第20話 悪役令嬢ローズの告白 ✳︎ カイル視点

「ローズ。落ち付いてどういうことか話してくれるかい?」

 さっきの転移の影響で混乱しているのだろうか?

 それなら早く、お医者様に見せないと。


 身体に影響が出るようなことをお父様が許可するわけないから、なにか不測の事態が影響しているのかも。


「ローズ、何処か具合が悪い所はある?」

「カイル兄様。身体はどこも異常ありません。ただ、思い出したのです」

「思い出したって何を?」


 訳が分からず聞けば、ローズはうつ向いたまま、自分の手をじっと見ている。

 唇を、ギュッとかみしめているせいで、血が滲む。


「カイル兄様。私の話を信じてくれますか?」

「もちろん。ローズのことを疑う事は絶対にないよ」

「わかりました。兄様を信じます」

 真っ直ぐに僕を見るローズは、何故かすごく大人びて見えてちょっと戸惑った。

 ふわふわで、甘えん坊のローズ。

 僕の大切な宝物のローズ。

 それがなぜか、全くの別人に感じる。


「座って話そうか」

 僕はローズの手を引き、絵の下に置かれたカウチに並んで座る。

 ポッと、カウチの横に置かれたステンドグラスのランプに明かりがともり、ローズの真剣な顔を照らす。

 頬に長いまつ毛の影が落ち、よりいっそう表情が暗く見える。


「心配しないで話ごらん」

「兄様。私、前世を思い出しました」

「は? ゼンセ?」

 自分でも、ローズが何を言っても驚かないで安心させてあげようと思っていたけれど、変な声が出てしまった。


「ゼンセって何だろう?」

「カイル兄様。前世をご存じでない?」

「うーん。今の世界より前ってこと?」

「若干違います。この世界では死後、生まれ変わりとか輪廻転生とかそう言った思想はありますか?」

「死後? いや、そう言った思想みたいのはないと思う」

 人間は死ねば安らかな眠りにつき、先祖を見守るものになるのだ。


「そうですか、では信じられないかもしれませんが、私の魂はローズになる前に違う人間として生きた記憶があるのです」

「違う人間て誰だい?」

朝倉幸あさくらさちという女の子です。彼女は病気で亡くなりましたが、その彼女が好きだった本に、この世界はそっくりなんです」


「ごめんローズ。まったく理解できない」

 それから、ローズは沢山のこれから起こるであろうという出来事をしてみせた。

 何処か嘘くさいのに、つじつまが妙に会う話。

 ローズが絶対に知りえない人物の話を事細かく説明してくれる。

 真剣に話すローズは、やっぱり今までのローズではないような気がして、それが彼女の言っていることが真実であるように感じさせた。


「つまり、ローズは第三王子であるカルロ殿下と婚約するが、婚約破棄される。それに怒って、ラテラの街を焼き尽くし逃げてきたうちの領地で戦争を始め焼け野原にすると」

「このままだと、そういう事になります」

 半分以上理解できなかったが、真剣な眼差しのローズは嘘をついているようには見えない。


「カイル兄様。シナリオ通りの悲劇が起きないように、私の味方でいてくれますか」

 真っ赤なよく知る瞳で、真っ直ぐに見つめられ僕は覚悟を決めた。

 目の前にいるローズは、本当のローズじゃないかもしれない。

 魔法で操られたり、なにかに取り付かれているのかもしれない。

 それでもいいや。


 ふわふわの甘えん坊のローズじゃなくても、目の前にいるのは僕のかわいいローズ。

 君に味方でいて欲しいと頼まれて断るはずがない。


「誰が、何と言おうと僕はローズの味方だ」


 その言葉に、ローズが花がほころぶように笑った。


「ありがとう兄様」


 *


 あれから4年。

 いまだ、理解できないことは多いけれどローズの話は嘘ではないと、数々の出来事が証明している。





「お父様には、今の話は領地に来るときの転移で啓示があったということにしよう。予知みたいな感じで小出しにしていけばいずれは信じてくれるだろう」

 とてもじゃないが、前世の魂とか。乙女ゲームなんて言う話は信じてもらえそうもない。


「わかりました。まずは領地を襲う魔物の奇襲なんていうのはどうでしょう?」

「魔物の奇襲?」

「はい。アルデンヌ公爵家が乙女ゲームが始まるまでにある程度、派閥を弱めるために設定されたものです。魔物の襲撃から干ばつ。そしてお母様の死です」


「お母様の死!」

「はい。そうです。私の我儘のせいでお母様は事故に巻き込まれ死んでしまうのです」

 泣きそうな顔で、ローズはドレスを両手をギュッと握りしめ、僕を真っ直ぐに見つめる。


「大丈夫です。絶対にそんなことはさせませんから」

 決意にも似た言葉は、とても10歳とは思えないほど頼もしかった。


 その言葉通り、後日、王宮で開かれるダンスパーティに向かう母を、ローズが仮病を使い引き留めた。

 前世では、一緒に行くと駄々をこね出発が少し遅れる。

 王宮に続く通りで暴動が起き、巻き込まれた貴族の馬車で死人が出たそうだ。


 母は死なずに済んだが、その知らせを受け僕は冷や汗が出た。

 それまで半信半疑だったものが、確信へと変わる。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る