第18話 飲み仲間

イノンとアヤは近くにあった酒場に入り、ちょっとした愚痴り合いを繰り広げていた。


「それでね。立場が上だからって無茶な要望してくんな、お前がやってみろって話なのよ」


「分かります分かります。私もそんな感じの人にそういうこと言われます」


イノンは見た目が麦酒(厳密にいえばただのHP回復アイテム)を飲んでアヤと語り合う。

アイドルと一緒にこんな話をしていいのかと思うが、リアルではないのでセーフだ。

ちなみにアヤが飲んでいるのはオレンジジュースである。


「アヤちゃん、見た目若そうなのに苦労してるのね〜」


「苦労してますよ。スケジュールが埋まりまくってて、そのうち肌が老けてしまいそうなんです」


「老化は女性の天敵だからね。この前なんてここら辺にシミが出来てとうとう私も20代後半きちゃったかみたいな」


右頬辺りを人差し指で叩き、イノンは空虚な目で遠くを見る。


「イノンさん、現実のこと言っちゃうと身バレするかもですよ」


「いいのいいの。アヤちゃんに喋ってもノープロブレム。あ、もし私の家に来たら大歓迎しちゃうわよ」


そうじゃなくて、さっきからチラチラ見てくる周りの人が聞き耳立ててるかもしれないですよと言いたかったが、先にイノンさんが話を続ける。


「それより武器と防具どうしようかな。今着てるので最後だからなくなったら丸裸になっちゃうわ」


「お金とかは?」


「3000ギルくらいしかないわ。祈祷師で鉄剣で戦えなんてどこのマゾよって話」


「売れる素材もないですよね」


「ないわね。あるとするならスライムやゴブリンの魔石くらいだけど、売っても何も足しにならないわ」


アヤは顎に手を当てて頭を悩ませる。

自分の持っている素材を譲るって手もあるけど、それだと恩を売っているようなものだし、だからといって「私はこれで」と去るわけにもいかないし、どうしたものか。


「ちょっと知り合いに連絡します」


私はフレンド欄からリンゴの名前をタッチする。便利に使って悪い気がするけど、グーグロ先生のように何でも知ってるので結局は頼りにしてしまう。


「あれ? オンラインになってない」


珍しくリンゴがこの時間にログインしてないのは初めてだった。私が全然プレイしてないから他の日もあるかもしれないけど。


(困ったなぁ。カヤックもログインしてないし、早々に詰んじゃった)


このままではただ愚痴り合って飲み食いしただけの酒飲み仲間になってしまう。

高値で売れるアイテムとなればラックスライムの魔石だけど、リンゴ曰くイベント以外だと滅多に現れないらしいからこれも無理だよね。

ラックスライムの地図があるけど一人しか入れないみたいだからどうしたものか。

悩んだ末にリンゴが言っていたある事を思い出す。


「イノンさん、初回ボス報酬は知ってますか?」


「新たな層に行けば貰える報酬のことでしょ? でも二層のボス結構厄介なのよ」


イノンはアヤに二層のボスの事を話した。

妖魔樹アルラウネ​───奇抜な花を衣装にした醜い姿をした人間の女性の形をしたボス。

様々な状態異常の技を持ち、状態異常対策をしないと上級プレイヤーでも苦戦する相手とのことだ。

推奨レベルは30からと書いてあるが実際は50くらいないと状態異常の嵐の前に為す術なくやられてしまうらしい。


「難しいからパーティが集ってから行くことが多いの。でも少し前に新しい機能が追加されて身内限定みたいな感じにパーティを組むことが多くなったのよ」


「新しい機能ですか?」


「ええ、クランっていう機能なんだけど知らない?」


「うーん、二週間前にアップデートでそんな内容があったなくらいしか覚えてないです」


「それなら簡単に説明するわ。嫌ならしないけど」


「そんなことありません。説明お願いします」


女性はパネルを開き、私にそのパネルに書かれた文章を見た。

『新たな機能クラン追加されました!』

『最大50人のプレイヤーとパーティを組まずに音声通話が可能』

『クランマスターのみクラン名、解散、設定が可能』

『クランマスター、副クランマスターのみ他のプレイヤーを承認、招待、脱退が可能』

『クラン限定のボイチャ、チャットが可能』

『クランに入ることで獲得経験値が上昇』

『クラン限定クエスト、イベントを追加予定』


ざっくりとこんな見出しが書かれていた。

私はイスに背中を預けて声に出す。


「こんなのが追加されたんだ」


「他にも細かい修正とかあるみたいだけどね。で、最大八人までプレイヤーを毎回集めるのが億劫おっくうになってね。じゃあ、クラン内でやればすぐパーティ組めるし、経験値も上がるから一石二鳥みたいな感じになって募集が少なくなったのよ」


「そうなんですか。教えてくれてありがとうございます」


「別にいいわよ。知らないことを教えるのは当然だから」


イノンは麦酒をごくりと飲み干して、酒飲みおっさんのように吐息をはく。


「話を戻します。二層ボスのアルラウネのことなんですが、私と一緒に行ってみませんか?」


「ちょっとあの店に寄らない? の感覚で行ける場所じゃないわよ」


「大丈夫です。私と行けばたぶん勝てると思います」


固有オリジナルスキルを使えばだいたいの敵は倒せるし、リンゴに教えてもらったFFOの知識と合わせればいけるはず。

イノンはじっーとアヤを見て鼻息をつく。


「アヤちゃんはあのイキリ野郎とは違うと思うけど念の為に聞いていい?」


「はい、何ですか?」


「アルラウネと戦ったことはある?」


「ないですね。でもりん……フレンドから色々と対策の仕方を聞いたので大丈夫だと思います」


イノンは疑惑の念が高まっていき、目を細めてアヤを見つめる。


「不安でしたら私ひとりで確かめてきます」


アヤは堂々と胸を張るとイノンは吐息を吐いてにっこりと口元を緩める。


「そこまでしなくて大丈夫よ。私の方こそ疑って申し訳なかったわ」


「私も話を聞いていたのに似た口説を言ったのは失言でした。すみません」


私はお辞儀をして謝罪をするとイノンさんは慌てて手をあたふたさせる。


「そ、そんな畏まらなくて大丈夫だから。ほら私達、ジョッキを交わした仲でしょ。だから同じ目線で話し合った方がいいと思うの」


「つまり普通に砕けた話し方の方がいいということですか?」


「そうそう。ゲームなんだからリアルのお堅い作法は綺麗さっぱり忘れて話し合う方が私としては気が楽だから」


「分かった。これからイノンと呼ぶけど文句いわないでね」


「言わない言わない。アヤちゃんとはもうフレンド同士なんだから」


アヤ達は話している最中に自然とフレンド同士になっていた。


「それよりそのフレンドの対策はどんな感じなの?」


「実は​───────」


私はリンゴの簡単アルラウネ攻略の方法を教えるとイノンは深く頷いて納得する。


「気は確かなの?」


「どうだろう。でもこのやり方ならすぐ倒せるみたいだし、無理だったら私の固有オリジナルスキルで倒すから」


「……分かったわ。アヤちゃんとフレンドの攻略方法を信じるわ」


「はい! 頑張って倒します! ……負けたらごめんなさい」


「負けたら勝つまで挑めばいいだけのことよ」


アヤ達はジョッキを飲み干し、二層に行く準備を整えてボスのいるエリアへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る