二章 殲滅姫という名の称号

第17話 アイドルだってテストする

最近ふと思うことがある。

アイドルが高校に在籍しているだけで馬鹿みたいに騒ぐ奴が必ずいるということを。

うちのクラスに笹川綾香がいるんだぜ、と誰かと話のタネを広める分には目をつぶってはいるけど、本人のいる前で堂々と笹川綾香がいるぞっと吹聴ふいちょうして他クラスの生徒達を呼び集めて視線を私に集めさせる奴、マジでしばき倒す。

……まぁ百歩譲って半殺しにしといてやろう。

有名だから注目されるのは仕方ないと割り切っているけど、お近づきになろうとする奴や下心丸出しに告白する奴がいる。そういうのは悪い噂が広まらないように言葉を配慮しながら丁寧に断ってアイドルの顔を保たなければならない。

またレッスンやライブ等で勉強時間が少なく、頑張っても平均点よりちょっと上くらいしか取れないのも不満だ。

一部の生徒からは授業を休めていいなと思っている奴もいるけど、そんな奴にアイドルと学生の両立をしてみてほしい。地獄だって絶対言うから。私が自信を持って保証する。


「数二テスト〜始め」


気の抜けた先生の掛け声共に配られたテスト用紙に名前を記入する。なんで私は学校の期末テストを受けているのか。まぁ当たり前の事だけど成績に直結しているからだ。

もし受けなかったり赤点を取った日にはマネージャー直伝のスパルタ猛特訓が待っている。それを受けた同僚のアイドルが教科書を見ただけで涙目になったとか。


「……だるぅぅ」


小声で呟き朧気な意識の中で必死に問題を解いていく。休憩の合間と昨日の一夜漬けの勉強量で足りるわけない。でもやらなければ死ぬだけなのでペンを意識が途切れるまで動かした。



最終日のテストが終わって下校時間になり、私は鞄に教科書を仕舞って昇降口に向かう。しかし廊下に立っていた男子生徒が唐突に話しかけてくる。


「さ、笹川さん、話したいことが……」


「すみません。用事があるので失礼します」


こういう場面は決まってアレが来るので早く家に帰るのが一番だ。


「待ってくれ! お、俺は笹川さんのことが……好きなんだ!」


綾香は立ち止まり、くるりと振り返ってアイドルスマイルで口を開く。


「ありがとうございます。ファンのあなたをもっと虜にできるようにアイドル頑張ります」


「いや、そうじゃ……」


綾香は男子生徒の言葉を遮り全力ダッシュでその場を去った。



昇降口に着き下駄箱の中身をしっかり確認して自分の革靴を取り出す。今回はなかったがファンレターやラブレターが入っていることが多々ある。一番多かった日はそれらが五十通以上入っていたこともあった。ちなみに告白を全部オブラートに包んで断るのに何時間も掛かって勉強に支障が出たのを根に持っている。


「あ、笹川さんがいる!」「学生服ぱねぇ!」「ツーショット写真撮りたい!」「オーラ違うわ」「サイン貰いたい!」「やっぱアイドル力ですかね」


下校が早いとはいえ、少なからず他の生徒もいる。とっとと帰らないと集まってくるので早足で自宅へと帰宅した。



家に帰ってすることといえばレッスンと今後のスケジュール確認だった。お風呂上がりに柔軟体操をしてしなやかな体づくりをし、ダンスのキレと振り付けを向上させる。レッスンが終わったらタブレットでマネージャーとメールのやり取りと今後の予定を確認する。全部終わったらちょっと勉強をして、切りのいいところで就寝する。

