第23話 偽魔女の好奇心

リンゴの脳内メーカーの八割は好奇心の塊で出来ている。そして好奇心からくる関心のあるモノには非常に意欲的だ。特にに反応したなら更にリンゴの好奇心を沸き立たせる。

だが、その中に含まれたモノは手で数えられるくらいに少なく、また執拗に接してしまうこともしばしばあった。


「カヤックの武具屋よりフィールド大きい。だから腰抜けたら責任はとる」


リンゴは家の奥にある金細工の扉を開ける。

カヤックの武具屋より倍近いコロシアムにアヤ達は息を呑み、意味もなく周囲を見渡す。


「さ。立ち止まってないで中に」


アヤとイノンはリンゴに押されて半ば強引に連れられる。


「……どうして私まで」


イノンは血の気の引いた顔でとぼとぼ前を歩く。


「イノンはアヤのサポート。じゃないと不公平になるから」


リンゴの自信満々な息遣いに何とも言えなくなったイノンはアヤに助けを求める視線をおくった。しかし、アヤも困惑気味であった。


「と、とりあえずリラックスしよう」


「……無理よ。リンゴールドさんと戦うって想像しただけで吐きそう」


FFOに嘔吐という機能はない。しかし、もしあったら確実にイノンはここで吐いていたのは間違いない。


「それにアヤちゃんが二位のアヤさんだったことに驚きすぎてリアルフリーズしてたわ」


「そ、それは……騙すような真似してごめんなさい」


「いいえ、私が信じていればもう少し驚かずにすんだから…………それに何者であってもゲームの楽しさを教えてくれたアヤちゃんに私は感謝してるの」


「イノン……」


お互い見つめ合い、背景に花が咲きそうな感じの雰囲気が微かに漂う。イノンはすぅーと深呼吸をして両頬を思いっきり叩いた。


「よし! 弱気な自分リセット! そしてリンゴールドさんに勝利してあのお宅をゲットするぞ!」


「え!? あの家ゲットする約束してないよ!?」


「じゃあ今から! リンゴールドさん、いいかしら?」


「ん、おっけ。負けたらあの家にあるもの全部あげる」


リンゴは「でも」と続けてアヤに視線を移す。


「負けたらアヤがクランマスターすること」


「私がクランマスターしないとダメなの?」


「ん、じゃないと殲滅姫の情報教えない」


「わ、分かったよ」


「それと二人は私のお願いごとを一つ聞くこと」


「そのお願いって?」


私が聞くとリンゴは唇に人差し指をつける。


「内緒。変なお願いじゃないからそこは安心して」


「安心、ね。私は不安と困惑で胸いっぱいだよ」


リンゴは微笑を浮かべる。


「あ、やっぱり戦うのやめていい?」


「む!? ここまで来てそれはどうかと」


「だよね」


「もちろんハンデはつける。アヤが倒れるまでイノンには攻撃しない、レベルは50に統一、私はアイテム使用不可、私の固有スキルは15分間使わない、これでいい?」


私は思考を巡らせて声に出す。


「どうして私が倒れるまでイノンに攻撃しないの?」


「相打ちになっても味方が残っていれば、そっちに勝利の女神が微笑む。あと見た感じイノンは祈祷師ヒーラー?」


イノンはコクリと頷く。


「じゃあ、おっけ。回復手段があればアヤ達が有利になる。本音を言うと少しでも長くアヤ達に語りたい」


「……なるほど、リンゴらしいよ」


リンゴは少し目を見開きいてニコッと笑いパネルを操作する。


『リンゴールドからPvPを申し込まれました。対戦しますか?』


『はい』と押してカウントダウンが始まって私は大鎚を構える。


「ふふ、アヤと戦うの心待ちにしてた」


「心待ちにできるほど私は強くないよ」


「そんことない。アヤは強い。私はアヤ……いや、アヤとイノンに私という存在を覚えてもらいたい。そして」


リンゴは口を閉じて小さく首を横に振る。


「やっぱりなんでもない」


リンゴはそう言ってローブの中に隠していた武器を取り出す。


鋭利で漆黒に輝き、槍のように尖った二つの短剣。二つの短剣の柄頭にちぎれた鎖が振り子のように揺れて時を刻む。

魔女の格好をしながら二つの短剣を構えるその姿は異彩を放っていた。


「私の職業は斥候せっこう。これでアヤ達は私の職業を知った。これでフェア」


リンゴ自身はアヤ達の職業を知っているのに、アヤ達は自分の職業を知らないという不公平をなくした。彼女にとってPvPは公平で自身の価値を示す場所と認知しているからだ。

