第41話 ツンデレ侍と偽魔女
冷たく張りつめた空気。別に温度が低いわけではない。肌がそう感じてしまうほど雰囲気がそうさせている。
「お、きたきた。こっちだこっち」
観客席で優雅に珈琲を飲みながらノワールはアヤにハンドサインをおくる。
「くつろいでますね」
「PvPが終わるまで外に出られないからな。こうやって珈琲を味わってる方が早く時間が過ぎる」
「じゃあ、私も珈琲一杯お願いします」
「フレンドでもない奴に貴重な珈琲豆はやんね」
「ケチいです」
私は近くに座ってインベントリからショートケーキを取り出して一口パクッと食べるとノワールは食いつくように顔を向ける。
「お、そのケーキってあのド・モールのケーキだよな? めちゃくちゃ美味しいって噂で聞いたが、俺、あそこに入るのちょっと躊躇っててな」
ド・モール……あ、リンゴ達と行ったあのケーキ屋の名前ね。店構えがとても小洒落てて女子の流行を取り入れた感じのお店だったなぁ。それに美味しすぎで何個かお持ち帰りしちゃったしなぁ。
「そうですけど」
「あーなんていうか。俺にも分け」
「嫌です」
「言い切る前に断るとは……」
「珈琲一杯くれない人に貴重なケーキは渡せません」
「前の俺を殴りてぇ」
アヤとノワールは中心に視線を移す。空中に表示させたカウントダウンがちゃくちゃくと進み、残り10秒となったところで音が小さく周囲に響いた。
そして0秒になった途端、金切り音が幾度も聞こえてくる。
「は、早い」
目にも留まらない早さでリンゴとスミレの剣と剣が交じり合い、火花が飛び散った。
「スキル『聖光弾』あんどスキル『火焔弾』」
リンゴの背後に眩く輝く光弾と燃え盛る炎弾がスミレに向かって飛んでいく。
「スキル『断罪一刀』」
黒く閃光に刀が輝き、薙ぎ払うようにスミレは横に振るう。光弾と炎弾が真っ二つに割れてスミレの横を通り過ぎて背後で爆発した。
「スキル『神速』」
スミレは左足に力を込めてリンゴとの間合いをつめる。見惚れてしまうほど美しい半円の弧を描き、リンゴの胴体を斬りようとする。
リンゴは一歩下がると刀の軌道から紙一重で逸れた。赤黒く染まった短剣の刀身を反転させてスミレに投げつける。
「スキル『変わり身の霊体』」
虹色のグリッチが掛かり、短剣はスミレの胴体に刺さった。しかし、ポンっと白い煙が漂って短剣が突き刺さった丸太が現れる。
「むむ! 小狡い!」
リンゴらしからぬ悪態をつく。
観客席で観戦していたアヤはケーキを飲み込んで声が漏れる。
「なんか忍者みたいなスキルだ」
「あれは[侍]の
珈琲をちまちまと啜りながらノワールが答える。
「侍……なんか色んな
「今のところ職業は全部で14個あるそうだ。その中で侍はちょっと特殊でな。条件が揃わないとなれない職業なんだ」
私は少し気になってノワールに聞いてみる。
「どんな条件なんですか?」
「侍になりたいのか?」
「別にどっちでもいいです。機会があればなりますけど」
「……まぁいい。とりあえずタダで教えるのもあれだから一切れケーキくれ」
「やっぱり遠慮しときます」
「……珈琲一杯つける、これでどうだ」
私はケーキをあげるかどうか迷った。でもまだストックが一種類100個くらいあるし、あと口の中が糖分で甘ったるし、リフレッシュしたいから一切れきってノワールに差し出した。
「いや、ほっそ!? 分厚い画用紙くらいしかないぞ!?」
「ちゃんと一切れのケーキですよ。早く珈琲ください」
「どんだけ俺にケーキやりたくないんだよ」
「お互い様だと思いますよ。ノワールさんが珈琲あげるの嫌なら私だって同じ気持ちですもん」
「珈琲一杯やろうとしただろ」
「嫌そうな顔してましたけど」
「くぅー、お前とは反りが合わないわ」
「あ、その意見は私も同じです。ちゃんと合うところありましたね」
「合うところがマイナスなんだが」
結局、珈琲三杯で手を打ってちゃんとしたケーキの一切れをノワールに渡す。
「侍のなる条件だが二つあってな」
ショートケーキの上にあった苺を頬張ってノワールはリンゴ達の戦闘を眺める。
「一つ目が侍のNPCから受けれるクエスト。真剣白刃取り勝負だ」
ノワールはケーキにフォークを差し込み、一口パクリと口に入れる。
「クエストの内容は十本中三本受け止められたら成功だ。まぁ報酬が貰えるだけで、侍の職業の推薦を貰うためにはさらに五本受け止めないといけないんだがな。まぁそれがマジでムズくて、あそこにいる偽魔女さえ諦めたらしいからな」
アヤは「え」と息を吐き出して驚くとノワールは話を続ける。
「機械だから勘で読み切れないのかもな。まぁそんなことは別にどうでもよくて、侍NPCの攻撃がランダム性が高くてトライアンドエラーの繰り返しをしても、人生で運極振りしてない限り無理だ。だから侍の職業になってる奴は相当運が良い奴か、本物の実力者でない限りなれない職業だ」
私は恐る恐るもう一つの条件を聞く。
「じゃ、じゃあ二つ目は?」
ノワールは空を見上げて腕を組む。
「嘘か本当か分からんが中の人と戦うらしい。ああ、中の人は運営のことな。それで一戦して1ダメージでも与えれば合格、と提示版に書いてあったな。ま、本当かどうかわからんが」
私はスミレの姿を視界に捉える。スミレに勝てたのは奇跡だったのか。もし次にスミレと戦ったら確実に負けるかも。
ノワールはわなわなと唇を震えるアヤをチラッと見て視線をリンゴ達に戻す。
「スミレの実力は相当なもんだ。不意をつくか、レベル差つけるか、小狡い戦法やんなきゃ勝てんくらいに反射神経と判断力が異常なんだよ。でもお前は真正面からスミレに勝っただろ? 普通に考えたら奇跡と思わなくもないが、俺は実力があったからこそ勝ったと思ってる。あのアーカイブはスミレの実力を知ってる奴からして見たら殲滅姫とあだ名がつくのも納得がいくもんだ」
「……褒められてる?」
「そう捉えてもらって構わない」
ノワールを驚嘆の声を小さくあげてニヤリと笑みを浮かべる。
「どうやらこっから本番みたいだな。偽魔女が本気モードの武器に変えたぜ」
私はリンゴを見ると私と戦った時に使った真紅に染まった絶妙な曲線のダガーを装備していた。
「スキル『
リンゴの手先と足先が焼け焦げたように黒く染まり、赤く血管のような紋様が浮かび上がった。
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