第19話 誰でも倒せるアルラウネ攻略
二層に行くためのボスは森林地帯の奥の更に深奥である。道中も厄介なモンスターがおり、気を引き締めて挑まなければ状態異常の嵐に巻き込まれてお陀仏することだろう。
「ひいぃ、でかい蜂がいるぅ……」
アヤは虫が全般的に苦手である。
ギリギリセーフとするなら蝶々とてんとう虫くらいだが、それでも素手で触りたくないほどアヤにとって虫は未知の生命体に近い存在だ。
「アヤちゃん、虫苦手?」
イノンは平気な顔で前を歩いていく。
「大がつくほど苦手だよ。イノンは大丈夫なの?」
「まぁね。幼い頃に何度か触ったりしたから平気よ。あ、さすがに黒い彗星Gは触れないわね。足で潰すことはできるけど」
「虫を触れる時点で凄いし、Gなんて叫んで逃げちゃうよ、私は」
「慣れれば案外いけるものよ?」
「慣れたら慣れたで変なあだ名つけられそう」
昆虫アイドル、とマネージャーに絶対言われたくない。いや、慣れるのは全体的に見ればいいんだけど、昆虫好きなアイドルってどこの層が好むんだろう。
「アヤ! 正面からライホーネットの群れ!」
人間の子供サイズの蜂の群れが隊列を組んでこちらに向かってくる。アヤは若干泣きそうになりながらも大鎚を構えて声に出す。
「スキル『メテオストライク』!」
大鎚から衝撃波が放たれて三匹が地面に落下し、ウヨウヨと小刻みに動いて黒い塵となって消える。残った四羽はどこかへ去っていき、私は大鎚を杖代わりにする。
「メンタル削られる」
今ので四分の一持ってかれた。あんな恐怖の集合体が迫ってきたら虫嫌いは絶対失神しちゃうって。
「アヤちゃん! 右に五! 正面に三のライホーネットが来るわ!」
「〜〜〜〜っっ!!」
唇を噛み締めて無我夢中に大鎚を振り回した。
道中は最悪の一言だ。虫の大行進と言わんばかりに襲ってきて、我を忘れてハエたたきのように大鎚を振るって潰していった。
「はぁ……はぁ……ようやくボス部屋」
結果的に辿り着いたけど、メンタルゲージゼロに近く、また虫モンスターと戦ったら今度こそ失神する自信がある。
「アヤちゃん、お疲れ様。いまキュアヒール掛けるわね」
何度か状態異常とダメージをくらったもののイノンが上手く回復してくれて道中死なずに来れた。私は口元が綻んで声に出る。
「イノン、回復ありがとう」
「このくらいなんてことないわ。アヤちゃんの方が必死に頑張ってたから」
「虫はしばらくの間、見たくない」
「虫は無視だけに? じょ、冗談よ! そんな親父臭い変態野郎だな、みたいな目で見ないで!」
「いや、さすがにそこまでは見てないよ。ちょっと親父臭かったけど」
「ああぁぁぁぁあ! あのクソ親父の遺伝がここまで浸透してたなんて!」
イノンは頭を抱えてしゃがみこみ、悶絶し続けた。少しして立ち上がり悟ったような顔で口を開いた。
「アヤちゃん、これも全部アルラウネの幻惑のせいよ」
「え、いやまだアルラ……」
「アヤちゃん、アルラウネが悪い」
「は、はい」
鬼気迫るイノンにアヤはたじろいでアヤ達はボス部屋エリアへと扉を開けた。
途端、雰囲気が一転して木々が陽光を遮るようにドーム状に囲んでいく。
「アヤ、気を引き締めて」
アヤ達の警戒度が最大まで高まり、中央から甚だしい深紅と強烈なにおいがモンスターの装飾を彩り、鋭く尖ったいばらは肉を突き刺し抉ることだ。硬い大地に太い根を下ろし、毒々しい花々がドレスのように纏わりついて邪悪を体現した笑顔でアヤ達を新たなおもちゃとして視界に捉える。
『妖魔樹アルラウネ』
『HP5000/5000』
アルラウネは長くしなるツルでアヤ達を捕まえようと伸ばした。
「アヤちゃん!」
「はい!」
二手に分かれてアヤとイノンはアルラウネのツルを避ける。しかし、ツルは地面から突き出してアヤに向かって伸びていく。
「スキル『挑発』!」
アヤの周りに赤いオーラが漂い初め、それを見たアルラウネは闘争心をくすぐられた。
ゆらゆらと揺れていたツタをアヤに向かって伸ばし、ツルの総攻撃が襲ってくる。
「はっ!」
アヤは迫りくるツルを華麗に避けていき、アルラウネから遠くから離れて走り回る。何度もアルラウネはツルの波状攻撃をするが、遠く離れた位置では速度が遅くなるため、運動神経抜群のアヤにとってはカップラーメンにお湯を注ぐくらい避けるのは簡単なことだ。
グギイィィィイイイ!!
