第30話 クランイベント最終日

「アヤちゃん来ないわね」


「仕方ない。アヤは多忙みたいだから」


広大に広がる草原の丘で幾万の青いスライムの群れがいる中、リンゴ達はスライムの来ない一本杉の安全地帯でひと休みしていた。


「……」


カヤックは凝然とスライムの群れを眺め続ける。リンゴはカヤックに視線を移して口を開いた。


「カヤック、ぼーっとしてラックスライムでも探してるの?」


「いねぇだろ。今回のクランイベントでブルースライム固定スポーンになってるし、スライムの親玉も出ねぇからな」


初のクランイベントはブルースライムの総討伐数だ。同じクランに所属する仲間同士でブルースライムを狩ると合計されて討伐数に応じてランキングが上がる。

特に名のあるプレイヤー達が所属するクランは初日からトップを占めていた。


「あれを見て俺達まだ一匹も倒してないってのがびっくりだよな」


「む、初クライベは皆んなで楽しみたい。これ決定事項」


「リンゴのわがまま初めてみたぞ」


リンゴの我儘でカヤック達は初クライベをやらず、アヤと一緒にやるためにずっと一本杉の場所で待っていた。


「アヤちゃんは何してるのかしら」


イノンは空を見上げて呟くとリンゴがジト目でイノンを見る。


「リアルのこと考えたらダメ。聞いたりするのもダメ。自分から話すのは別だけど」


リンゴはどこか寂しそうにけれど無表情のまま目を落とす。


「……そうね。リアルは考えたらダメね」


イノンは腰を下ろしてスライムの群れを眺める。顰めっ面していたカヤックは頭を掻いて遠くに視線を向ける。


「……そのなんだ。アヤがゲームに来ないのは俺のせいかもしれねぇ」


リンゴはやや重低音の声色にプレッシャーを纏ってカヤックを見る。


「それはどういうこと?」


「クランに誘いに来た時にリアルとゲームは違うものだって話しちまってな。たぶんそれを気にしちまってるんじゃないかって思うんだ」


カヤックはゲームに関して基本エンジョイ勢だ。ゲームはゲーム、リアルはリアルと区別しているため、ガチ勢や廃人とは違いゲームにそこまでこだわりを持っていない。そのためリアルに影響ないように気ままにプレイしている。


