第49話 イマアルモノ

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でしょ? 綾香」


薄暗い空間の中で彼女の手に赤く染まり銀色に輝くなにか。それを見ただけで汗が止まらなくなって壁際に追い込まれる。


「み、水玲。これってなにかの芝居だよね」


一歩また一歩と彼女は私へと近づく。


「芝居? ハハ、確かにそうかもね」


「だ、だよね。水玲がそんなことするはずないから」


彼女は人差し指で頬をなぞり、ベッタリと赤い付着物が肌にへばりつく。


「ねぇ、綾香。これって結構いいシナリオなんだけど聞いてくれない?」


聞く以外の選択肢がない。いや、それしか選択肢を選ばせないようにさせられていた。


「な、なに?」


「スタジオに殺人鬼が現れてスタジオは大パニック。逃げ回るスタッフに私達は逃げ遅れた哀れなアイドル。そして迫りくる死の恐怖に奇跡を願う私達」


「……安直な内容だね。それをスタッフは信じると思う?」


「信じるよ。だってこのスタジオ内に不審者が侵入してるんだから」


「あれはただの不審者でしょ。人を殺す殺人鬼なんかじゃない」


「そうでもないよ。その不審者は過去にアイドルを襲った経歴があるもの」


「じょ、冗談やめてよ」


「冗談じゃないよ。まぁ今から█ぬあんたに言っても意味ないけど」


「そんな冗談やめて! 水玲はその不審者に脅されてるんでしょ! こんなことしたくないって心の中は思ってる!」


「……ほんと脳内お花畑。憎たらしい」


「目を覚まして! 水玲は……水玲は!」


「黙れ、裏切り者。これ以上私を不愉快にさせるな」


「みれ…………い」


視界が歪み、どうしようもなく無気力感に苛まれる。どこで間違え█んだろう。何が私達の絆を壊したのだろう。


「シナリオの続きなんだけど、私達は殺人鬼に見つかり絶体絶命のピンチ。でも綾香が身をていして私を守るの。そして█んだ綾香の意志█継いで私はアイドルを続ける、いいシナリオでしょ?」


彼女は鋭く尖った刃を向けて、私にこう告げた。


「さよ███、大█きで愚かな██」


そして私は▅▔█▅▇█▔▁█

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「アヤ、起きて。起きて」


目を閉じたアヤをリンゴが揺すり、必死に起こそうとする。


「う……う…………ん」


ゆっくりとまぶたを開けてアヤは長椅子から体を起こした。リンゴはホッと一息ついてニッコリと屈託のない笑顔を浮かべる。


「よかった。バグって起きれなくなったと思ってた」


バグ? 起きれなくなってた?


「……リンゴ、私って今までなにしてた?」


リンゴは不思議そうにアヤを見つめるが、すぐに顔色を無表情に戻す。


「アヤはイベント当日まで私とスキル会得してた。そして〈水月鏡花〉スキル会得したあとに、ボス級のモンスターが突然現れて、やられて戻ってきた時にアヤは目を覚まさなかった」


