第55話 ステラ

「ローズ。腹ごなしも済んだし、あれを見せるのだ」

 あれ、と言うのはクレイドがご機嫌取りに持って行った記録石のことで、金竜は本当にその映像につられてついて来たらしい。


 金竜がそんなちょろくていいの?

 まあ、作戦として大成功だったと言える。

 記録石の映像はあのままだとお粗末すぎたので、魔法で精度を高め、360度まるでお花畑の中にいるように加工してみた。

 なんだったら匂いまでできるかもと思い、やってみたら完璧なまでに再現できた。

 さすが私、チート最高である。


「早くしておくれ」

 金竜は私を急かすと、自分はフカフカのクッションの上に丸くなった。

 お花畑の中でお昼寝をするのが最高なのだそう。

 若干私に言葉が優しいのは、この記録石は一度分の魔力しか入れられないため、映像を見るためには私が必要だからだ。


「はいはい。かしこまりました」

「はいは一度だ」

 いちごじゃなくても首を絞めたくなるが、まだクレイドが契約をしていないので我慢する。


「では、行きますよ」

 私が記録石に魔力を込めると、部屋中が竜金花でいっぱいになった。

 何度やっても完璧ね。

 流れる雲まで本物のようで、甘い香りが部屋中に漂う。


 これで文句はないでしょう。と金竜を見ると空を見上げて涙ぐんでいた。

 もう戻れない故郷を思う気持ちがわかるような気がして、私はまだ意地汚くお皿にかぶりついているいちごを連れて部屋を出た。



 ✳︎


「ステラ、と言う名前はどうでしょうか?」

 おずおずとクレイドがお風呂場で水浴びをしていた金竜にお伺いを立てる。

 これまで何度となくて却下されており、見慣れた光景になってしまった。


 でも今回の名前はなかなかセンスがあるんじゃない?

 響きも綺麗だし。何たって女性の名前だ。

 ここまで名付けで揉めているのは金竜のわがままかと思ったら、クレイドが提案する名前も問題だった。

 強そうな昆虫の名前とか、明らかに男性の名前まであった。



「よかろう」

「じゃあ、契約してくれるのですか?」

「いや、まだだ」

 金竜は面倒そうに浴槽から出ると、パタパタと部屋のソファーに着地して首を横にコキコキした。


「どうしてでしょう?」

「お前のその金色と同じ目をした人間と昔契約していたことがある」

「メイシス王ですか?」

「そうだ。お前はその子孫だろう?」

「はい」

「同じ匂いがするからな……人間と契約すると稀に妾の能力を受け継いでしまう場合があるのだ」

 きっと、それが覚醒するってことよね。


「メイシスもその一人だった」

「どんな能力かお尋ねしても?」

「周りの感情が目に見えるし、聞こうと思えば心の声も聞こえる」

 やっぱりね。そんな感じだと思った。

 人の感情がわかるなんて支配者にぴったりの能力だもの。


「そうなんですね……」

 素晴らしい能力だと思うのに、なぜかクレイドはしょんぼりとした。

 何でそんながっかりした顔をするの?


「あいつはお主と違って繊細じゃからの」

 いちごが私の膝で毛繕いしながら、小声でつぶやいた。

 ちょっと、それじゃあ私が図太いみたいじゃない。

 私だって、繊細な乙女心くらいあるのよ。

 ピンと立った耳を手でつついてやると、いちごはいやそうな顔をして飛び降りるとクレイド膝に移動した。


「それは制御できるものですか?」

「それはお前次第だ。メイシスも苦労しておったが1年くらいで制御できるようになっておった」

「そんなに……」

 クレイドはそれきり押し黙ったまま考え込んでしまった。


 制御に1年もかかるのは大変だけど、金竜が契約してもいいといってくれているのに何をそんなに迷うのかわからない。


「わかりました。契約お願いします」

「そうか。では妾の洞穴に移動した方が良いな。支度が出来次第出発するぞ」

「洞穴ですか?」

「ここではお前を殺そうと考えておる者はいないが、人が多すぎて覚醒と同時に他人の声が一気に流れ込んでくる。うるさいからと耳を塞いでも防げないからの」

 私は金竜の言葉に衝撃を受けた。

 クレイドを殺そうとする?

 そうか……クレイドはいつも暗殺の危険と隣り合わせで、王宮では多くの悪意に晒されていたんだ。

 その悪意が目で見て声になって常に聞こえてきたら、それはやっぱり無視できないかも。


「ローズ。できるだけ早く制御できるようになるから」

 クレイドはいちごを抱き上げると、私に笑顔を見せた。

 強がっているのがバレバレなのよ。


「クレイド……」

「大丈夫、1年なんてかからず3ヶ月で制御してみせるから。カイルにもそう伝えておいてくれ」


 数日後、クレイドは金竜の巣に戻って行った。


「そんなに心配しなくても大丈夫。また一回り大きくなって帰ってくるから」

 フローズン卿がのんびりとした口調で私を励ましてくれると、ちょっとそんな気がして安心する。

 それから二人でクレイドの遠ざかる背中を小さくなるまで見送った。




✳︎

やっと10万字です。数日前から体調悪くてちょっと最新お休みします。

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悪役令嬢はもう一度恋をする〜ちょっと待て! 次こそはご褒美転生じゃなかったの? 彩理 @Tukimiusagi

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