「カヤック、無神経。ゲームに人生懸ける人だっている」


「アヤが人生懸けてるか分からんが、お前はそうかもな」


「む? そう?」


「プレイ時間みてみろ。普通に考えたら人間じゃねぇくらいやってるぞ、お前」


リンゴは視線を逸らして画面を開くと目を見開く。


「むむ……」


「どうした? いつもの挑発ぶちかましてこないのか?」


「いま立て込んでる。カヤックに構ってられない」


「俺は子供じゃねぇつーの」


三人はじっーと座っているとぞろぞろと群集がリンゴ達の近くに来てひとりの優男が一歩前に出る。


「こんにちは。あ、今はこんばんはだったね」


イケメンスマイルにキラキラと星が飛び交うが、リンゴ達は無表情のまま優男を見る。


「あれ? 滑った?」


優男はわざとらしく顔を手で覆って「あちゃー」と口にした。リンゴが一息ついて声に出す。


「何しに来た? ライジン」


「君達の勇姿を見に来たんだけど邪魔だったかい?」


ライジンはニッコリと底が見えない笑みを浮かべる。


「邪魔しにくるんだったら、ブルースライム討伐してほしい」


「まさか。たまたまこっちに来たら君達がいただけだよ」


「腹黒イケメン魔王」


「褒め言葉として受け取っておくよ、可愛い魔女さん」


「おい、ライジン。お喋りしにきたわけじゃないからな?」


タケノコのようなとんがり髪のジャックが前に出てキョロキョロと周りを見渡す。


「お前らんとこのクラマスどうした?」


「リアルが多忙で来てないんだよ。万年二位のジャック」


「かー! 初クランイベントで来ないってどうかしてるな」


カヤックが目を細めるとジャックは一息ついて声に出す。


「カヤックも俺らのクランに入っとけば甘い蜜をすすれたぞ?」


「俺は俺のやりたいことが出来るクランがいいんでな。お前らの社畜上等ブラック企業万歳クランに入るつもりは毛頭ない」


「俺らのグリフォン騎士団はそんなブラックじゃないからな」


「そうだそうだ! 俺の働いてる会社より一割ほど仕事量が少なくてホワイトだ!」


「それホワイトって言えるのか、ツル」


槍を背負った赤髪の男性​​──社畜屋ツルが首を縦に振りまくる。ライジンが割って入って苦笑いした。


「プレイヤーごとに出来る範囲でクエストを割り振っているんだけどね。ツルは少し張り切りすぎて目標以上に頑張ってるんだよ」


「さすが社畜帝と呼ばれることはある」


「お!? 開けてはいけないパンドラの箱開けよったな!?」


「随分と開けやすいパンドラの箱だな」


「あれ〜? こんなところで有名クランの二つがなに企んでいるの〜?」


ゆるりと優しい声と共にピンクと朱色を混ぜた上衣の和服と黒と白が基調の下衣のスカートを着て、黄緑のセミロング髪を撫でて猫耳女性が、瑠璃色に輝く宝石の杖を持ちながら後ろの武者達を連れてリンゴ達の近くに止まる。ライジンはニッコリと笑って口を開いた。


「おや、剣璽の三貴子クラマスのドラネコさんではありませんか」


「わざとらしく〜、そんなに語らなくても知ってるでしょう〜」


糸目のドラネコは瞼を少し上げて黄金の瞳でライジンに睨みつける。


「まぁなんとやらです。それよりも今回のクランイベントは僕達が勝ちますよ」


「それは〜サブクラのスミレはどう思う?」


黒髪を靡かせてスミレが一歩前に出てくる。


「グリフォン騎士団との差は天と地ほどある。なれば剣璽の三貴子は挽回の余地なしである」


「もう〜お堅いよ、スミレ」


ドラネコはスミレの頭を撫でるとスミレは目を閉じて眉をひそめる。イノンはパネルを操作して残り時間を確認する。


「あと残り10分ね」


「これはどう足掻いても無理だな」


カヤックは万策尽きたといわんばかりの顔で手を上げる。途端、リンゴが立ち上がり遠くの方をじっーと見つめて手を振る。


「リンゴちゃん、どうしたの?」


リンゴはただ一言だけ口にする。


「来る」


リンゴ以外それが何の意味を持つか分からなかった。だが、地面の割れる轟音と風圧がライジン達に届いて音のする方を振り返ると煌びやかな光の柱が空に向かって伸びていた。


「随分と分かりやすい主張ね」


「主役は遅れてやって来るってか」


カヤックとイノンはそれが誰が起こしたのかすぐに分かった。続いてそれを何度も見たことがあるスミレとライジンが感嘆の吐息を洩らす。


「やはり一際目立つスキルであるな」


「逆にスライム達が可哀想だね」


少し遅れてジャックとツルとドラネコとそのスキルの主に気がつく。


「ライジンさん、あれ誰ですか?」


新米魔導士の少年が手を挙げて聞くとライジンはほくそ笑む。


「君はPvPイベントを知っているかい?」


「確かFFOの強豪プレイヤー達が軒並み揃って戦ったイベントですよね」


「そう。そんな中でジャックを打ち破り、異彩を放つスキルにそこにいるスミレとのサシの勝負で勝ち、可愛い少女アバターで僕よりも目立ったプレイヤー」


「それってまさか」


少年は噂話で聞いたことがあった。

ラックスライムを初期ハンマーの一振で倒す者、ハリウッド映画さながらの身体能力、純粋な暴力で相手を屠り笑顔を見せる最強の可愛さ、ラックスライム並に見掛けないレアプレイヤーとそのプレイヤーを調べ尽くした野郎共が酒場で噂話を広めていたのを見掛けた。

すると人影がこちらに向かってくるのをプレイヤー達は視界に捉える。


「だーれーかー! たーすーけーてぇー!」


無数のスライムの群れを引き連れて、こちらに走ってくる。リンゴは漆黒のナイフを取り出してカヤック達を目で合図を送った。


「カヤック、イノン、準備」


「あいよ」「分かったわ」


リンゴ達はそのプレイヤーに向かって走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る