振り返ってみれば前の私は趣味の時間を取ったことが全くなかった。もっとも趣味というものがなくて時間を割くことをしていなかったのだけど。


「疲れたあぁぁぁああ」


ようやく期末テストという地獄から解放されてベッドにダイブし、熱の篭った頭を冷やす。

糖分取りたいけど、少し前に財布にあった有り金を全部はたいてケーキを食べてしまった。銀行から下ろせばあるけど、糖質を過剰に取ったので来月までお預けだ。


「FFOやる気力な〜〜い」


一昨日も昨日もその前も言った気がするけど気のせいだきっと。


「……」


綾香は顔を上げてスマホを弄り、FFOのサイトを閲覧する。


「アップデートで新機能追加?」


よく分かんない修正やら新しい遊びが追加やら便利な機能の追加やら色々ある。

……そういえば二週間ほど前に新しいバージョンに更新してくださいって通知がきてたような。


「…………やろ」


ようやく綾香は重い腰を上げてVRヘルメットを被るベッドに大の字で寝転がる。


「ログインスタート」


視界が真っ黒に染まり意識がゆっくりとFFOに溶け込んでいった。



◇◇◇◇◇◇◇◇



アヤがログインする数十分前​────



FFOにて男性と女性の二人が初期の噴水で睨み合い、言い争っていた。


「あのな! 四層に行って実績を残した方がいいクランに入れるだろ!」


「だ・か・ら! 私達みたいな初心者は誰でも入れるクランの方がいいの! それに二層攻略できてない時点で四層に挑めないこと分かってる!?」


「何度かやったらそのうち勝てる!」


「勝てないからこうしてパーティ募集してるんですけど!?」


男性は頭を掻きむしり、大声で悪態をついた。


「あぁもういい! お前とは絶交だ絶交!」


「こっちから願い下げよ!」


お互い顔を反対方向に向き合って男性が人混みの中へ消えていく。


「なんで私はあんな奴とパーティ組もうと思ったのかしら」


女性は二週間前にFFOを始めて右も左も分からず彷徨さまよっていた。そんなときに彼が話しかけてきてFFOのことを一から教えてもらった。優しいプレイヤーだと最初の方は尊敬の眼差しで見ていた。

が、フタを開けてみればそれは彼の自己満にすぎなかった。ことある事に初心者の私に知識をひけらかし、褒めさせようとしてくる。

まぁ教えてくれた恩があるし、不服だったけど彼の言う通りに褒めた。しかし、どんどんエスカレートしていき、次第に祈祷師である私にボスに攻撃しろと無茶ぶりしてきた。

会社の上司ですかあなたはと女性は思った。


「……高い金払って買ったのに骨折り損よ」


仮想世界でも結局は人間関係がものを言う。

人間社会なこんな世界からおさらばしてやろう。女性は画面を開いてログアウトしようとした瞬間、目の前から白髪の少女が現れる。


「わぁ!?」


女性は驚いて尻もちをつき、口を開いたまま目の前に現れた白髪の少女を眺め続ける。

女性が立っていた場所は丁度アヤがログアウトしたど真ん中であった。FFOではそのままプレイヤーがいる地点にログインしたプレイヤーが重なってしまえばバグが発生しまう可能性があるため、万が一にプレイヤー同士が接触しない位置でログインするようになっている。


「二週間ぶりのFFOだぁー」


そんなことは露知らずアヤは久々のFFOに羽を伸ばす。


「連絡してなかったからまずリンゴ達にちゃ……」


ようやくアヤは目の前にいる女性プレイヤーに気づく。腰まであるハーフアップの金髪で、柳色の瞳にキリッとしたつり目、リアルにいたら二三度振り返る程の整った顔つきのイケメン女性にアヤは自然と手を伸ばした。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「も、問題ないわ」


女性は自力で立ち上がり、土埃のついたミディスカートを手ではらう。


「あなたが目の前から現れるものだからびっくりしたわ」


「そ、それはすみません。もうちょっと後に入ればよかったです」


「あなたが悪いわけじゃないわ。私がもう少し早くログアウトしていればよかったもの」


「ログアウトですか。失礼ですがクエスト等を終わった感じですか?」


「クエスト、ね。そんなのやる意味なんてあるかしら。リアルの時間が減るだけで一銭も稼げないし、イキリ野郎に振り回されるし、死にすぎて武器も防具も壊れるし、何より楽しくゲームできなきゃ意味ないでしょ?」


「そ、それは……」


女性は凄まじいプレッシャーを放つとアヤは一歩たじろいた。


「ごめんなさい。つまらない愚痴いっちゃって。じゃあ、もう会うことないと思うからさようなら」


女性はログアウトボタンを押そうと指を伸ばす。


「ま、待ってください!」


アヤは女性の手を握りしめ、ログアウトを止める。下手をしたらハラスメント警告が出てもおかしくないが、女性は嫌な素振りをみせなかった。


「身勝手ではありますが嫌々FFOをやめるのは少し違うと思います! やれてよかった、そんな楽しく満悦した気分で終えた方が私……いえ、ゲームを作った方々が喜ぶと思います!」


数時間しかプレイしていない私の説得力はないに等しいが、それでも失望感に包まれて去っていくのは絶対違う。綾香は彼女を無意識に失意に満ちたファンと重ねてしまった。

女性はじっーとアヤを見つめ、口を開いた。


「あなたさっき二週間ぶりのログインって口にしてなかった? それで楽しいって言えるの?」


「それを言われると…………で、でも! 楽しいからまたやりたいと思ってログインしたのは本当です!」


アヤと女性の間にしばらくの沈黙が訪れる。

すると女性がクスッと笑い、再度アヤに視線を戻した。


「ごめんなさい。意地悪なこと言っちゃったわ。そうよね、楽しくゲームしなきゃ意味ないもんね」


アヤはホッと一息をつく。女性は手で金髪を靡かせて我が子を愛する慈愛の目でアヤを見る。


「私はイノンよ。のアヤさん」


一瞬なんでそんなことをと思ったけど、プレイヤーを見つめれば表示されることを思い出した。


「はい、スライムの殺戮者アヤです。よろしくお願いします、イノンさん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る