第46話 決別

「フェリシア様。ラテラ王国の建国の話をご存知ですか?」

 兄様がフェリシアを馬鹿にしたように質問した。

 あれ? もう猫被るのはやめたのかしら?


「勿論知っているわ。3人の英雄が女神の力を借りて大地を浄化し、魔物や隣国から守ってきたのでしょう? その一人がサージェ様の祖先だって聞いたわ」

 ずいぶん大雑把な説明であるが概ね合っている。しかし、これから皇太子妃を狙っている割にお粗末な回答だ。


「ラテラ家の他、残り二人が我がアルデンヌ家とフローズン家の当主だったことはご存知ですよね」

「あら、そうだったの?」

「そうです。建国するにあたり、フローズン家はその優れた武力により辺境を守ることに、アルデンヌ家は国を混乱させないために法を担い、ラテラ家は政治を担当するために王になったのです。その時の取り決めに両家はいつでも好きな時にラテラから無条件に独立できると定められました」

「ふーん……だから?」

「たとえ王家であっても、アルデンヌ公爵の所有地には許可なく入ってこられないと言うことです」

 アルデンヌ公爵領はラテラ国でも有数の穀物地帯であり、沿岸線には独自の関税を許されている貿易港が3つもある。軍の数もフローズン辺境伯に負けないくらいの数を誇り、独立宣言されればたちまち王都は食糧難になるが、現王にはどうすることもできない。

 流石にサージェ様はわかっているようで、間違ってもうちを捜索するために近衛を呼ぶ気はないだろう。


「ふーん。じゃあ、この家の使用人に頼むわ。カイルも探してくれるでしょ」

 ここまで言ってもフェリシアにはわからないようだった。

 兄様の忍耐袋が切れる音がする。


「わかりました」

「まあ、ありがとう。やっぱりカイルは頼りになるわね」

「では、その聖獣の特徴をお聞かせください」

「猫みたいに耳と尻尾があるんだけど身体は白いもふもふで丸っこいの。あ、目は私の髪の色と同じサーモンピンクよ」

「目はピンクなのですね」

「そうよ、聖獣は身体の一部が契約者と同じ色を持っているの」

「なるほど、それは間違いないですね」

「ええ、間違いないわ」

「では、うちにいた聖獣はフェリシア様のものではありませんね」

「それはどう言うこと?」

「ローズ、いちごを呼んで」

「はい、お兄様。でも、本当にいいのですか?」

 兄様が涼しい顔をして頷いたので、私は「いちご」と何もない空に向かって呼んだ。


 スポンと私の腕の中にいちごが姿を現す。


「私の聖獣! やっぱりあなた達も見えるのね」

 兄様は手を伸ばして奪い取ろうとするフェリシアを静止した。


「よく見てください。この聖獣はローズと契約しています」

「目が赤い……」

「そうです。あなたの自慢のピンク色とは違います」

「横取りしたわね」

「これは人聞きが悪い。サージェ様の思い人だと大目にみてきましたが、男爵家の令嬢が無礼すぎるのでは?」

 余裕たっぷりな兄様にフェリシアは悔しそうに歯軋りして、手を大きく振り上げる。

 まさか、叩く気じゃないよね。

 いくらなんでも、考えなしでは?


「フェリシア、やめるんだ」

「だって、サージェ様。みんなして私を騙したんですよ。以前に聞いた時、聖獣は見えないと言ったよね」

 言ってはいない。見えないふりをしただけだ。


「当然だろう? 聖獣と契約しているなんてことが知れれば危険だ」

「今にみてなさい。絶対に奪い返してやる」

 フェリシアはそう言い捨てて、温室から出ていった。


「騒がせたな」

 サージェ様が疲れ切った顔で私たちを見た。

 それからクレイドに視線を移し「うまく取り入ったみたいだが、バーンズ領に行ったからって安心するな」と釘を刺してフェリシアの跡を追った。

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