第32話 アル

「もちろん、国王の思惑に従う気はない。今までは魔獣の動きも活発だったし、隣国との争いも激化していたからバーンズ領に連れて行けば国王の思惑通りになっていたかもしれないが、今は落ち着いているから心配しなくていい」

「クレイドのことお願いします」

「了承した。クレイド殿下のことも守ると誓おう」

 アイスブルーの瞳は真実を告げていた。

 まあ、聖獣が懐くくらいなんだから誠実な人間に間違いないけど。



「クレイドもそれでいい?」

「ああ」

「では」

 私はそっと青く影を落とす銀色の毛にそっと触れて、魔力を流し込んだ。

 ふんわりと、辺りが温かくなったような気がするのは気のせいじゃない。



「ありがとうございます。ローズ様」

 一瞬の間のあと、ジルバが私にお礼を言ってくれる。


「ジルバ……」

 自分の背丈と同じ高さにあるジルバの首に抱き付きながら、フローズン卿は震えていた。

 もしかして泣いてるんじゃないわよね。


「アル。あなたと話せてうれしいです」

「ああ、俺もだ。お前とはずっと語り合いたかった」

 感無量だというようにお互いに頬をすり合わせている姿は、何となく微笑ましかった。

 フローズン卿にも人間らしいところがあるんじゃない。


「それにしても、フローズン卿の愛称はアルっていうのね。私もそう呼んでいい?」

 調子に乗ってお願いしてみたが、「いいえ駄目です。公爵令嬢と親しいと思われたくありません」とバッサリである。

 なによ! 

 夢をかなえてあげたんだからそれくらいいじゃない。

 と文句を言ってやりたかったが、よくよく考えたら年も離れえいるのに愛称呼びなんかしているところを他の貴族に見られたらあらぬ誤解を招く。


 なんせこの世界、婚約するのに10や20の年の差なんてものともしないんだから。


「まあ仕方ないか」

「いいのか?」

「もちろんよ。あなたと婚約者だなんて思われたら困るから」

「そっちじゃない。まだ私は約束を果たしていないだろう」

「あー、それならいいんです。フローズン卿が約束を守らない人間だとは思いませんから」

「そうか。信じてくれてありがとう。必ず守るから」

 そういったフローズン卿の顔は、今まで見た中でいちばん優しそうだった。


「それにしてもいちご様。どうしてこのような所で罠になど捕まっておられたのです?」

 いちごに「様」付けって、ちょっと間抜けじゃない?

 私はジルバの言葉に吹き出しそうになってしまい、慌てて口を手で押さえた。


「何か正体の分からんものに無理やり起こされたのじゃ」といちごは私を一瞥いちべつする。

「私、いちごを起こしてなんかいないわよ」

「わかっとる。いい気分で光の中で寝ていたら、いつの間にかこの森におって夢うつつのままふらふらして罠につかまってしまっての」

 それは、シナリオの強制力?


「ローズ様はこの森で、ただならぬ気配を感じたのだろう? それが何なのかわからないのか?」

 それはフェリシア様の話を立ち聞きして来たとも言えないから、口から出まかせだし。


「よくわかりません。私はただいちごの気配がしただけです」

「そうなのか」

 クレイドが首を傾げる。

 うーん。キュートだわ。


 話が行き詰まり、沈黙が流れた時、テントの方からラッパの音が響き渡る。

 お昼を知らせる合図だ。


「もう戻らないとだな。詳しい打ち合わせは後日公爵邸に伺います。テントまで送りましょう」

「いえ、いちごもロダンもいるので大丈夫です。それより、いちごのことと今日、私達に会ったことは絶対に人に言わないでください。特にサージェ様とフェリシア様のお二方には絶対にナイショで」

 私は念を押すとフローズン卿に手を振りテントに戻った。


 フェリシア様がフローズン卿を探しているのを知っている上、いちごと契約してしまったのだ。一緒にいるところを目撃されるのは非常にまずい。


 絶対に横取りしたと騒ぎ立てるだろうし、そうなれば譲ってくれと言われかねない。

 いずれバレるにしてもクレイドを巻き込まないようにしなくっちゃ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る