第31話 殲滅姫って酷くないですか!?

◇◆◇◆


始まりの草原で一面に広がるスライムの群れに私はどうしていいものかと悩んでいた。


「リンゴ達がいる場所あそこらしいけど」


リンゴに聞いたら人差し指サイズくらい遠くにあるあの一本杉の場所らしいけど……スライムの海で辿り着けそうにない。

周囲に他プレイヤーが必死にスライムを狩っているが、全然スライムが減っている感じがしなかった。


「走り抜く?」


スライム達が絶えず蠢いて隙間という隙間が見えず首を横に振る。


「倒すしかないか」


まとめて広範囲で全て蹴散らせるなら……


「やっぱりあれしかないか」


私は大鎚を振り上げてすぅーと息を吸い込む。


「スキル『激情の破鎚』!」


HP (但しHPは1残る)とMP全て消費して地面に叩き込む。アヤを中心にメキッと割れ目が広がっていき、金色の粒子が吹き出して光の柱を作り、あれよあれよとスライム達は塵となって消えていく。

地形破壊はないが、もし実装されたのならばクレーターが出来るのは確実だ。


『ランキングが上昇しました』


何やらアナウンスが頭に響くが気にせず道がひらけたので全力ダッシュで一本杉に向かう。

ブルースライムを討伐していた他プレイヤー達の視線がアヤに集中して思わず声に出す。


「なんだあのスキル!?」「スライムが消えただと!?」「あれ殲滅姫じゃん!」「レアプレイヤーだ!」「可愛すぎる!」「まじで!?」「スクショ確定!」「さすがPvP二位!」「スライムになりたかった!」


他プレイヤー達の声はアヤの耳に届かず、ひたすら前にアヤは走る。が、途端スライムが地面からにゅるりと現れて目の前の道を塞ぐ。

迂回してスライムを避けていくが、道行く道に次々にスライムが湧いて一本杉から遠のいていく。


「スライム出てくるの早いって!」


普段ならスライムが湧くのに数分ほど掛かるのだが、イベント仕様で三秒のペースで数十体以上湧くようになっている。これにはプレイヤー達もニッコリ笑顔から無の境地に辿り着いた仏様になるのも無理なかった。


「うわぁ!?」


足元からスライムが湧き出て後退する。だけど足が止まってしまい、一本杉の道を阻まれた。


「こうなったら! スキル『メテオストライク』!」


思いっきり大鎚を振るがスキルは発動せず、アナウンスで『MPが足りません』と画面に表示されてアヤは目が点になった。


「え? あ、激情の破鎚で……」


思い返すと私のスキルで全部消費してしまった。MP回復アイテムはないけど、前にHP回復アイテムをリンゴに三つ貰ったやつがある。それを飲んで耐えれるようにしないとやられてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれる?」


