第24話 お兄様の護衛騎士

 一通り挨拶も済ませた後、お茶会も大成功を収めそうだったので、私はこっそりとテントを抜け出した。


「マリー着替えをお願い」

「かしこまりました。次はどのドレスになさいますか?」

「ドレスじゃないわ、乗馬服を出してちょうだい」

「ですがお嬢様、あれは奥様に禁止されたのではありませんか?」

「大丈夫よ。顔つなぎ頑張ったからもうそろそろ抜け出しても」

 やけにあっさりと、マリーが着替えを出してくれる。

 こっそりと荷物に押し込んであったのに、綺麗にたたまれているところを見ると、お母様もすぐに開放してくれるつもりだったみたいだ。


「うん、これなら動きやすい」

 ついでに髪もひとつに結いあげてもらえば、少年と言ってもいいほど違和感がない。


「お嬢様。くれぐれも、くれぐれも気を付けてください」

「わかってるわよ。その辺を少し散歩するくらいで、森には入らないから」

 まあ、探してる人物がすぐ見つかればだけど。


「馬にも絶対に近づかないでくださいね」

 乗馬服を着ている人間に真面目な顔をしてマリーは念を押す。

 馬に乗らないんじゃぁこんな服着ている意味ないでしょ。

 何を言われようと、抜け出せばこっちのものだ。


「じゃあ行ってくるわね」と天幕を開ければ、そこには護衛のロダンが立っていた。

「ロダン! 今日はお兄様の護衛だったはずよね」

 栗色の髪に、はにかむと左にえくぼができる彼はとても人懐っこそうで、頬に大きな傷ができた時は、「これで少しは護衛らしく見えるでしょう」と笑っていた。

 確か騎士学校を出て3年目にしてお兄様の護衛を任されている。

 鍛錬場をこっそりのぞいた時に、思った以上に着やせするタイプのようで盛り上がった筋肉を堪能してしまったことはないしょだ。



「はい、そのはずだったんですがカイル様が絶対にローズお嬢様はじっとしていないからって……」

「うっ。見透かされている」

 今日も、出かけに散々念を押された上に、先ほど願掛けの刺繍のハンカチを渡すときにもしつこいくらい「大人しくしているように」言っていた。

 全然信用されていないのね、私。


「まあ、仕方ない。ついて来ていいわ」

「はい」とロダンは嬉しそうに返事をして私のあとを歩いた。

「もしかして、狩りは苦手?」

「どうしてわかったんですか?」

「そりゃあ、わかるわよ。私の護衛を押し付けられてそんな嬉しそうな顔してれば」

「すいません。私は男爵家の三男なもので、小さな時から貴族のたしなみより剣を握っていたので、かわいらしい動物を射止めるのはどうも性に合わなくて……」

「ふーん。まあそうよね。私も狐狩りは苦手」

「お嬢様」

「ん? 何?」

「あの、このままいけば王族のテントですが」

 ロダンが、珍しく遠慮がちに確認して来る。

 私とロダンは隣といっても50mほど離れているテントに向かって湖を歩いていた。

 王族のテントだけあり、外にはずらりと護衛が並んでいる。

 向こうからも見えているはずだが、まだ咎められずにいることを思うと私が誰なのかわっているようだ。


 アルデンヌ公爵家のテントから、この真っ赤な髪で歩いてくる少女は一人しかいないもんね。

 流石に大声で怒鳴りつけるわけにはいかないでしょう。



「お嬢様。ここから先は許可が無くては立ち入りできません」

 近衛の真っ白い制服を着た騎士が、私に優しく話しかけてきた。

 こころなしか、後ろのロダンを睨みつけたような気がしたが、エリートの近衛と公爵家の騎士に接点はないよね。


「そうなんですか。でも、カイルお兄様から殿下に貸した本を取りに行くよう言われたんですが」

 仕込みはばっちりである。


「かしこまりました。今殿下に確認してまいりますので、少々お待ちください」

 やっぱり気のせいじゃないかも。

 去り際、私に向ける笑顔のあとに、ロダンを睨みつけている。


「ロダン、彼を知っているの?」

 小声で聞くと、「騎士学校の同期です。なぜか、対抗意識をもたれていて」と説明してくれた。

 ロダンから見れば、腕前も家柄も向こうの方が上なのになぜ会うたびに突っかかってくるのかわからないそうだ。


 なるほど、腕前が上っていうのは謙遜かもね。

 男の嫉妬は醜いわ。




「お嬢様。殿下が少々探すのにお時間を要するそうなので、ご一緒にお茶でもどうかと」

 先ほどの近衛が戻って来て、申し訳なさそうに頭を下げた。

 計画通りですから、気にしないでください。


「殿下と! まあ、光栄です」

 私は大げさに飛び上がって喜んで見せた。


「ロダンはお母様に殿下からお茶に招待されたって伝えてきてちょうだい」

「ですが、お嬢様をお一人にしておくわけには」

「あら、大丈夫よ。ここは近衛が護衛しているのよ。何も起きたりしないわ」

「ああ、大丈夫だ。お茶会後はきちんとテントまで送らせていただきます」

 ちょっと意地悪に、近衛兵はロダンに胸を張った。


「では、そう奥様に伝えてまいります」

 ロダンはしぶしぶ私の言葉に従った。

 王族のテントの前でもめ事を起こすのはいくら何でもまずいと思ったのだろう。




「さあ、どうぞ」と迎え入れてくれたのは、殿下ではなくヒロインちゃんだった。



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