彼女は悪魔のような、しかしどこか無邪気な子供のように口元を綻ばす。


「さ! 存分に語り合おう!」


カウントダウンがゼロになったと同時にリンゴはアヤに向かって高速で走り出す。


「スキル『盲目な黒霧』!」


リンゴの周囲から黒い霧が吹き出し、辺りが黒い霧に覆われる。

黒い霧の中が全く見えずアヤ達は身構えてしまう。だが次の瞬間、黒い霧からリンゴが人飛び出してアヤ達に向かってくる。


「「え!?」」


二人は一驚して武器を掴んだ手が僅かに緩んだ。


「どれが本物!?」


アヤは視界に映る四人のリンゴに思考を惑わさせる。


「こうなったら! スキル『激情の破鎚』!」


HPを半分消費し、地面へと叩きつける。

アヤを中心に光の亀裂が走り、四人のリンゴは光に包み込まれる。しかし、勝利のパネルが一向に現れない。


「……! アヤ、上!」


味方であるイノンはアヤの攻撃を受けない。そのおかげでアヤの一撃のさなか、リンゴを見つけることに集中した。四人のリンゴが倒され、黒い霧が吹き飛ばされても本物のリンゴの姿はなかった。イノンはまさかと思い、頭上を見上げると黒い影がこちらに向かって急降下してくるのが見えた。


「……っ!」


だが、アヤはまだ攻撃の最中で回避に回れなかった。


「スキル『大天使の堕涙』!」


咄嗟にイノンは蘇生魔法をアヤにかける。

と同時に空中から小さく声が聞こえてくる。


「スキル『鮮血の刃』あんど、スキル『雷光の裁き』」


片方の短剣が真紅のオーラを纏い、もう片方は青く輝きを放ってアヤの頭上から足先まで引き裂いた。

パリンと割れる音と純白の羽根が周囲を舞う。


「スキル『メテオストライク』!」


アヤはスキルを口にして反射的に大鎚を振り下ろした。


「スキル『飛翔』」


リンゴは勢いよく空中に飛んでアヤの攻撃範囲から離れる。

煌びやかな粒子が辺りに飛んで、リンゴはホッと一息ついた。


「危ない。アヤの攻撃、一発でもくらったら即ゲームオーバー」


リンゴは空中で一回飛び跳ねて軽快に地面へ着地する。


「なにそのスキル!」


アヤはリンゴに向かって大声で叫ぶ。


「二段ジャンプ出来るスキル。便利だけどMP消費激しいし、リチャ長いから連発できない」


「それもすごいけど! リンゴが四人に増えた方がすごい気になるの!」


「ふふ、アヤ達だけに特別。私が四人になったのは〈水月鏡花〉ってスキル。MP消費に応じて分身体を増やせる。でも攻撃はできない。だから騙す用のスキル」


リンゴは短剣を構える。


「大抵の場合、防御に回るのにアヤは攻撃に回った。範囲攻撃で避けようがなくて、飛翔を使わせられたのも痛手。それにイノンが蘇生魔法持ってたことに戸惑いを隠せない」


「「本当にそう思ってるなら顔に出してほしい(わ)!」」


無表情なのにどこか愉しげなリンゴは口を開く。


「ふふ、二人いい反応。今まで一番いい表情してる。さて、スキル『武器交換』」


リンゴの短剣が光の粒子となって消えて、変わりに光の粒子が集まってどす黒いオーラを纏った赤黒の剣が現れる。


「ここから第二形態。まだまだ第三、第四の形態がある。どこまでいけるか楽しみ」


リンゴから放たれるプレッシャーに二人は後ずさってしまった。

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