残念なことにスライムはペットではなく、モンスターである。そんな従順な犬のおすわりみたいに待ってくれない。

スライムの群れは一斉にアヤに向かって飛びかかり、アヤは地面を思いっきり蹴って逃げ出した。


「だーれーかー! たーすーけーてぇー!」


アイドルのレッスンで鍛えたロングトーンがやまびこのように周囲に響き渡る。しかし、逆にスライムをおびき寄せてしまい、アヤが気づいた時には周囲を包囲されていた。


「あ、詰んだ」


一斉にスライムが襲いかかってきて私はその場でへたりこんだ。


「スキル『庇い身』!」


アヤの目の前に大きな人影が現れてスライム達が軌道を変えて人影に全て当たる。


「スキル『火炎の秘薬』あんどスキル『爆炎弾』」


周囲に火の海が広がってスライムを燃やし尽くす。


「スキル『ハイヒール』!」


碧色のオーラをアヤが纏い、一気にHPが半分回復した。


「「「アヤ(ちゃん)!」」」


馴染みのある声に私は自然とその名前を口にする。


「リンゴ、カヤック、イノン!」


リンゴ達はアヤの方に振り返り、リンゴ、カヤック、イノンと順番に声に出す。


「来ると思ってた!」


「派手な登場だったぞ!」


「こうでなくっちゃね!」


一週間ぶりの、けれどその時間がとても長く感じられた。二週間よりも何ヶ月よりも。


「……全然ログイン出来なくてごめんなさい」


リンゴ達は怒っていると思う。何もしていなかったのだから。ずっと一緒にいられなかったのだから。助けてあげられなかったのだから。


「アヤ、すまん。あの時はリアルとゲームは関係ないと言って悪かった」


カヤックは頭を下げて下に視線を向ける。


「待ってたわよ!」


イノンは歓喜と満面の笑顔でアヤを迎える。


「……カヤック、イノン」


あの時とは違う反応……ゲームだけの関係なのに、本当の顔を知らないフレンド同士なのに、リンゴ達といた時間の少ないはずなのに……いつか終わるかもしれないはずなのに。


「アヤ、一緒に楽しもう!」


リンゴは手を伸ばす。華奢で握ってしまえば折れてしまいそうな細い腕だ。しかし、手を離さないと意志の強さがひしひしと伝わってくる。


「……うん!」


私はリンゴの手を握る。

いずれ終わると分かっていてもまだその時じゃない。今はただ精一杯FFOをリンゴ達と一緒に楽しむことにしよう。

アヤはリンゴに引っ張られて立ち上がった。


「アヤ、指示をお願い」


「え、私が!?」


「クラマスだから。大丈夫、どんな指示でも私達は文句いわない」


「流石にスライムの餌になるのは勘弁な」


「杖で戦うの勘弁ね」


「む、二人とも文句いわない」


相変わらず無表情のままリンゴは手をバタバタとさせる。カヤックとイノンは口角を上げて笑顔をみせた。リンゴはアヤの方を向いて首を傾げた。


「アヤ? どうかした?」


「……なんでもない」


私は両頬を思いっきり叩いて気合を入れて声を張る。


「よし! この一帯にいるスライム全部倒そう!」


「おいおい。そりゃ難しい相談だぞ」


「カヤック、アヤの固有オリジナルスキル使えば、いける」


「無理とは言ってねよ。まぁ要はサポートしろだろ?」


「正解。イノンは」


「HP回復とバフね。それとMP回復アイテムを使って回復させる、でしょ?」


「ん、私はスライムの注意を引く。いい感じにまとまったら爆炎弾で合図する」


リンゴはスライム達に向かって走り出して口を開く。


「スキル『挑発』あんどスキル『神速』」


スライムの群れは甘い蜜にたかる虫のようにリンゴに寄っていく。カヤックはそれを見て盾を構えた。


「スキル『不屈の闘心』」


カヤックを中心に黄金色の円陣が広がる。


「この円陣に入ってれば俺のHP4分の1が付与される。だいたい2000ちょっとってとこだ」


次にイノンが杖を振るってアヤのHPがみるみると回復していく。


「アヤちゃん、これ一本飲めばMP全回復よ」


鳥の形を模した便に赤い液体が入っていて、アヤはフタを開けて全部飲み干すとMPが一気に回復する。


「スキル『激励の剣』」


アヤは小さな剣のエフェクトを纏うとSTRが上昇した。


「あとはリンゴちゃんの合図を待つだけど」


イノンはリンゴの走った方角を見ると大群の、それもご飯大盛りのようにぎっちりとスライムの群れがリンゴを追っている。リンゴは手を上にかざすと炎の玉が打ち上がって爆発した。


