第4話 アヤと魔女

真っ白な視界が解けてあの噴水近くにアヤは立っていた。


「おおー、戻ってきた」


さっきぶりだけど何だか懐かしく感じる。


「さて、まずは回復しないと」


といってもどうすればいいかさっぱりだ。

ヘルプに何かないか探すが、ずらーっと並ぶ情報量の多さにそっとパネルを閉じた。


「これ聞いた方が早いね」


辺りを見渡して行き交う人々の誰に話しかけるか悩む。ふと一人の少女がアヤの目に留まった。


「あの、すみません」


しかし、そのプレイヤーは振り返らない。


「あの! そこの魔女さん!」


魔女の帽子に紺色のローブを羽織った青髪の少女がくるりと振り返り、キョロキョロと辺りを見渡して、自分に指をさした。

アヤはこくりと頷くと魔女は無表情のまま口を開く。


「なに?」


「HPとMPの回復ってどうすれば出来ますか?」


魔女はじっーとアヤを見つめて、何か納得したようにポンと手を叩く。


「それなら教会に行って祈るといい。タダで全回復できるからお得。場所はあそこの道を右に曲がって真っ直ぐ行けば着く」


私はぺこりとお辞儀して笑顔を作る。


「ありがとうございます」


「ん、迷える初心者に教えるのも上級者の務め」


魔女は手で何か操作すると、両手を添えて緑色の液体が入った瓶が現れる。


餞別せんべつ代わりにこれあげる」


魔女はアヤに向かって差し出して、アヤは神妙な顔つきになる。


「いや、タダで貰うのは」


「ならフレンド登録。女性同士仲良くしておきたい」


「え、でも私が男って可能性も」


「ネカマはいない。アバターは現実と同じ性別」


「でもでも女っぽい男って可能性も」


「プレイヤー表示で性別、名前、称号を確認できる。やり方は目を合わせて3秒見続ける。モンスターも同じ」


そうなんだと相槌を打ってアヤは魔女からフレンド登録の承諾を受け取る。断ってもまた送り付けて来そうなのでアヤは魔女をフレンド登録した。


「リンゴールド……さん?」


「私の名前。皆んなからリンゴと呼ばれている。だからリンゴと呼んでほしい」


「は、はぁ」


何だか話しかけちゃいけない人だった? でも悪い感じはしないんだよね。


「アヤ。なるほど自分の名前の一部から取った感じ?」


「はい、そうです。リンゴさんみたいにユニークは名前全然浮かびませんでした」


「さん付けいらない。敬語いらない」


「じゃ、じゃあリンゴ……これでいい?」


「ん、グッジョブ」


リンゴは無表情ではあったが、嬉しそうに手をサムズアップしてアヤに小瓶を渡す。

アヤはリンゴからアイテムの譲り方、しまい方、渡せるアイテムの種類等を教わった。


「何か困ったことがあったら連絡して。やり方はフレンド欄から電話マークのボタン押せば会話できる」


「何から何まで教えてくれてありがとう」


「ん、教えるの楽しかった。じゃあ、またいずれ」


アヤは手を振るとリンゴも手を振りながら人混みの中に消えていった。


「それじゃあ、教会目指していきますか!」


魔し……リンゴに言われた通りに道を進んでいく。フランスのような建物が立ち並び、見ていて飽きない風景だ。


「ここかな?」


十字架に鮮やかに彩られたステンドグラスが装飾された大きな建物。中に入ると大きな石像が光に照らされて神々しく輝いている。


「回復は確か祈ればいいんだよね」


リンゴの言う通りなら手を合わせて祈ることで回復する。すると緑色のオーラが纒わりついて、私は簡易メニューを開いた。


「回復してる」


祈るだけで傷が癒えるってゲームだなぁ。このままり現実の心身も癒してくれたら毎日ここに通いつめるんだけどなぁ。

そしてしばらくしてHPとMPが全回復していた。


「これでオッケかな。ふわぁ……そろそろ現実に戻ろっかな」


小さな欠伸をしながら目を擦る。思ったよりゲームを楽しめたので、また遊びに来ようとアヤは思い、ログアウトボタンを押してFFOから姿を消した。



◇◇◇◇◇◇◇◇



アヤがゲームからログアウトして数十分経った中、魔女帽子を被った青髪の少女がとある武具屋に来店する。


「やっと来たな、リンゴ」


大柄な赤茶色の短髪の男がニヤリと嬉しそうに笑う。


「ん、来た」


「予定より二十分遅刻だぞ。何かあったのか?」


「めんご。初心者の子にFFOのこと色々教えてた」


「へぇー、どんな感じの子だった?」


「ん、とても可愛いくて教え甲斐のある子。それとスライムの殺戮者だった」


「ああ、やたら入手するの面倒いあの称号をか」


「ん、たぶんスライムに親を殺された子」


「現実に生きたスライムはいないつーの」


大柄な男はビシッと指を伸ばしてツッコミを入れる。


「でも考えると妙だな。合計スライム数を五百匹倒して十五種類のスライムの討伐となると、それを初心者ができるのか?」


リンゴは顎に手を当てて考え込む。


「ちょっと分かんない。だからスライムに親を殺された子」


「スライムは現実にいないつーの」


二度目のツッコミを入れて大柄な男は顎髭をいじる。


「考えたんだがその子が実は上級者で、縛りプレイで初心者装備をしていたって線はあるか?」


「だったら私に聞いてこない。それにアヤは生まれたての雛鳥ひなどりみたいにプレイ時間短め」


「アヤ? ああ、その子の名前か」


「ん、アヤとはフレンド同士。そこからアヤのプレイ時間見た」


「フレンド登録したのか。それならゲームがバグってない限り信憑性高いな」


「私の推測は始まりの草原。そこでスライムの親玉達と戦った」


「あれか。初見殺しのスライム軍団」


大柄な男は懐かしそうに顔を上げて天井を見上げる。


「馬鹿みたいに多くてしかも選り取りみどりに種類が豊富。さらに逃げられないボス戦仕様。そしてスライム一匹一匹が攻撃してくる。運営は何をとち狂ってあんなの作ったのやら」


「初期ステージに隠し要素がある感じ。でもあれは初見殺しすぎる。だけどスライム百匹以上連続討伐してボス出現させる人少ないからまだ被害は少ない。クソ仕様ではあるけど」


「最後口が悪いぞ。気持ちは分かるが」


リンゴはぷいっと顔を横に向けて話を続ける。


「それよりラックスライム狩りに行く。だから固定ダメージナイフ売って」


「それなら一本50万ギルだ」


「半額でお願い」


「ダメだ。ここんとこ限定イベントが続いてるせいで固定ダメージナイフは品薄状態なんだ」


あまりの硬さにどんな攻撃も1ダメージにしてしまうラックスライムを倒す方法として固定ダメージの武器で倒すのが鉄板になっていた。それをアヤは露知らず、固有オリジナルスキルだけで倒す前代未聞の難業をしていたことに本人は全く自覚がなかった。


「ケチ。転売ヤーに横流しした男。脳筋はすぐに目の前の利益に飛びつく」


「お? やるか? PvP申し込むぞ?」


「望むところ。そっちは固定ダメージナイフの半額。私はラックスライムの魔石をタダで譲る」


「マジか。それはやる気がみなぎってくるなあ!」


大柄な男は横に置いてあった大盾を取ってカウンターから体を乗り出す。


「今度は勝つぞ!」


「手加減はしない。だから全力でかかってくるといい」


大柄な男と魔女っ子の決闘は人知れず繰り広げられたのだった。

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