第47話 1年後バーンズ領へ

 王都から馬車で揺られ10日、鉄壁の城郭都市と呼ばれたバーンズ領のそびえ立つ城門が見えてきた。


「いちご、橋塔よ」

「そうじゃな」

「見てよ、すごい綺麗なアーチだし、城壁が高すぎてまったく中が見えないわ」

「そうじゃな」

 いちごは興味なさそうに返事だけして膝の上で丸まっている。

 まったく張り合いのない旅の相棒だ。

 バーンズ領の城下に入るための橋塔は石造として最も長く全長136mもあり、両端が跳ね橋になっている。


「もう……あっ、誰かこっちに来る」

 城門が開き、馬に乗った青年が駆けてくる。


「手を振ってるけど……まさかあれって」

 いちごが首を上げチラリと窓の外に視線を移すと、ふわりと浮いて横にあるクッションの上に丸まった。


 馬車の窓を開け顔を出すと、青年は先頭の馬車の前で馬から飛び降りると、荷馬車の横をすり抜け私の乗る馬車まで走ってくる。


「ローズ!」

 真っ黒な艶やかな髪をなびかせ、見間違うはずのない金色の瞳で私をとらえる。

 こんなキラキラの瞳の人物は一人しかいない。


「クレイド」

 私はゆっくりと停止した馬車から降りて、大声で懐かしい人の名前を呼んだ。


「ローズ、会いたかった」

 勢いのままぎゅーっと抱きしめられて、私は心臓が飛び上がるほど驚いた。

 別れた時は、同じくらいの背丈で細く華奢なイメージだったのに、今は私の身体がすっぽりと腕の中におさまっている……っていうか胸板が厚すぎない?


「クレイド、一年でめちゃめちゃ背が伸びたのね」

 私は腕から逃れて、クレイドの顔を繁々と眺めた。

 キリリとしたまゆには知性が感じられるし、ぷっくりとした顔の肉が取れてせいか少年ぽさが消え逞しく感じる。

 先を越された感じがしてなんだか悔しい。


 でも、「そうか?」とちょっと照れたように髪をかきあげる姿は、やっぱり私の知っている可愛いクレイドだ。


「ふふふ」

 身体は大きくなっても、キラキラ笑顔は変わってないのね。


「私も、クレイドに会いたかったわ」

「今日の訓練はもう終わったんだ。街を案内するよ。一緒に乗っても?」

「ええ、もちろんよ」

 クレイドは嬉しそうに、私の手を取り馬車にエスコートしてくれる。


 うわぁ、エスコートが自然だわ。


「もしかして、いつも誰かをこうやってエスコートしているの?」

「まさか、本物のレディをエスコートするのは初めてだよ。こっちに来て色々な先生をつけてもらえたんだ」

 王宮では誰もクレイドの教育を心配してくれる人はいなかったものね。そう思うと、ほんとムカつく。

 クレイドは過去の自分の扱いについてもっと怒ってもいいのに、今はこうして貴族として当たり前の教育をされていることに、こんなに嬉しそうにしてるだなんて、不憫すぎる。


「クレイドのやりたいことは私も応援するから」

 推しを応援するのは私の幸せでもあるし。


「うん、ありがとう。それにしても、カイルがよく君を一人で旅に出したね。いちごが一緒だからかな」

「あら、私はいちごがいなくてもめちゃめちゃ強いのよ。そこら辺の盗賊には負けないくらい」

「それは知ってるけど、そういう問題じゃないんだ。カイルの過保護は筋金入りだから」

「確かに、今回もすごく駄々を捏ねていたわ」

「やっぱりね」

「それよりクレイド、跳ね橋が上がっている時に恋人にタッセルを贈ると結ばれるって知ってる?」

「えっ。いきなりどうしたの? もしかして誰かにタッセルを渡す予定でもあるの?」

「あら、私にだって渡す人くらいいてもおかしくないでしょ。あの跳ね橋ならロマンチックかなと思って」

 おずおずと遠慮がちに聞かれ、私は意味深に笑顔で返した。


「うん、まあ……そうだね」

 心なしか、元気がないし食いつきが悪いような気がする。

 まだ、恋愛には興味がないのかな? 今は恋愛より金竜を召喚する方が大事だものね。

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