だから……これからもフレンドでいてくれる?」


彼女は不安げにどこか寂しそうに目元を緩める。アヤはその言葉の本当の意味を知らず頷いた。


「もちろん。リンゴがどんな人間であれFFOを心から楽しんでるリンゴを見捨てるつもりないよ」


「……! ありがとう!」


「あ、でもこのタガー抜かないとわ……」


パリン、とガラスの割れる音が鳴ってアヤは光の粒子となって真っ黒な待機画面に移った。



◆◆◆◆



「私の負け。アヤ達の勝ちでおっけ」


隣に座っているリンゴは悔しそうにだけど無表情で手をグーにしてバタバタと振る。


「でも最終的にリンゴが勝ったでしょ?」


私は手に持ったオレンジジュースを一口飲んでテーブルに置く。


「まぁ私が降参しちゃったからね。本当にごめんなさい」


「イノンが悪いわけじゃない。無理に付き合わせたのは私の方。本当にごめんなさい」


リンゴはぺこりと深くお辞儀して、イノンは戸惑った。


「いえいえ! 私の方こそいい体験をさせてもらったわ」


「そう? なら良かった」


「リンゴはもっと反省して。次から戦う時には事前に連絡くらいして」


アヤはリンゴの頬を引っ張って私は眉を寄せる。


「はひぃー。こんほからじぜんにれんらくする」


「ならいいけど。でも承諾するかはその時次第ね」


私は引っ張るのをやめて席につく。


「次からわざとパニック状態にしたアヤに、無理やり勝負を挑むのやめる」


「あれわざとだったの!?」


私は再度リンゴの両頬を引っ張って眉間に皺を寄せた。


「めんごめんご! ほほひふぱるのやめへぇー」


「私の時もごめんなさいでしょ!」


「ふひ! アヤおかあはん!」


「ぷっ、ははははは!!」


傍から見ていたイノンは腹を抱えて大笑いし始める。アヤとリンゴは大笑いするイノンにたじろぐ。


「イノン、笑いすぎだよ」


「だって……ふふ、本当の姉妹みたいに接するから、見てるこっちがムズムズしちゃうわ」


「リンゴと私は姉妹じゃないけど」「アヤと私は姉妹じゃない」


二人ピッタリにハモって、さらにイノンの笑いのツボを刺激した。


「待って待って! ふふふ……ヤバいこれ。久々にいいネタが見つかってペンが捗りそう」


イノンの発言に二人は首を傾げる。


「「ペンが捗る?」」


「あ、ああこっちの話。気にしなくて大丈夫よ」


「そ、そう。なら気にしないよ」


「だいぶ話が逸れちゃったけどクラマスと、えーと、アヤちゃんの殲滅姫。どれから話す?」


「じゃあまずはクラマスからにしよう。えーと、リンゴが勝ったけど反則で固有スキル使ったんだっけ」


「そう。15分過ぎる前に使った。だから実質的に私の負け」


リンゴは頬を膨らませて椅子に背を預ける。


「じゃあクラマスはリンゴってことで」


「うーん、そうなったら殲滅姫のこと教えない」


「え、でも勝ったら教えるって」


「私はアヤがクラマスになったら教えるって言った。戦って全て解決はあくまで方便」


リンゴの精一杯の抵抗だった。リーダーにはなりたくない。なぜそこまで頑なにやりたくないのか、アヤは疑問に思いながらもため息をついた。


「選んで。クラマスになって殲滅姫のこと知る、もしくは私をクラマスにして殲滅姫を無知でいる、私のささやかな願いは妥協するから」


「……リンゴ。ひとつ聞いていい?」


「ん、私に答えられることがあるなら」


「あなたはどっちがいい?」


彼女は目を見開き、少しして口を開く。


「……アヤがクラマスになってほしい」


「やっぱりそうくると思った」


「で、でも! 嫌なら私がクラマスする! もちろん殲滅姫のことも教える! 意地悪なこと言ってごめんなさい!」


リンゴは礼儀正しく頭を下げる。


「あのね。私は他人を不愉快にさせるのが一番嫌いなの」


リンゴは黙って下を向き、ぎゅっと手を握る。


「でもそれは私自身に言えること。つまり私自身が他人を不愉快にさせるのが一番嫌ってこと」


「……! それって」


「まぁ私がクラマスになってもいいよってこと」


「アヤ!」


リンゴはアヤに思いっきり抱きつき、顔をうずめた。が、それと同時にハラスメント警告が出てリンゴはすぐさまアヤから離れる。


「えええ!?」


驚きのあまりポーカーフェイスを忘れてリンゴは呆気にとられる。


「いや、うん。胸の中で顔を埋められるのはさすがに」


「それは……ごめんなさい」


リンゴは頭を下げる。

アヤのアバターの胸はたわわに実った桃のように豊満だ。リアルでいうならカップ『・』である。

もちろん現実も同等くらいにあるのだが、下心丸出しの視線ばかりを浴びて切り落としたいと思うほど胸を触られることに関して強い嫌悪感があり、同性でも触られたら嫌悪感を抱いてしまうこともあった。


「で、さっきからイノンは何してるの?」


イノンは片手に持っていた黒ペンを止めて、すぐさまそれを背後に隠した。


「な、なんでも! ちょっと仕事のレポートが残ってて、それかかないとなぁ〜て思って!」


「あ、そうなんだ。色々と時間取らせてごめんなさい」


「う! やっぱりアヤちゃんの純粋スキルのダメージ強力すぎ」


バタッと倒れて死因アヤとダイイングメッセージを書いて(血の文字はない)床に横たわる。


「私、攻撃してないんだけど!?」


「ぷっ、ふふふ。やっぱりアヤは面白い」


「私、本当に何もしてないんだけど!?」


温かくほんわかと優しい雰囲気に包まれてアヤ達はしばらくの間、リアルの顔を知らないながらも女子会のような会話を続けた。





※トピック:アヤのカップサイズは25話タイトルがヒントです。え、なんで回りくどいことするかって? それを言うと私という存在が消え…………


どこからともなく骨が砕ける音が聞こえた。

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