第37話 闇の気配

「つまり、僕にも銀狼が見えるかもしれない?」

 なぜか兄様は瞳を輝かせて私に迫ってくる。

 いえ、そんなことは言ってませんけど? という顔を返すと「同じ聖獣のいちごは見える」と胸を張る。


「それは私とお兄様の匂いが一緒だからでしょ」

 正確には血の匂いだそうだが。

 なおかつ私のことを気にかけている存在を、認識疎外するのは面倒だからだし。


「いや、クレイド殿下にも見えたんだろう?」

 ワクワクした目で兄様に聞かれて、クレイドはなんと言っていいのか困っている。


「見えたことは見えたんですが、以前は見えませんでした」

「以前?」

「ローズと会った、春バラ茶会で。あそこにも銀狼がいたんだろ?」

 そういえばそうね。

 あの時もフローズン卿の後ろにはジルバがいたが、クレイドには見えていなかったようだったわね。

 なんで今回見えたんだろう。

 私は説明を求めていちごを見た。


「わしにもはっきりわからんが、ローズの影響で波長が合うのじゃろ?」

 何それ?

 根拠が全くない。



「いちごは、普段から精霊に親しい人間にも見えると言っていただろ。なら、策がある」

 なにか良からぬことを考えている兄様は、上機嫌でテントを出て行った。

 たぶんすっかり頭の中は銀狼一色で、フェリシアのこともクレイドのこともきれいさっぱり忘れ去られていると思う。


 男の子って、なんで狼に憧れたりするのかな?






「ローズの兄が言っておったのは、ピンクの髪の女子か?」

 いちごがカップに注がれたミルクをちょろちょろ舐めるのをやめて、テントの外を鋭く伺っている。


「そうよ。まさか外に来た?」

 それはかなりまずい、いちごがここにいるだなんて気付かれたらまじ殺される。


「いいや、あの罠に近づいておる」

「いちごがはさまれたやつ?」

 無言で頷くと、いちごはテーブルに並べられたケーキや果物を器用によけて目の前まで来ると、ぴょんと私の膝の上に着地した。

 どこから見てもねこね。


「誰が見に来るか偵察用の目を置いて来た」

 なにそれ? 

 もしかして、目玉親父みたいなやつ?

 ちょっとイメージが怖い。


「随分と心が欲でいっぱいになっておる。あれにかれると誤解されるとは心外じゃ」

 まあ、聖女でも中身が転生者では清らかさが違うのかもしれない。ただ、ゲームの強制力があるし油断はできないのよ。


「それだけじゃない、魔族が好みそうな匂いもする」

「魔族なんて本当にいるのか?」

 クレイドがとぼけたことを聞く。

 あなた今目の前に聖獣がいるじゃない。

 魔獣だって実在するのに、なんで魔族が実在しないなんて思うのよ。


「クレイド、魔族は実在するの。しかも前世では私が禁書を手に入れ、自分の魂と引き換えに闇の聖獣と契約しちゃうのよ」

「まさか!」

「今の私はしないわよ。もういちごと契約したし」

「よかった……」

 クレイドは心底安心したというように、胸を手で撫で下ろした。

 私って、どんな認識なのよ。


「そうもいっていられない。せっかくエレノア様を国外追放にして、私が闇に落ちなくても、別の誰かが闇の聖獣と契約してしまっては意味がないわ」

「やっぱりあのエレノアの国外追放にはヤラセだったんだな」

 クレイドがジロリとわたしを睨む。

 そうだった。

 あの時はなんて答えようか迷って誤魔化したんだった。

 でも、もういっか。


「そうよ。本編で修道院送りになる悪役令嬢エレノア様をそそのかし、王都を焼き尽くそうとしちゃうのが私なの」

 危険な要素は遠ざけておくに限る。


「そうだったのか……ただ楽しみで鑑賞してたわけじゃなかったんだな」

 もちろんよ!


「でも、魔族と契約するのがヒロインちゃんだなんてめちゃくちゃ過ぎるわ」

 それは断固阻止しなくっちゃ。


「ローズ、いったい何を叫んでるんだ? 外までわめきい声が聞こえるぞ」

「お兄様、ヒロインちゃんに監視をつけて、禁書を先に盗み出さなくては!」

 ちょうどテントに入ってきた兄様にそう叫ぶと大事そうに手に持っていたお皿を落とす。


「まさかジルバと話がしたいからって、いちごへの賄賂じゃないでしょうね」

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