「くるわ!」


スライムの群れがこちらに近づいて、アヤは大鎚を構えて息を整える。


「アヤ! やって!」


リンゴは高くジャンプしてアヤ達の後ろに回り込む。アヤは大きく大鎚を振りかぶって全ての息を吐く勢いで叫んだ。


「スキル『激情の破鎚』!」


地面に広がる波紋と燦然に輝く粒子に包まれて、荒々しい風圧が草原フィールドの全体を吹き回し、全てのスライムが消し飛んだ。


『ランキングが上昇しました』

『クランイベントが終了しました。現在の順位を累計中​……しばらくお待ちください』


アナウンスが響きながらほとんどのプレイヤーは手を止めた。もっとも手を止めた理由は目の前にいたスライムが煌びやかな光に包まれて突然消えたことに驚いたせいだが。


「まだ! もう一発残ってる!」


アヤは再度振り上げて声に出そうとするが、リンゴが目の前に現れて止める。


「アヤ、もう終わり」


「でも私、まだ全然倒せてない」


「アヤは十分倒した。それにランキングが最下位でも、皆んなでクライベをやれたことが、何よりも一番」


「……うん」


私は大鎚を下ろして青空を見上げる。

曇りのない晴れ晴れとして少しだけ胸につっかえていたものが緩んだ。

するとパチパチパチと拍手が聞こえてきて、そちらに振り返ると見た目が優男が近づいてくる。


「いやー見事だ。さすがは殲滅姫だ」


ライジンはニコッと笑ってアヤに近づくとリンゴが割って入って睨みつける。


「なんの用?」


「別にそこまで警戒しなくてもいいじゃないか」


「アヤ、気おつけて。あの腹黒魔王野郎は企んでること、全部ヤバい」


「策略と呼んでほしいな」


ライジンはわざとらしく咳払いをして視線をアヤに移す。


「殲滅姫のアヤさん、初めまして。僕はライジンです」


私はライジンをじっーと見る。あ、思い出した。PvPでランキング1位の人だ。この人のおかげで全然目立たなかったんだよね。お礼いわないとなぁと思ってたけど、中々会えなかったんだよね。

リンゴより一歩手前に出て、ぺこりと一例して再度視線をライジンに向ける。


「ライジンさん、お会いできて嬉しいです。ずっとお礼を言わなきゃと思っていました」


ライジンは首を傾げて顎に手を当てる。


「お礼? どんなのだい?」


「ライジンさんのおかげでPvPで私が目立たなかったんです。殲滅姫って気になりますけど、一部のプレイヤーしか知らないような感じですよね」


ライジンは豆鉄砲を食らったような顔で目が見開いてアヤを見つめる。とライジンの後ろからぞろぞろとプレイヤー達が歩いてきて、逆立った髪の一人の男性プレイヤーが一歩前に出る。