おぞましい雄叫びを上げたアルラウネは大きな花弁に包まれて大きく丸まり、
「イノン! 道を切り開くから行って!」
「了解!」
アヤは大きく飛び上がり、大鎚を構えてすぅーと息を吸い込み、声に出した。
「スキル『
残りMPを半分消費してまとまったツルに撃ち込む。
「ナイス、アヤ!」
ツルの障壁がなくなった道を駆け抜けてイノンは花弁に包まれたアルラウネに杖を向ける。
「スキル『オムニスキュア』!」
本来は味方に対して使う技だが敵にも掛けることができる。だが、敵に塩を送るようなものでほとんどメリットがない。
しかし、アルラウネは敵には珍しい自身に状態異常を付与し、自身にかかった状態異常を鱗粉に付与して爆発して解き放つ。
丸くなっている状態で攻撃チャンスと思って近距離からダメージを与えればゼロ距離から状態異常のオンパレードになるため、ほとんどのプレイヤーは攻撃しない。
しかし、その状態異常がなければアルラウネの鱗粉はただのキラキラ輝く金粉に変わり、またしばらくひるませることができる。
「癪だけど祈祷の一発くらえ!」
イノンは杖を野球バットのようにスイングした。アルラウネは耳にこべりつきそうな奇声で花弁の中から苦しんだ姿で現れる。
「アヤちゃん!」
「はい!」
アヤはアルラウネの近くまできて重心を右足に集中させて飛び上がる。二階建てを軽々超える高度で大鎚を構えた。
「スキル『激情の破鎚』!」
HPは半分残しといてあとはMP全部消費でアルラウネの額に撃ち込む。アルラウネはガラス細工に割れてボロボロと外形が崩れていき、萎れた花になっていく。
「一回目倒しました!」
私はイノンに向かって勝利のVサインをおくるとイノンは慌てた様子で叫んだ。
「アヤ、後ろ!」
「……!」
途端、視界が横にズレて私はそのまま壁へと激突した。
「アヤちゃん!」
イノンは壁に埋まったアヤに駆け寄り、腕を掴んで引っ張り出す。
「あぅ……油断した」
「割れてないだけ凄いわ」
「イノンの声のおかげで咄嗟に腕で防御できた。あれがなかったら確実に死んでた」
プレイヤーやエネミーには当たり判定の倍率がある。プレイヤーの場合、頭、首、心臓部付近が与えるダメージが高くなっており、くらえば通常よりも被ダメが高くなる。また腕や手、脚、
「いま回復かけるわ」
イノンはアヤに向かって杖を構えてアヤにヒールを掛ける。八割ほど回復したのを確認してアヤ達は無数のツルに守られた黒ずんだ繭を見る。
「あれが第二形態かな?」
「厳密に言えばそのなる前ね。あれを拝めるだけでも相当の実力がないと難しいわ」
「拝めるんだったら繭以外のものがよかったかな」
繭の中身なんて絶対見たくない。幼虫みたいなのが出てきたら全身の毛が逆立って泡吹いて倒れる自信がある。
「アヤちゃん、あれを叩き込む勇気ある?」
「全くこれっぽちもない」
「ふふ、じゃあフレンドさんの攻略方法を無視して厄介で面倒な第二形態に挑む?」
「うぐ……骨は拾っておいてください」
「ならそうならないようにお守りかけてあげる」
イノンは赤い宝石が埋め込まれた杖を振りかざし口を開く。
「スキル『
宝石が七色に煌めき、アヤの頭上に天使の輪が浮かんでほのかに辺りを照らす。
天使が舞い降りたと表現してしまいそうな可愛い見た目になったアヤであった。
「イノン、これは?」
「私の固有スキル。その状態ならたとえ死んでも大丈夫だから安心して」
イノンはウインクしてにっこりと微笑む。
