第48話 タッセル
「今、王都で流行っている恋のお守りなんだけど、案外、跳ね橋って一般人は入れないところが多いのよ」
「へー、ミシデン橋なら一般の人も通れるからいいかもね。でも、こんなに人通りの多いところでもらうのは恥ずかしいな」
「あら、それがいいんじゃない。それでなくてもバーンズ領は危険で野蛮なイメージがついているんだから。もっと浮ついた派手な噂が必要だわ。ここまでくるまでに手のつけられてない温泉もいっぱいあったし、北の山脈にはアルパが住んでるって聞いたし。アルバといえば高級毛糸よ」
私がバーンズ領の観光資源になりそうな物を上げると、クレイドは目をまんまるにして驚いた。
「ローズはそんなことを考えながら馬車に乗っていたのか……」
「当たり前よ。それじゃなきゃチンタラ馬車になんて揺られてこないわ。いちごだっているんだからひとっ飛びよ」
「ローズはやっぱりすごいな。僕も成長したと思っていたけど、まだまだかな」
「そうでもないわよ。フローズン卿から聞いた。金竜に会えたんですって?」
✳︎
「聞いちゃったんだ……契約してから知らせたかったんだけどな」
しょぼんとして、ちょっと口を尖らす顔も可愛い。
「なかなか手強そうじゃない」
「こちらからは攻撃できないし、初めは翼で追い払われるのを避けるので手一杯だった。でも最近は返事はしてくれないけど話は聞いてくれいるみたいなんだ」
「まるで、なつかない猫を相手にしているみたいね」
「確かに。こっちのことなんて気にしてない風なのに、僕が話に詰まると『フン』ってため息をつくんだ」
楽しそうに笑うクレイドを見て、私はホッとした。
一年前に別れてから頻繁に手紙のやり取りはしていた。
そこにはバーンズ領での暮らしが楽しそうに書かれていたが、過酷な訓練の様子も聞いていたので、少しくらい愚痴を書いてくれてもいいのにと思っていた。そうすれば励ますこともできたのに。
こっそり様子を見ようかとも考えたが、フローズン卿から「今は黙って見守ってやってくれ」と言われ、兄様からは「男には一人でやらなきゃならない時もある」とか訳のわからない説得をされ、今日まで会いにくることができなかったのだ。
「あ、ちょっと馬車を止めて」
橋の中央に差し掛かったところで、私は景色を見るためだと馬車から降りる。
「綺麗な川ね」
「冬でも凍らないんだ」
「流れがあるんだから普通川は凍らないでしょ?」
「ここでは小さな川は凍ることもある。それに川の温度の方が気温より高いから樹霧が見られるよ」
「樹霧?」
「うん、空気中の水蒸気が霧になって木に凍りついたものでキラキラしてすごく綺麗なんだ。ローズにも見せてあげたかったよ」
うっ、その笑顔、もはや狂気だわ。
久しぶりに会ったせいかなんだか、一推しの兄様より輝いて見える……不味くない?
いや、不味くないわよね。推しに一番も二番もないはず。
それにしても真っ白い世界に佇むクレイドなんて、さぞかし絵になる光景だろう。
「ローズ?」
「ああ、考え事……ごめんね。今度は冬にもう一度来るわ。それより私、クレイドにプレゼントを持ってきたの」
私はポケットに入れていた藍色の組紐で作ったタッセルをクレイドに手渡したす。
「これって……さっき話していたやつ?」
「そうよ。私が作ったの」
「き、綺麗な結び方だ」
「そうでしょ。前世でちょっと習う機会があってね。クレイドの剣につけてね」
「うん。大事にする」
ポッとクレイドの頬が染まる。
ん?
あ!
「クレイド、これはさっきの話とは関係ないから!」
「関係ないの?」
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