第23話 狐狩り


「それはいつどこでですか?」

「10日後、サンフレッチェの森だ」

「10日後……それはまたずいぶん急ですね」

 普通、獣狩りは1カ月は前から招待状が贈られる。

 参加人数によっては規制区域を拡げたり、警護の人数を増やすためだ。

 王族が参加するものは何度も下見がされ、暗殺などにも細心の注意が払われる。


「招待状はもっと前に届いていたようだけど、お父様は不参加だし年齢制限で僕はまだ出られないから」

 なるほど。

 忙しいお父様が悠長にキツネ狩りなどしている暇はない。


「ただ、今回は来年からまた王家主催の狐狩りを復活させるための下見を兼ねて急遽参加することになったらしい」

「ちょっと待って、それってサージェ様が提案したことですか?」

「ああ、以前にフェリシアが狐のコートが欲しいとかおねだりしていたからじゃないか? まあ、狐狩りは王家の伝統でもあったからね。それを復活させて皇太子候補としてアピールするつもりだろ」

 お兄様がわずかに顔をしかめる。

 面倒ごとを押し付けられていたんですね。


「それにしても、狐狩りって何かイベントがあったような気がするけど、思い出せない……」

 うーん、と唸る私に「ローズ」とお兄様が現実へと引き戻してくれる。


「今回は家門ごとにテントを張りお母様もお茶会を開くことになった」

「本当ですか?」

 やった!

 通常の狩なら女子供おんなこどもは見学することはできないが、規模の大きな狩りでは獲物を恋人や夫人に捧げるという風習があり、女性陣は狩りが終わるまでテントでお茶会を開くのだ。

 もちろん、舞踏会と違い子供でも参加できる。


「なんとかフローズン卿と話をするわ。ねえ、お兄様。サージェ殿下が来るなら、クレイドも参加するのは無理かしら?」

「それは厳しいな」

「そう」

 同じ王子なのに……日陰の身ってわけか。


「まあ、今回はサージェは僕に借りがあるからね、うまく誘導してみる」

 お兄様は黒い笑みを浮かべた。



 *



「ローズ、その格好は何?」

 いっしょに馬車に乗り込もうとしたとき、お母様は私にダメ出しをした。


「今日は私のお茶会なのよ。きちんとドレスを仕立てたでしょ」

 確かに、今日のお茶会にとドレスを作りましたよ。

 こてこてのキラキラね。

 あんなヒラヒラのドレスを着ていては、フローズン卿を探せない。


「でもお母様、初めての狐狩りですし、近くで見るには乗馬服が一番です」

 実は乗馬は得意中の得意ですし。

「そんなもの見ている暇はありません。あなたはいったい何をしに行くつもりなのです?」

 そりゃあ、フローズン卿にクレイドのことを頼みにですよ。

 とは、このところのお母様のお茶会にかける意気込みを見ているので言えない。

 それにそんなことを言えば、お留守番が決定する。


「わかっているでしょうけど、今日は女の戦いなのよ。汚くて埃っぽいテントの中で、いかに優雅にお茶会を進行するのかが腕の見せ所なんですから。間違ってもありきたりだなんて言われないように、細心の注意を払わないと」

 お母様が鼻息荒く宣言するが、そんなに意気込まなくても大丈夫だと思う。


 毎回お母様のお茶会は評判が良くて、社交界では右に出る者もいない。

 お母様が白と言えば白だし黒と言えば黒になるくらいなんだから。


「それともう一つ大事な事は。あなたのお披露目ですから」

「え? お披露目?」

 まさか、社交界デビュー?


「そうですよ。社交界にデビューする前に身内に顔見せです」

 身内とはこの場合親戚とかではなくて、お母様の派閥のことだ。

 よく政治家が地盤を引き継ぐというけれど、この世界でもそれと同じようなことが社交界でもあるらしい。


 まあ、トラブルに巻き込まれずにのんびり贅沢三昧するにはある程度社交界でうまく立ち回る必要があるから。でも今日は私のことよりクレイド優先で頑張らなくては。


 *



 公爵家のテントは湖を見下ろす場所に設置された。

 王族の隣なので、良くも悪くも一等地なのは間違いない。


 テントといっても骨組みのしっかりした快適なものだ。

 紋章を表現した外観は一目でどの家のテントかわかる。王家は赤と金のダイヤ模様で、両脇に王家の旗がなびいている。


「あれって金のドラゴンじゃない……」

「ああ、あれは今の国旗に変わる前のものよ。戦乱が終わって平和な時代が続くことを祈って鷲をモチーフにしたものに変わったんですって。ただ、狩りのときや辺境伯なんかはまだ国旗として掲げているのよ」

 馬車の中でテントの設営を待ちながら、お母様が説明してくれる。


 ビンゴじゃない。

 やっぱり、クレイドの魔力の覚醒に関係するのは金竜で間違いなしね。


「さあ、テントが完成したみたいよ」

 お母様がちょっとうきうきした感じで、馬車を下りて行った。


 アルデンヌ公爵家のテントは藍色にシルバーのダマスク模様が刺繍されているものだった。入り口には獅子の紋章の旗が2りゅう掲げられている。


「想像以上に大きいですね」

 家族の控室として建てられた10畳ほどのテント中は、フカフカの絨毯がひかれて一通り家具もそろえられている。

 なんなら住めるし。


「隣のテントはもっとすごいわよ」

 ドヤ顔のお母様に促され二回りは大きいテントを覗いてみる。


「うわぁ」

 お茶会用のテントは30畳はありそうな大きなもので、中に入り私は思わず声を上げた。

 天気がいいしせっかくの良い景色なのだから外でお茶会を開いくのもありだなと思っていたらけれど、これはありだわ。

 中は色とりどりの花でいっぱいに飾られてまるで草原のお花畑のよう。


「素敵でしょ。湖を見ながらのお茶会もいいけど、これからどんどん狩られた獲物が持ち込まれて外は血なまぐさいから」

 確かにそんなのを見ながらお茶会は無理だろう。

 さすがです。お母様。

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