「あとはアヤちゃんに任せた!」
「……はい!」
アヤは大鎚を構えて大きく足を踏み込んだ。
瞬間、何百本とツルがアヤに向かって伸びていく。
ツルの速度はそれほどでもない。が、手数が多く避け続けるのは至難の業だ。
(リンゴはどうやってソロで戦ったんだろう)
前にスキルを会得するためにエリアを回っている時、リンゴはアルラウネの攻略方法を話してくれた。ソロで倒すには何千も試行錯誤する、たった一つの成功は他人にとって一瞬の出来事、でもそれでいい。私が編み出したソロ攻略は私にしか出来ないから。
軽くそんなことを口にしていたリンゴはこのゲームを何千時間もやっている証だ。
私は数時間も満たないけれど、その
太い二本のツルがアヤを挟み込むように迫ってくる。私は飛び上がり、そのツルの上に乗ってアルラウネの繭に近づいた。
しかし、無数のツルが繭を守るように周囲を高速で動き、一回でも当たれば連続で当たってダメージの蓄積で即死してしまう連続攻撃だ。
「アヤ! そのまま突っ込んで!」
「は、はい!」
はたから見たら死ねと言っているものだ。しかし、イノンは冷酷な人間ではない。勝ち筋がなければボス部屋にすら行こうとしない合理的な人間だ。
「うわぁ?!」
無論アヤの運動神経でもヘリコプターの羽のように高速に動くツルをくぐることは出来ない。
そして雨あられにツルの総攻撃を受けてガラスの砕ける音がツルの中で虚しく響いた。だが、それと同時に純白の羽根がツルの起こした風に乗って舞う。
「流石アヤちゃん!」
アヤは繭の上に着地して、一瞬体勢を崩しかけるがすぐに立て直す。手を握って開けてを繰り返し、小声で自然と声に出る。
「これってイノンの固有スキル?」
イノンの固有スキルは回復スキルの中で特段レアの蘇生スキルだ。ことFFOでは他プレイヤーを蘇生させることは珍しく、他プレイヤー蘇生の固有スキルや超難関クエストで手に入れた蘇生の
中でもイノンの固有スキルは死んだ瞬間に蘇生とHPとMPを全回復するぶっ壊れスキルである。但し一回使うと30分使えないのと自身が先に死亡すれば解除されるデメリットがある。
アヤはイノンをちらりと見て、にっこり笑い大鎚を振り上げた。
「それじゃあ!」
アヤは大きく息を吸って声に出す。
「潰れろおぉぉぉぉぉおお!」
ボコン、と鈍い音が聞こえて繭はUの字にへこんだ。リンゴの言う通りならこの繭のHP1しかなく、一発でもダメージを与えれば初心者の攻撃でも倒せるとのことだ。しかし、当てるまでの過程が最高難易度クエストに匹敵するレベルだ。それをたった二人で攻略してしまうのは極めて珍しい光景であった。
繭はでこぼこと変化して歪に変形していき、アヤは飛び降りて繭から遠くに離れる。
形を保てなくなった繭は徐々に膨らんで糸がちぎれていき、パンッ、と泡が割れた音と共に周囲が少しずつ明るくなっていった。
『初回報酬がメールに届きました』
『経験値8747獲得しました』
『レベルがアップしました』
『称号【世界を渡る者】を獲得しました』
『汎用スキル〈エナジードレイン〉を獲得しました』
『常時スキル[羽化する妖蝶]を獲得しました』
『4万ギルを獲得しました』
『アルラウネの薔薇を獲得しました』
『アルラウネの妖枝を獲得しました』
『装備の宝箱を獲得しました』
アナウンスが流れて私は肩の力を抜いた。
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