第26話 クラン名

「それで、結局殲滅姫ってなに?」


私はリンゴに聞くと嬉しそうに答える。


「端的にいうと他プレイヤーからの二つ名。いわゆるプレイヤーが勝手につけた称号」


「私にそんなのつける奴いるんだ。てっきりリンゴが考えたあだ名かと思った」


「む、私のあだ名の方がもっといい」


「どんなの?」


「ハンマー〇次郎」


「ごめん。全然分からないけど、なぜかそれはやめろって頭が訴えかけてきてる」


「あれは筋肉フェチなら最高の漫画よ」


イノンはマッシュルーマをパクリと食べて珈琲を口にする。


「あの漫画は色々とネタにされがちだけど、ちゃんとリアリティがあって一癖二癖もある強敵達が次々と現れて主人公と強敵とのバトルシーンが熱くてしっかり見応えがあってエグいところもあるけどそれが寧ろリアリティを上げてて本当にああこれは熱き男達の戦いだと思わせてでもキャラの魅力を存分に引き出せる漫画家さんの引き出しと画力もすごくて万人向けではないけどやっぱり好きが沢山詰まっていてそれで」


「イノン、ストップ!」


リンゴはイノンの背後に回って口を塞ぐ。


「リンゴちゃん、私はまだ語りたいことが」


「アヤがショートするからストップ」


「でも!」


「あとで私がたっぷり聞く。今はクラン名とか決めないと」


「……分かったわ。あとで漫画語りをたっぷりしましょう」


「ん、望むところ」


リンゴは席に戻り、テーブルから白いパネルを表示させる。


「この家の契約書、そしてクランを作るための登録書」


私はじっーとそれを見て口を開く。


「家主がリンゴになってるけどいいの?」


「大丈夫。クラマスと家主は別。だからクラマスの横に書いても問題ない」


私はふーんと相槌を打ってクラマス名義にアヤと名前を書く。


「私はサブクラで」


下にあったサブクランマスターの横にリンゴールドと書く。


「私は普通のメンバーってことで」


イノンはメンバーの横に書き込む。


「ん、次にクラン名を入れてクラン設立」


私達はお互い見合ってどんなクラン名にするか考えていると先にリンゴが立ち上がって口を開く。


「アヤを祀る会!」


「却下で」


リンゴはむぅーと唇を尖らせて椅子に座る。


「じゃあ私が」


イノンが手を挙げてアヤ達はどうぞと譲る。


「我ら女子会ズ!」


「うーん、却下で」


「ちょっとダサい」


「二人とも辛辣ゥ!」


わざとらしくおでこを叩いて背もたれに寄りかかる。


「マッシュルーマ女子。これならどう?」


「転生組の最強譚! これよくない?」


「レモネードブレンド!」


「深海の住まう者共!」


「とあるゼロの魔王!」


「馬乗りトレーナー娘!」


「スパイスファミリーズ!」


「転生したら大鎚だった件!」


「着せ替え姫は恋愛する!」


リンゴとイノンの熱の入った議論にアヤはついていけず、しょぼんと座っていると突然リンゴ達がアヤの方を向く。


「「アヤ(ちゃん)はどれがいい!?」」


二人の迫力にアヤは尻込みして、宥めるように手を上げる。


「お、落ち着いて」


「でもクラマスのアヤが決めないと!」


「そうそう! クラマスのアヤちゃんが決めるべきよ!」


拠点とクラン作成の発端の二人がなぜ私にそれを委ねるのか。


「……あ、カヤックに聞いてみない?」


「カヤックに? 無理無理。あの筋肉ダルマがつける名前はダサい」


「たとえば?」


「ムキムキ丸、ニンニンソード、超合金メタルアームとか」


「うーん……」


ネーミングセンス壊滅的すぎない?

