第33話 モフモフを紹介します

「やあ、おかえりローズ……」

 テントに入ると、兄様が人形みたいな完璧な笑顔で出迎えてくれた。


「殿下までいらっしゃっていただき光栄です」

 なんだか背後が真っ黒く見えるのは気のせいだよね。


「すまない忙しい時に私まで押しかけてしまって」

 クレイドは兄様が苦手なのか私の後ろから簡単な挨拶をする。

 この前ハッキリと婚約は認めないとか言ってたし、今は不機嫌オーラがマックスだ。



「お兄様もご無事で安心しました」

 私も兄様に負けないくらいの完璧な令嬢の作り笑いで返事をした。

 ちょっと、頬が引きつるが、ぎりぎり及第点きゅうだいてんでしょう。

 兄様は狩りに出ていたはずなのに、ジャケットにはシワひとつなくブーツはピカピカに磨き上げられている。

 どういうこと?


「クレイド様、昼食後に今後の話し合いに伺おうと思っておりました」

「今回狐狩りに来ることができて助かった」

「いいえ、私の方こそ先日は少し言い過ぎましたので、婚約は承知できかねますが父とも協力は惜しまないと話がつきました」

「ありがとう。貴族からそんなふうに申し出されるのは初めてだ。公爵にもお礼を伝えてほしい」

 クレイドはほっとしたようにお兄様にお礼を言った。

 きっと、今まで本当に心細かったんだろうな。

 これからはアルデンヌ家が後ろ盾になりますからね。


「今から昼食ですので、殿下もご一緒にどうですか」

「ありがとう、実は朝から何も食べてなくて、お腹が空いていたんだ」

 あら、そうだったんだ。

 兄様もクレイドも成長期だものね。

 モリモリ食べてすくすく育ってよ。


「ところでローズ、その変な生き物はまさかと思うけど、フェリシアが探しに行くと張り切っていたものかな?」

 兄様、背景だけじゃなく笑顔まで真っ黒ですよ。

 しかも、なんで兄様が知っているの?


「えーと、何か見えますか?」

 いちごには、私とクレイド以外に姿が見ないようにと頼んであった。実際、ロイドにもうちの護衛にも見えないことは確認済みだ。

 それなのになんで兄様には見えるの?


「ローズと同じ真っ赤な目の白いモフモフ」

 うっ。完璧見えてますね。


「いちごは森で罠にかかっているところを助けたの」

「なるほど。名付けのセンスはないね」

 うっ。


「僕がおとなしく待っているようにのに、お茶会を抜け出して森でモフモフをたぶらかしていたわけか」


 うっ。

「怒ってますね」

「怒っていないよ。ローズが抜け出すのは想定済みだからね。ただ、呆れているんだ。まさかそれはじゃないよね」

 悪魔が存在していたら、たぶん今の兄様みたいに微笑んで近づいてくるんだろう。

 決して目を逸らすことができず、頷くことしか許されない。


「聖獣を横取りしたわけじゃないわ。ちょっと、覚醒を邪魔しようと思っただけなのに。彼女が聖女になれば面倒なことになると思って」

「それで契約しちゃったと」

「まあ、結果的に」

 兄様にはいちごとは契約じゃなくて従属したことは黙っていよう。時の番人のことは説明できないし。


「ん? 待て、それは精霊じゃなくて、聖獣なのか?」

「まあ、一応」

「ローズ。わかってるのか? 今でも精霊が見えて契約まで結ぶものは稀にいるが、それが聖獣となれば世間では伝説の生き物だ。それがこれ?」


 これ、と言われたいちごはのんびりと兄様に向かって大きなあくびをしてみせた。絶対にわざとでしょ。


「でも、フローズン卿も銀狼と契約しているし、案外探せば他にもいっぱい」

「いない」

 そんな速攻否定しなくても、もしかしたらいるかもしれないのに、夢が無いんだから。


「でも、これでフェリシアが万が一聖女認定されても、たいした力は発揮できないってことよ。お手柄でしょう?」

 もともとフェリシアの魔力はそれほど多くない。あれではむりやり王家が押しても教会が認めないだろう。


「まあ、そうだな。だがそいつがうろつくのは不味い。横取りしたなんて知れたら殺されるぞ」

 う、確かにあのヒロインちゃんは危険な匂いがするものね。

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