……ああ、思い出した。なんかドロドロのデカい生ゴミが襲ってきて、臭いがこの世のありとあらゆる臭物を混ぜたようなもので、耐えれず気絶してやられたんだった。


「アヤ、起きるまでうなされてたみたいだけど、なんともない?」


あまり思い出せない。いや、思い出したくないと言った方が正しいかもしれない。


「……なんともないよ。少し臭いが鼻に残ってたみたいだから」


なぜだろう……リンゴには心配かけたくなかった。分からない。捨てたはずの感情が思い出のように蘇ったのかを。


「アヤ?」


「……」


もしも私がアイドルじゃなかったらリンゴは友達になれていたかもしれない。

一緒にどこかに出掛けて、服を見せ合いっこしたりして、美味しいものをシェアして、そんな未来があったかもしれない。

でも私はアイドル。そして友達の心を平気で傷つける愚かな人間……なれるはずがない。


「アヤと私は同じクランの仲間。それにフレンド同士。だから悩みごとがあったら聞く」


「……リンゴ」


「それに私はアヤをと……」


途端ものすごい勢いで走る物体がアヤ達に前で止まり、リンゴの言葉をかき消す大声で叫んだ。


「Found you! 見つけたよ、殲滅姫アヤ!」


ズレた鹿撃ち帽を整えて、シャーロンはキリッとした目でアヤを見つめる。


「Hello!」


「は、はろー」


なぜか反射的に挨拶してしまった。シャーロンは相も変わらず笑顔を浮かべて声に出す。


「挨拶は大事ですからね。いや、そうじゃなくて! 殲滅姫アヤ、あなた配信の件うやむやにしたよね!?」


あーそういえば私、シャーロンさんに配信に出る約束してなかったなぁ。シャーロンさんの勢いが強すぎてすっかり忘れていた。


「あの、その件なん……」


「もう、気づいた時は四六時中探したよ! フレンドじゃないからチャット送れないし、人海戦術で探したのに殲滅姫アヤ見つからないもん!」


リンゴとスキル会得してたからね。ほとんどフィールドの奥地にいたから会えないのも仕方ない。


「そんなわけだからフレンド申請送ったよ! 人気VTuberのフレンドなんてレアだから自慢して回るといいよ! あ、ついでに偽魔女えせまじょにも送っといたよ!」


「おまけみたいな扱いでひどい」


リンゴはプクッと頬を膨らませながらもフレンド登録した。ただ私は少し躊躇ってしまった。

今更だけどフレンドは友達という意味。

ゲームだからと割り切って今まで登録してたものの、急激に怖くなった。


「アヤ、顔色悪いけど大丈夫?」


リンゴが心配そうに見つめる。

対照的にシャーロンは満面の笑みで鞄から爪痕のある黒い缶を取り出した。


「元気がないなら特別にコレあげちゃいます!」


私の手に押し込む形で渡される。


「なにこれ?」


「神の飲み物、その名もモン〇ナでーす! とりあえずグビっと一杯いきましょう!」


「あ、ありがとう?」


言われるがままに蓋を開けて一口口の中に含む。が、しかし……


「ぷふぅ!?」


アヤは思いっきり吐いた。それはもう見事なまでに吐いて咳き込んだ。


「ゲホゲホ……私、これ苦手」


アヤはたとえ不味くても吐いたりしない。ただアヤは暴力的な人工甘味と炭酸が大の苦手であり、それを体現したモン〇ナはアヤにとってデス味である。


「あ、ああ……それは申し訳なかったです。メンバーとリスナーが結構ガツガツ飲んでるので、他の人もいけるものかと思ってしまいました」


「エナドリ飲んでる時点で不健康」


「偽魔女は手厳しいね。でもこれがないと一日やっていけないんですから」


アヤの手からエナドリを取って、シャーロンはごくごくと飲み干すのを見て、リンゴは声を荒らげた。


「な?! か、間接キス!」


「関節キス? ああ、日本はそういうの気にするらしいね。でもゲーム内だし、同性なんで別に気にする必要なくないです?」


「確かにそうだけど! あーもう、私が飲めばよかった」


「不健康じゃなかったのでは?」


「毎日飲んだらそうなの!」


私は二人の何気ない会話に自然と口元が緩んで笑みをこぼした。


「ふふふ、なんか悩みが全部吹っ飛んじゃった」


体を伸ばして立ち上がり、くるりと体を回転して二人を視界に収める。


「リンゴ、心配してくれてありがとう。シャーロンさん、元気づけてくれてありがとうございます。ああ、それと配信の件OKです」


リンゴとシャーロンは少し目を見開くも彼女の自然な笑顔につられて自然と笑みを浮かべた。


「Okay! それじゃあメンバー紹介するんで二人ともついてきてください!」


「「え?」」


シャーロンはアヤ達の手を掴み、漫画走りで街を駆け抜けるのだった。

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