これだったら私の考えたな……いや、私は私でダサい。


「アヤ、なにかないの?」


リンゴの問いに少し悩み、私はゆっくり口を開く。


「ひとつあるけど……でもダサいというか」


「ダサくても文句いわない」


「アヤちゃんの考えを聞かせて」


私は悩みに悩んで小さく呟く。


「……にわ」


「え、なに?」


「……妖精の箱庭」


アヤの考えた名前はぽっと出の名前ではない。

ずっと昔に考えていたアイドルグループ名であった。


「あぁぁぁああ! やっぱり忘れてぇえ!!」


アヤの顔が紅潮に染まり、悶絶して手で顔を覆い隠す。


「ん! ベリーグッド、ベストグッド」


「すごくいいわね。でもどうしてこんな名前に?」


「…………昔、妖精のように舞い踊り、私達の魅せる世界で人々を元気づけようって思ってこの名前を考えたんです。でも…………知り合い達が考えた名前が良くて採用されなかったそんな過去の産業廃棄物なんです」


うぅ、とアヤは唸って足をバタバタさせる。


「めちゃくちゃいいのに。採用しなかった知り合いセンス皆無」


「そうね。ネーミング選び最低と思っていいわ」


特大ブーメランが突き刺さる二人だが、自分のネーミングセンスが壊滅的と露程つゆほども思っていない二人であった。


「ん、クラン名も決まったし、最後に方針だけ決めよう」


リンゴは胸を張って声に出す。


「自分達のスタイルで、自由にFFOをプレイする! 成果も貢献も必要なし! 合わなくなったらいつでも脱退可! ログイン日数空いても強制脱退なし! これは決定事項!」


「異議なし!」


「……私も異議なし」


ビシッとイノンは手を挙げ、アヤはゆっくりと震える手で挙げる。


「クラマスのアヤ、クラン設立の一言を」


リンゴからエアマイクを渡されて私は顔を上げて、椅子から立ち上がる。下手したらライブより緊張してるかもしれない。


「えーと……私、アヤが妖精の箱庭のクラマスを務めさせていただきます」


「アヤちゃんの話しやすい言い方でいいのよ」


「ん、その方が私達は嬉しい」


「そ、そう? えーと、じゃあ……コホン。私、アヤが妖精の箱庭クラマスです。全然ログインできないクラマスだけど、皆んなが自由に楽しめるクランにしていきたいと思います!」


リンゴとイノンは大きく拍手して、アヤはぺこりと一礼した。


「アヤ、クラン設立を押して」


私は設立とボタンを押すとロードに移り変わり、そして完了と文字が出たと同時に画面の名前の横に[妖精の箱庭]と表示される。


「ん、これで私達のクラン設立。一応所属クランは他プレイヤーに見える。でも気にしないで堂々とする方がいい」


「そうなんだ。あ、カヤックはどうするの?」


アヤは不意にカヤックの顔を思い出し、リンゴ達に聞くとイノンが首を傾げる。


「そのカヤックって誰なの?」


「PvPイベントで20位になった男性プレイヤーだよ。私に武器や装備とか提供してくれて今の私になれたの」


「そう。それなら安心ね」


「で、誰がカヤック呼びに行く?」


「イノンはカヤックの顔知らないから結果的に私かリンゴのどっちかになるけど、やっぱり付き合いの長そうなリンゴがいけばいいんじゃない?」


「目と目が合えば戦うのに?」


私はリンゴとカヤックが揉め事で争いあっている場面を想像して、小さくため息をついた。


「……私が行かないとダメか」


「ん、アヤがいけば一番穏便にすむ」


「クラマスなのに」


「クラマスだからこそ、説得力が増す」


「物は言いようだね」


「あ、カヤックなら自分の武具屋にいると思う。一応チャットで連絡しておく」


「分かった。カヤックの武具屋に行ってみる」


「ん、それまで私達はお茶会してる」


「お茶会という名の漫画語りになりそうだけどね」


アヤはリンゴ達に手を振って少しの別れを告げ、カヤックの武具屋へと向かった。

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