第26話 ヒロインちゃんはしたたか :

「あの、お父様は私のいうことなんてきいてくれないです。めったにお会いすることもありませんし」

 うそである。

 ゴリゴリ娘馬鹿な父親である。

 たぶん、ローズが嫌だと言えばこれ幸いと王家からの婚約話は断ってくれるだろう。

 でも、そんなことこいつらが知る由もないしね。


「まあ、やっぱり悪役令嬢だから、かわいがられてないのね」

 おい。

 声に出てるぞボケ。

 子供になんてことを言ってるんだ。


「うっ」

 私は泣きそうな声を出してうつむいた。

 たぶん今は怒りの表情が顔に出ている。


「あ、ごめんなさい。じゃあそういう話があったら私にお手紙をくれないかしら。それに、そうね……」

 フェリシアは、手を頬に当てて考え込む。

 悔しいがこんなしぐさもめっちゃ可愛い。


「もしも王族と婚約しなければならないなら、第五王子がいいんじゃないかしら。歳も近いし、彼なら公爵家と結婚しても、に影響はないわ」

 ヒロインちゃん。

 今、私達って失言したの気づいていませんね。

 別に、あなたが私のために考えてくれているとは初めからこれっぽちも思っていませんけど、今の発言で推しを撤回どころか敵認定確定ですから。


 百歩譲って、第二、第三王子と婚約するなっていうのは第一王子が皇太子になるためなんだろうから許す。

 アルデンヌ公爵家が後ろ盾となれば、いくら王妃でもごり押しで第一王子を皇太子にするのは苦労するだろう。

 でも、だからって第五王子、クレイドを引き合いに出すなんて許せない。

 彼が毒殺されるのを知っていて、影響がないと言っているのはあきらか。

 そっちがその気なら、絶対に覚醒させてみせるから覚悟していなさい。


 ふん、いいわ。

 フェリシアが私を利用しようというなら、利用し返してあげましょう。


「あの、第五王子殿下はご病気だとお聞きしました」

「そうなの?」

「いや、病気ではない。ただ、後宮に引きこもっているだけだ」

「そうなんですね。王家と婚約話が持ち上がったら、聖女様のお告げ通り第五王子殿下と婚約したいと話します」

「え!? それは不味いわ。私が予知ができることは誰にもないしょなの」

 慌ててフェリシアが首を振る。


「でも、会ったこともない殿下とどうして婚約したいか聞かれたら何と答えたらいいのでしょう」

「そうね、確かに……いいわ。そのうちお茶会でも開きましょう」

「は? それは無理だよフェリシア。あいつとは全く接点はないし、私の招待なんか絶対に受けないだろう」

 そりゃそうだ。

 サージェ殿下が盛らなくても王妃が絶対に毒を盛ると思うからね。


「大丈夫です。私がご招待するし、それでもだめなら私たちが行けばいいのです」

 その自信がどこから来るのかわからないが、私は「すごいですフェリシア様」と持ち上げておいた。


「わざわざお茶会を開かなくても、後ろのテントにいるはずだぞ」

「え! 第五王子が来てるの?」

「ああ、王族なのに出席しないのは対面が悪いからと……」

「まあ、それは運命ね。帰りに寄るといいわ」

「はあ、でもいきなり訪ねていくのは無礼ではないでしょうか?」

「ふふ、任せて。この世界で私の思い通りにならないことはないから」

 ヒロインちゃんはご満悦に並べられたケーキを私に取り分けてくれた。



 *


「殿下、フローズン卿から返信です」

 護衛が封印された手紙をもって、サージェ様に手渡す。


「フローズン卿から?」

 心の声が漏れたのかと思ったら、聞き返したのはフェリシアだった。

 口いっぱいにケーキを頬張っていてよかった。


「私と狐狩りに同行できないそうだ」

 不機嫌にサージェ様は手紙を放り投げたが、フェリシアは「やっぱり、今日なのね」と立ち上がり、サージェさまの投げた手紙を手に取るとしげしげと眺めた。


「何が今日なんだ?」

「イベントですよ。イベント。時期的に早いので違うかもと思っていたんですが……私は今日とても素晴らしいものを手に入れる予定なんです」


 そっか、やっぱり今日の狐狩りは何かイベントがあるんだ。

 悪役令嬢に関係あることなのかと思ったけど、ヒロインちゃんの方のイベントだったのね。


 それにしても素晴らしいものって何?


「それは何ですか?」

 この際だ、聞いてしまえ。


「ローズちゃん秘密よ。とってもかわいい生き物を捕まえる予定なの」

「かわいい生き物? リスですか?」

「いいえ違うわ、白いもふもふよ」

「白いもふもふ……捕まえたら見せてもらえますか?」

「もちろん。飼いならしたら合わせてあげるわ」

「うわぁ、嬉しいです。楽しみに待ってます」

「ええ、でもそのためにはフローズン卿とどうしても一緒に行かなくちゃならないわ。サージェ様、護衛に命令して連れてきてもらってください」

「そんな、無茶を言わないでくれ。彼に命令することは王子の僕でも難しいんだ」

「大丈夫です。連れてきてもらえば私からお願いしますから」

 ほんと、この人凄いわ。

 真面目に、この世界のヒロインは自分だと思っているんだろうなぁ。

 まあ、その方がやりやすいけど。


「もうそろそろ、母が心配すると思うのでおいとましますね」

「ああ、そうね。ローズちゃん。ここで聞いた話はお兄様にもないしょよ」

「はい。もちろんです」


 サージェ様にも丁寧にあいさつしたが、もう私のことには関心が無いようだった。




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