超人気アイドルですが、VRMMOで殲滅姫と呼ばれています
冬油はこ
一章 私は生きている
第1話 アイドルだってゲームする
アイドルはいつだって戦争だ。
人気が出ればファン達から熱いラブコールを受け、人気がでなければ底のない泥沼に溺れ続ける。そんな厳しい世界でなぜアイドル稼業を続けるのだろう。
ちやほやされたいから? 誰かに愛されたいから? 人々を魅了したいから? お金が欲しいから? 考えたらキリがない。
私はどうかって? そうだね……辞めれなくなっちゃったからかな。
いや、辞めようと思えば辞めれるんだけど、そんなことしたらマネージャーになんて言われるか。だから私は我慢してずっと舞台に立ち続ける。でも私だって人間だ。堪忍袋の緒が日々細くなっていくのを心の中で実感している。
尊敬、嫉妬、好意、好奇……様々な目で私を見てくる。そんなのが毎日に続いたらと思うと肌が老けてしまいそうだ。
だからマネージャーに相談してみたら「甘い物でも食べてリラックスしたら?」と女子にとんでもない爆弾をふっかけてきた。
は? こちとら糖質制限して体重維持してるんですけど? ただでさえストレスで太りそうなのに甘い物食べたらマッハで豚になりますよ? 豚が踊っているステージ見たいんですかあなたは。
なんて言えるはずもなく「いいですね」とアイドルスマイルで打ち合わせ話を続けたのだった。
◆◆◆◆
仕事を終えた私──笹川綾香は夕暮れ時の駅に向かって帰宅中だ。こんな時間なのだから満員電車は確定だろう。
「だるい……死にてぇ」
マスク越しからアイドルとは思えない愚痴をこぼす。
こうなったらマネージャーの言う通り甘い物食べて太ってやろうかな。この一帯のスイーツを食べ尽くせるほどお金はあるし、責任は口頭したマネージャーに押し付ければ問題ないでしょ。
そんなことを考えていたらあるビルの巨大スクリーンにとあるcmが映し出される。
『前代未聞の新感覚フルダイブvrmmoゲーム! その名もfirst fantasy online通称FFO! 自分の個性を生み出すFFOに笹川綾香もときめきだよ! みんな是非プレイして遊んでね! 私との約束だよ♡』
そのcmが流れるとヒソヒソと声が聞こえてくる。
「今日も可愛いな笹川綾香」
「だよな。神が作り出した芸術つうか、人間を超越してるって感じがするぜ」
「そうか? アイドルなんて客寄せパンダだろ」
「お前な。画面の向こう側で恋するより現実で恋しようぜ?」
「別にいいだろう。とりま今日も帰ったらFFOやるのか?」
「おうよ。お前も俺達と一緒にイベント受けにいかないか?」
「まぁあの限定イベントうまいし、少しなら付き合ってやるよ」
三人組の男子高校生はお互い笑いながら駅へ向かっていった。
それを妬ましそうに笹川は見ていた。
「いいな。学生は気楽で」
いや、私も現役JKだけど、青春のバラ色はアイドルという強烈なバラ色で塗りつぶされてるんだよね。私だって青春したいよ。友達と一緒にオシャレしたり、スイーツ巡りしたり、お泊まりしちゃったり……なんてね。
そんなイケイケJKになりたい人生でした。
「ああクソ。憂さ晴らしに何か買って帰ろ」
重い足取りながらも何かないか周りを見渡す。
するとある物が目に飛び込んでくる。
「うわぁ……私の等身大パネル」
何度か見たことあるけど、今回のパネルは一際目立ってるというか、あざとい。自分でいうのもあれだけど、こんなアイドルいたら世も末だ。
「笹川綾香もFFOプレイしてますって私一度もプレイしたことないんだけど。CMしか出たことないんだけど」
虚偽申告していいですか? ここに本人いますよ? 訴えたら百パーセント私が勝ちますよ。
「……はぁ、もうなんでもいいや。これ買って暇つぶしにでもしよ」
特に欲しかったわけじゃない。ただ疲れが溜まって早く家に帰って寝たかったし、散財してちょっとはストレス発散になるだろうと思ったからだ。少し意識が朧気だったからか、ゼロが五桁並んでみえたけどたぶん気のせいだろう。財布に入れていた十五人の諭吉が全て消えていたのに気がついたのは朝日が昇ってからだった。
◆◆◆◆
「ただいまー」
誰もいない薄暗い家で静かに響く。
靴を脱ぎ捨てリビングに続く扉を開けて、灯りをつけるとテーブルに一枚の紙が置かれていた。
『綾香へ
結婚記念日を迎えたので、しばらくの間お父さんと一緒に旅行に行ってきます。体に気をつけてね。あと何かあれば電話してね。
P.S.
アイドル活動に精を出しすぎないように。あなたは優しいからたまには休んで自分のための休日を過ごしなさい』
そんなことが書かれていた。
「いや、自分のための休日って。そんなの寝る以外何もないよ」
休日があったらがっつり寝るだろうね私は。まぁ休日に何すればいいか忘れちゃった哀しき女子高校生なんですがね。
「ああー腹減った。何か腹に溜まるもん食べて寝よ」
とりあえず冷蔵庫に入っていた余り物のカレーを食べる。それからお風呂に入って歯を磨いてスケジュールを見て目覚ましかけてベッドに潜り込んだ。
だけど私はちょっと寝付けが悪かった。子供の時からなんだけど、気分転換してからじゃないと寝付けないのだ。
「あぁもう。どっかでひと暴れしてぇ〜」
体をじたばたさせていると手に硬い何かが当たる。目をそっちに向けると袋に包まれたFFOと呼ばれるソフトとVRヘルメットがあった。
「……少しやってみるか」
ゲームなんて小学生以来かな。あの頃は画面だけの世界だったのに今はフルダイブとかという現実と同じような世界を体験できるようになったとマネージャーから聞いた。
私はヘルメットのようなゲーム機を装着してダウンロードボタンを押す。
ロード画面がしばらく続いてその間に適当に説明書を読んで時間を潰した。
完了の画面が出たあとプレイしますかと選択肢が出てくる。
「プレイしますっと」
途端、視界が真っ黒に染まり私は別世界へ誘われたのだった。
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