第27話 犬猿の仲

アヤは初期地の噴水にワープし、キョロキョロと辺りを見渡す。


「えーと、カヤックの店はあっちだよね」


アヤは地図のパネルを開いてカヤックの武具屋に続く道を確認する。


「よーし。レッツゴー」


アヤは少し早めの走りでカヤックの店に向かった。だが、アヤは何か妙な感覚に襲われる。その感覚に何度か覚えがありアヤは視線を前に向いたまま心の中で呟く。


(見られてる?)


正確な数は分からないけど、十数人ほど視線が私に集まっている。色んな視線を浴びてるから分かるけどこれは……好奇と敬仰けいぎょうな視線だ。


(なんでこんな視線を?)


アイドルだってことバラしてないし、その人達に慕われるようなこともしてない。

アヤは奇妙な感覚に包まれながらカヤックの店に着いたのだった。


​──カランカラン


ベルの音が店内に響き、私は店のカウンターへと進む。するとカウンターに近づくにつれて話し声が聞こえてくる。


「カヤック殿はクランに入らぬのか?」


「お前さんとこのクランは俺に合わないんでな。他を当たってくれ」


「しかし、強豪達は軒並みグリフォン騎士団に所属している。このままではきたるクランイベントで確実に一位を取られてしまう」


「そういうの興味ないんでな。俺はやりたいようにやるのが俺の流儀だ」


「ソロで活動するおつもりか?」


「まさか。多分そろそろお迎えが来るんじゃねぇか」


「カヤック、クラン誘いに来たよ」


アヤが陳列棚から姿を出すとカヤックはニヤリと微笑んだ。


「よお。随分と遅い到着だな、アヤ」


「早めに来たつもりなんだけど」


アヤはカヤックのいるカウンターに近づく。するとカウンターの前に立っていた見覚えのある和服姿の少女がこちらに振り向いた。


「アヤ殿!?」


「スミレさん!?」


思わぬ再会にアヤとスミレはお互い目を見開いて見つめ合う。


「どうしてここに!?」


「アヤ殿こそ!?」


「ああ、アヤは俺をクランに誘いに来たんだよ。というかお前ら知り合いだったんだな」


カヤックは深い鼻息をついてアヤを見る。


「スミレさんとはPvPイベントで戦って、その時に少し話し合ってね」


「あーあれか。あの試合はかなり見応えがあったぞ。あんな魅せプは普通じゃ出来ねぇわ」


「それは……うん。たまたまね」


「たまたま、か。本気でそう思うならコイツの語ったことは白馬の王子様を語る夢見がちな痛い少女だな」


「そ、それは別にいいだろう。あんなの体験したら心が踊るのも仕方ないことだ」


「心が踊る、ねぇ。アヤとはもう刀を交えたと……」


「ああ! それ以上口を開くなぁー!」


頬が赤く染まったスミレはカヤックの口を塞ぎ、瞳が迷子の子供のようにぐるぐると回る。


「あれだ! ええと……そう、アヤ殿とはライバル! 同じ修羅の道を往き、鍛え合う好敵手! 決して…………友なのではない」


スミレはずるずると下に流れていき、カウンターから一歩離れる。カヤックは神彩な顔つきで頭を搔いた。


「無理に意地張って上辺うわべを取り繕うのがお前の悪い癖だ。俺はカウンセリングじゃないが、お前のそれを直さねぇ限り本当の意味でフレンドは出来やしねぇ」


「そ、それは……」


スミレは口をつぐんで下を向く。カヤックはスミレからアヤに視線を移す。


「まあアヤ、コイツのことあまり気にすんな。それよりもお前んとこのクランはどんな方針か聞かせてくれ」


「……チャットで聞いてないの?」


「クラマスに聞けとさ。一応メンバーくらいは聞いてる」


アヤは軽いため息をついて、片手で頭を押さえる。


「それじゃあ言うよ。自分達のスタイルで自由にFFOをプレイ、成果も貢献も必要なしで合わなくなったらいつでも脱退しておっけ、ログインが空いても強制脱退なしの気ままで自由なクランだよ」


