第38話 禁書

「賄賂じゃないぞ、ただのご機嫌取りだ。聖獣様と仲良くなるためのな」

 ふん、見えすいたことを。

 狐狩りに行く時より目が輝いているけど。



「それを賄賂って言うんですよ」

「だって、銀狼だぞ。絶対かっこいいだろ」

 はいはい、かっこよかったですよ。

 もう、仕方ない。

 私の一番の推しである兄様がこんなに楽しそうなのだ、フローズン卿が帰る前に銀狼と話せる様に頼んであげよう。

 あとでだけど。


 まずは——。


「お兄様。今は禁書です。盗んで来てくれますよね」

「ローズ、いきなりなんだ?」

 兄様の目は点になっていたけれど、私の無謀なお願いに怒った風でもなく耳を傾けてくれる。

 ふふふ、だから兄様のこと好きなのだ。



「何の本なのか教えてくれ。そもそもなんで禁書を盗むんだ? 借りるのではダメなのか?」

 簡単に借りられないから禁書なのだ。

 それに借りられたとして、誰が借りたかバレるのはまずい。


「いちごがフェリシア様から魔族の好む匂いがするって教えてくれたの」

「魔族って、本当ならローズが召喚する闇の聖獣か?」

「厳密には闇の聖獣と魔族は違うわ」

「違うのか?」

 クレイドが意外そうに首を傾げる。

 王族であるクレイドがこの認識とはちょっと意外だけど、それだけ聖獣は現実のものとは認識されていないのかも知れない。


「闇の聖獣についての本がなぜ禁書になっていると思います?」

「それは、邪悪な精霊だからじゃないのか?」

 兄様の言葉にクレイドも頷いているが、いちごはそんな二人を眉を顰めて睨んでいる。



「この世界では多くの人間が闇の聖獣は邪悪だと思っているかもしれないけど、そもそも精霊に邪悪という概念はないんです。あえて言うなら無邪気?」

 そう、善悪の基準を人間に合わせるのがおかしいのだ。


「そうなのか? じゃあなぜ禁書に?」

「それは闇の聖獣が使える力にあります。光の聖獣が治癒魔法を得意とし、光を必要とする精霊を統括するのに対し、闇の聖獣は攻撃魔法や呪いや言霊を扱う魔法が得意なのだけです。闇の精霊には月や星など人間に敵対心を持たないものもいるのですが、負の感情を好む魔族も支配下に置いています」

 この魔族こそ、闇の聖獣が邪悪なものとして誤解される理由だ。

 闇の聖獣はその名の通り、闇の中に紛れあまり表に出てこない、性格も荒く力の強い魔族が我が物顔で闇を仕切っている。


 クレイドの認識を見るに禁書にした王家さえも詳しくはないのだろう。


「星や月の精霊も闇の属性なのか」

「そうよ。それに呪いと言っても解呪も得意だったり言霊は良い予言として効力を持たせることもできるの」

「闇の精霊が悪いことをするのではなく、召喚して願う人間の方に問題があるということだな」

 私はクレイドの言葉に大きく頷いた。


「続編では私が第3王子カルロ様と婚約中に王宮図書館で闇の聖獣についての禁書を手に入れ、魔族を使って国中を焼き尽くしたの」


「そんなことローズが……」

 事態が深刻なのだとわかって欲しくて告白したのだが、クレイドは前世を思い出す前の私が想像できないようだった。

 固まって言葉を無くすクレイドに「前世を思い出す前の私はね。そんなことをやりそうな人間だったの」と勤めて明るく笑って説明した。


「いちごが言うように、魔族は嫉妬や破壊の心を持つ人間によって来るの。もしもフェリシアからそんな匂いがしたのなら闇の聖獣を召喚しても魔族に接触する確率が高いと思うわ」


 禁書は基本的に王族と許可を得た婚約者しか閲覧することはできない。今のヒロインちゃんは正式にはまだサージェ様の婚約者ではないので、閲覧することはできないはず。

 だからその前に禁書を盗み出せばいい。

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