第29話 プレイヤーだから

地下駐車場に停められた一台のオンロードバイクにマネージャーは跨り、私にヘルメットを渡す。


「笹川、ヘルメット被れよ。被らんとアイドル人生終わると思え」


「まだ終わりたくないんで被ります」


私はヘルメットを被ってマネージャーの後ろに座る。


「事務所に戻ったら始末書を書かないとな」


「それは本当にすみません」


「いいさ。笹川がやりたいことをやるなら、それを私はマネージャーとしてサポートするべきだ。まぁ場合にもよるが」


バイクが低く唸り、ヘッドライトが光る。


「ほら、腹に手を回して頭を背中に埋めてしっかり掴まってろ」


地下駐車場に重低音が響き渡り、目にも止まらぬ速さで綾香達は地下駐車場から飛び出した。交差点で対面する信号が赤信号に変わる寸前で突っ切りまくった。


「ひゅー! 若い頃を思い出すわ!」


マネージャーは溌剌はつらつと軽快な笑いで法定速度ギリギリにバイクをぶっ飛ばす。


「マネージャー! バイク乗れたんですか!?」


「なんだ! 風の音色ねいろで全く聞こえん!」


「マネージャー!! バイク乗れたんですか!!?」


「あーん!? うちは単車乗って十年だっつってんだ! 自分の手足みたいに自在に操れるわ!」


それはすご。でもマネージャー、今年で確か24歳って言ってたような。

…………もしかしてマネージャーって。


「今から高速乗ってぶっ飛ばすから口閉じとけ!」


料金所を通って轟音と共に加速車線を上がっていく。本線と合流して心地よい風が肌に当たり、私はちらりとマネージャーを見る。


「……マネージャー」


「口閉じとかないと舌噛むぞ」


「喋らない方がいいですか?」


「舌噛んでもいいなら喋ってもいい」


私はマネージャーの背中に顔を当てて口を開く。


「……理由聞かないんですか?」


「ドタキャンするくらい大事なんだろ?」


「大事なのか……まだはっきりしてないんです」


「それでいいさ。迷って悩んで後悔する、お前くらいの歳はそれが普通だ。前のお前がどれくらい異常だったのか、私はよく知ってるから安心して背中押してやるよ」


「でもわたっち!?」


「ほーら、舌噛んだ。私のスピードに慣れてないとだいたいそうなるからな」


涙目になる私を他所にマネージャーはギアを上げた。




私の家に着いたのは真夜中だった。

スマホを取り出して見てみると23時43分で、バイクから降りてマネージャーの方に振り返る。


「ありがとうございます」


「いいさ。お前ん家で何やるか知らないが」


「知りたいですか?」


「知って私に得するなら聞いてやる」


「じゃあ、やめときます。話してもたぶん意味ないと思いますから」


私は踵を返し、鍵を開けて玄関ドアの取っ手を掴む。しかし手が震えてドアを開けることが出来ず、その場でフリーズした。


「入らないのか?」


マネージャーはバイクに背を預けながらドアの前で立ち尽くす綾香を見る。


「……怖いんです。また人を不快な気持ちにさせるんじゃないかって。また傷つけて私から離れていくんじゃないかって」


あれはゲームだ。遊ぶための世界。だから人の気持ちとかそういうの気にしなくていい。リアルじゃないから関係とか……


「笹川、ひとつ教えておこう」


心の中で暗示を唱える綾香は視線をマネージャーに向けるとマネージャーは声に出す。


「そういう者達に理想と活気を与えるのがお前の仕事だ」


「でも私は……知り合いを傷つけるかもしれないんです」


「傷つけるからいかないのか? だったら私が連れてきたこととこれから書く始末書にどうケリつけてくれるんだ?」


「そ、それは……」


マネージャーはクスッと笑って視線を再度私に向ける。


「冗談だ」


「……マネージャーの冗談は全然冗談に聞こえないです」


「それでいい。ああ、これはマネージャーとしてじゃなく、私、虎岩とらいわの自論なんだが、傷つけ合ってお互い認め合うこそ友達ダチだ。それが出来る奴なら例えネットだろうが、SNSだろうが、ゲームだろうが関係ない」


ゲームという言葉に一瞬反応して髪を揺らした綾香だったが、虎岩は気にせず話を続ける。


「アイドルの笹川としてじゃなく、笹川綾香としていってこい。超人気アイドルと友達ともだちになれた奴は幸せすぎて天に召されるかもしれんからな」


虎岩は手を振ってニカッと笑う。

綾香は目元が潤んで涙を零しそうになるが、目元を手で擦って声に出す。


になれたらいいですね!」


そう言って私は扉を開いて自室へ向かった。



◇◆◇◆



「……やっちまったな」


私としたことが笹川の地雷を踏んじまった。

ポケットから一本の煙草を取り出し、火をつけて一年ぶりの煙草の味を口いっぱいに広げて吐き出した。


「まぁでも。ようやく一歩踏み出せた感じで結果オーライか」


笹川は強くて思いやりのある優しい子だ。だが、それが危ういところでもある。

まぁそれをサポートするのも私の仕事だが。


「さてと。事務所に連絡して……あとはなんだ。酒でも飲んで映画でも見るとするか」


まだ吸いかけの煙草を携帯灰皿にねじ込んでフタを閉じる。バイクを静かに走らせて虎岩は事務所へ向かった。



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尺が余ったので作者のどうでもいい小話。

最近カステラアイスを食べたのですが、あまりに美味しすぎたので全種類買いました。

しかし全部食べ切れず、また食べようと机に放置してしまい、一晩たって気づいた時にはカステラにアイスがひたひたに染み込んでいました。

作者は冷やせば何とかなると思って冷凍庫にしまい、固まったのを確認して食べたのですがカステラシャーベットにジョブチェンジしてました(これはこれで美味しかったです)。

ちなみに作者はビワ味とストロベリー味をお気に入り登録しました。

くそどうでもいい話ですね。

以上作者の食レポ? みたいな小話でした。

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