「よ。殲滅姫のアヤ」


私は首を傾げて声に出す。


「誰ですか?」


「PvPで戦ったんだが覚えてないか?」


PvP? うーん、スミレと戦った場面は鮮明に覚えてるけどこの人と戦った記憶がない。


「……ごめんなさい。覚えてないです」


「おいおい。万年二位のジャックを忘れちまうとはどうかしてるぜ」


「一撃でやられたら覚えられないのも、無理ない。それに見た目が地味だから、頭からすぐに抜ける」


偽魔女えせまじょやい。ちょっとやり合うか?」


「ジャック、挑発に乗ったら彼女の掌の中だよ」


ライジンは手を横に伸ばしてジャックの歩みを止める。


「僕達の目的は魔女と戦うことじゃないよ」


「分かってるって。まぁあれを見てからだと十中八九無理だと思うけどな」


「そうかもね。でも一応は」


ライジンはアヤに向かって手を差し伸べてキラキラスマイルで言葉にする。


「アヤさん、僕達のグリフォン騎士団に入りませんか?」


「む! ライジン引き抜きは」


「リンゴ、安心して」


私はリンゴにニッコリと笑顔を向ける。視線をライジンに戻して強く透き通る声で言葉にした。


「申し訳ないですが私はリンゴ達と一緒にFFOをやりたいんです。お誘いは嬉しいですが、グリフォン騎士団に入る気はありません」


ライジンは手を下げて屈託のない笑顔で彼女に視線を向ける。


「まぁ仕方ないか。でもその方がグリフォン騎士団の士気が高まるかな」


ライジンは一息ついて視線を別の方に向ける。

その先には武者を引き連れた女性がアヤ達に近づいて少し前で止まる。


「こんばんは〜私は剣璽けんじ三貴子みこクラマスの〜ドラネコだよ〜。初めましてだね〜殲滅姫アヤ」


私は右背後にいる少女の方が気になるけど視線をドラネコに向ける。けれど先にリンゴが口を開いた。


「泥棒猫、何しに来た?」


「泥棒猫じゃなくて〜ドラネコね〜。ちょっと挨拶にって感じで〜スミレが」


「ドラネコ殿! 私はそんなのでは」


「はいはい〜仲良く仲良く〜」


ドラネコはスミレの頭を撫でると眉を曲げて猫のように佇む。


「それで〜グリフォン騎士団の無双王ライジンと〜妖精の箱庭の殲滅姫アヤに宣戦布告的な?」


「大きく出ましたね。もちろん負けませんが」


ライジンは威圧感のある笑顔でドラネコに微笑みかける。


「……あの。さっきから殲滅姫って一部のプレイヤーしか知らないですよね?」


その場にいるプレイヤーが「え」と口にしてアヤの頭の中がはてなマークで埋め尽くされた。リンゴがアヤの目の前に立って口にする。


「アヤ、前に言ったけど殲滅姫はFFOにいるプレイヤー達が付けた名前」


私は恐る恐るリンゴに聞く。


「……つまり?」


「ほとんどのプレイヤーが、殲滅姫のアヤを知ってる」


アヤはピタッと止まってリアルフリーズした。

しばらくしてアヤの顔が少しずつ赤くなって大声で叫んだ。


「なあああああああ!!!」


また目立ったあああああああ!!

もう注目されるの懲り懲りなんだよおおおおおお!!!

アヤはその場で泣きじゃくる子供のようにジタバタと悶絶した。ある者は目を丸くして、ある者はドン引いて、ある者は大笑いして、ある者はスクショを撮ってと様々な感情が渦巻いた。


「ふふふ、アヤ。面白い」


リンゴは腹を抱えて涙目に笑い続ける。アヤは手で顔を隠しながら小声で呟く。


「だってぇ……注目されるんでしょ」


「ん、殲滅姫として」


「そうだな。殲滅姫アヤ」


「そうそう。殲滅姫のアヤちゃん」


リンゴ達が無邪気な笑顔のせいでむやみに責めれない。

するとライジン達が近づいて胸を張る。


「安心しな。俺なんて社畜帝と呼ばれてるからまだマシな方だ」


いや、誰!? と口にしようとするがジャックの方が早かった。


「俺は万年二位のジャックだぜ? 万年ってとこ悪意あるよな?」


いや、そう言われても私に関係ないんですけど!? と心の中で叫ぶ。


「安心して。トッププレイヤーは必ず注目されるさがだから」


そんなさがなら神様に返却したい!

というかどうしてそんな笑顔でいられるの!?

普通注目されたら面倒だと思わないの!?


「アヤ殿、久方ぶりである」


「す、スミレぇ……」


私は藁にもすがる思いでスミレを見ると苦笑いを浮かべて顔を横に振った。


「申し訳ない。私の力量では止めることが出来ない。しかし、相談に乗ることならできる」


「そ、そんなぁ」


アヤは落胆して四つん這いになるとドラネコがクスッと笑う。


「なら〜割り切った殲滅姫って名乗れば〜万事解決じゃない〜?」


アヤは唇をプルプルとさせて思いっきり息を吸って声に出した。


「嫌です! 絶対にぜぇーたいに嫌です!」


抑揚の効いた甲高い声が周囲に響く。


「それにです! どうして殲滅姫なんですか!? 私、そんなに殲滅した覚えないんですけど!?」


その場にいたプレイヤーは一同に「さっきスライム殲滅しただろう」とツッコミを入れるとアヤは再び顔を赤らめて頭を抱える。


「アヤ、仕方ない。受け入れて」


私は言い様のない渦巻く感情に声を荒らげた。


「殲滅姫って酷くないですか!?」


アイドルなのに殲滅姫ってどうなの!? 私は殺戮の限り皆殺しする頭のイカれた狂戦士じゃないんだよ!? そんな奴がリアルでは歌って踊ってるどうなんだぁ!?


「もう、どうにでもなれ!!」


彼女は天に向かって叫んだ。

ただ彼女は不思議と嫌ではなかったのを深く記憶に刻んでいた。





※二章の最終話ではありません。

もうちっとだけ続くんじゃ〜

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