カヤックは腕を組んで眉間に皺を寄せてアヤを睨みつける。


「それはアイツが考えたんだよな?」


アヤは一瞬誰のことかと思ったが、すぐにリンゴの顔を思い浮かんできて頷く。


「そうだよ。これは決定事項って自信満々に言ってたから」


カヤックはフンと鼻で笑い、途端笑いのツボをマッサージされたように高笑いし始める。


「はっはっはっは! 決定事項ってアイツもマジなんだな。まぁ俺としちゃ嬉しい限りだが」


カヤックは私に手を差し出して口元を吊り上げる。


「妖精の箱庭のクラマスのアヤ。俺をメンバーに入れてくれ」


私はカヤックの手を握り、カヤックは軽く握り返す。


「はい。えーと……どうやってクラン招待するんだっけ」


「しまらねぇな」


結局、カヤックに教えてもらって私はカヤックを妖精の箱庭に招待する。


「よし。これでおっけーだ」


上機嫌にパネルを操作するカヤックから私はスミレに視線を向ける。


「スミレさん、あの」


私は言葉に迷う。スミレは折角カヤックを誘っていたのに突然来た私が横取りしてしまった。

アヤは頭を下げて口を開く。


「カヤックをとってしまってごめんなさい」


「……いや、いいんだ。カヤックが望んでそのクランに入った。私が口出しする権利はない」


スミレは自分の不甲斐なさにぎゅっと手を握り唇を噛み締める。それを見たアヤは罪悪感にかられて何か彼女を元気づける方法を模索する。


「わ、私達のクランに入りませんか!?」


咄嗟に思いついたのが勧誘だった。もちろんスミレが別のクランに所属していることは薄々察しながらも他に方法が思い浮かばなかった。


「妖精の箱庭はスミレさんを大歓迎します!」


「お、おい。アヤ、それ以上は……」


カヤックはあることを危惧していた。水と油、ハブとマングース、タケノコとキノコ戦争と決して相容れない関係の二人。

カヤックの知るところでは仲良く散策している所を見たことがなく、あの二人を会わせることは天変地異を起こす如しだ。

しかし、アヤは止まることなく話を続ける。


「スミレさんはもう別のクランに所属しているかと思います! でも! もしよかったら私達の妖精の箱庭に少しだけでもお邪魔してみませんか!?」


「……アヤ殿」


スミレは表情を緩めて、煌びやかな瞳でアヤを見つめる。


「私、リンゴ、イノン、カヤックとメンバーは少ないですけど、賑やかで自由なクランです! 私はあまりログインできませんけど、クラマスとして妖精の箱庭を盛り上げていくつもりです!」


スミレはピクっと眉を上げて苦笑いを浮かべる。


「アヤ殿。リンゴというのはリンゴールドであるか?」


「あ、はい。リンゴールドです。それがどうかし……あ」


アヤはようやく思い出した。前にリンゴとスミレが喧騒を起こした仲の悪さを。

アヤはカヤックを見ると首を横に振って諦めろと顔に表す。


「アヤ殿、申し訳ないが私は剣璽けんじ三貴子みこに所属している上、断らせてもらおう」


仮面一枚外せばすぐに般若が出てきそうなスミレの顔にアヤはあたふた体を揺する。

何か言えることは、とアヤは必死に言葉を探すがスミレの言葉の方が先に早かった。


「カヤック殿、アヤ殿。またいずれ」


スミレ踵を返して何事もなかったかのように去っていく。

私は何も言えず立ち尽くしているとカヤックが話しかけてきた。


「気にすんな。アイツはアイツでお前のことすげぇ気に入ってる」


「そうじゃなくて、スミレさんを不快にさせたことに私はすぐに気づかなくて……」


「アヤのせいじゃない。あれはリンゴとスミレの問題だ。俺達が入る余地なんてねぇ」


「……リンゴとスミレさんってどういう関係なんですか?」


カヤックは腕を組み、眉間に皺を寄せてじっと考え込む。


「元々、アイツらは仲が悪かったわけじゃねぇ。俺とスミレとリンゴでよくパーティごっこしてたくらいの仲だ。だが、ある日突然スミレとリンゴが決別して、それっきり二人でパーティを組まなくなった。本人達に聞いても反りが合わなくなってライバル同士になったって言うだけだしな」


カヤックは深いため息をついて声に出す。


「あの二人のことは気にしない方がいい。何やっても目と目が合えばPvPする奴らだからな。あ、こういえばいいか。喧嘩するほど仲がいいってやつだ」


カヤックは乾いた笑いをしながらカウンターに肘をつける。アヤはなんとも言えない顔でカヤックを見る。


「おいおい。これはあくまでゲーム内の話だ。リアルとごっちゃにしたら、それこそゲームを楽しめなくなる」


アヤはどこか遠くを見て言葉にする。


「……そうだね。私はリンゴ達のリアルを知らないし、自分もリアルを教えてない。だからこれが正しい関係だし、同じゲームを一緒にやれてるからこそ楽しめてるんだと思う」


「…………世の中にはオフ会ってやつもあるがな」


私は苦笑いして画面を開く。


「じゃあ、そろそろ落ちるね。明日から忙しくなるから次はいつログイン出来るか分からないけど」


「そこは気にすんな。アヤがやれる時にやればいい」


アヤはカヤックに手を振ってFFOの世界から姿を消した。

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