第19話 告白 2 ✳︎
「後継者争いで僕を狙ったものではないと思う」
「なんでそう言えるの?」
「だって、僕の執務室の床下に誰にも気づかれず、あんな複雑で大掛かりな魔法陣を描くには相当な時間がかかったはず。それにあの魔法陣、古い魔法の匂いがした」
魔法陣も言葉と同様、時間とともに変化していくのだ。
「執務室の魔法陣には突然あの場所に作られた違和感がない。なんていうかずっとそこに存在していた感じがする」
前からあったなら、お父様が見逃すはずがない。
「あれは緊急の脱出用魔法陣なんじゃないかな」
そう考えると、あの分不相応にでかい執務室を僕にくれたのも、ローズと二人で隠し通路を探させたのも理解できる。
「やっぱりだめ。確証がない以上これは兄様が持っていて」
「ローズ、これは僕が君にあげたものだ。8歳の妹を犠牲にして助かって僕が嬉しいはずないだろ」
「でも」
泣きそうな顔で僕を見つめるローズの瞳は不安に揺れていた。
妹にこんなに心配させて僕はまだまだ頼りない兄だな。
「じゃあ、こうしよう。このペンダントはローズが付けて、いざという時には僕と手を繋いで一緒に転移しよう。二人だと距離が稼げないけど多分5キロは移動できると思う。まずは外を見られる窓を探して転移先を目で確認しよう」
どう?
と聞くとローズはやっと安心したように「うん」と頷いた。
「よし、外には誰もいないみたいだ」
ドアは何の抵抗もなくスッと空いた。
やはり鍵も結界もかかっていない。
細心の注意を払い部屋の外を覗くと、そこはダンスホールくらいもあり、アーチ状の高い天井からはメリーゴーランドかと思うくらいに大きなシャンデリアが備え付けられていた。天井を飾るのそれだけではなく沢山のステンドグラスがはめ込まれ、光を受けて大理石の床にキラキラと花畑のように映し出されていた。
「すごい」
「うん凄いね」
僕はローズの手を握りしめて、誰もいないホールをゆっくりと歩いて、幾重にも重ねられた真っ赤なカーテンの奥に飾られている一枚の大きな絵の前で立ち止まった。
その絵を見上げると、幸せそうに、両親と僕、ローズがほほ笑んでいた。一瞬で移動したなんてまだ信じられないが、ここはアルデンヌ領地の城で間違いなさそうだった。
「お父様とお母様……ここはクリスタルガーデンですね」
感嘆の声を上げて喜ぶローズの頬は上気してピンク色に染まっている。
いつの間にか僕の手を離し「素敵! 素敵!」とぴょんぴょんと跳ねまわりながら、光の中を走り回っている。
うん、間違いなく天使だな。
お父様も人が悪い。きっと僕たちが驚くのをひそかに楽しんでいたに違いない。
でも、こんな可愛いローズの姿を見れないのは自業自得だ。帰ったら自慢してやろう。
それにしても、随分大掛かりな魔法陣だったことは確かだ。馬車なら二週間はかかる距離を一度の転移魔法で移動できる魔法陣は王宮にもないだろう。
「ローズ、下に降りてみよう」
「待ってください、兄さま。ベランダから外を見ましょう!」
ローズは期待のこもったキラキラした瞳で、僕の手をとって待ちきれないというように引っ張っていった。
「うわー」
それ以上言葉にできず、黙り込んで眼下に広がる景色を僕たちは眺めていた。
城下町に住む人でさえありんこのように小さくみえ、何重にもくるっと城を囲んだ城壁は薄いカーテンベールのように美しかった。
城壁の外にはカラフルな畑がどこまでも続き、切り立った崖の上に立つシュノイ城からは領地の隅々まで見渡せるのではないかと思うほどの見晴らしだった。
「お父様の言った通りの景色ですね」
「うん」
ローズの言葉に僕は素直に頷いた。いつも、いつもお父様が自慢していた領地を見下ろして、この素晴らしい景色を見られる責任と義務を実感した。そして、この領地と同様一番に守らなくてはならにものに視線を移す。
「泣いているのか?」
ローズの瞳には涙がいっぱいあふれ出て今にも頬を伝って落ちそうだった。
「兄様……」
僕を見上げた途端はらはらと流れ落ちる涙を思わずハンカチで拭きとり、なぐさめようと必死に考えたが、動揺してしまい上手く言葉が出てこなかった。
「どうしよう。私……この領地を壊しちゃう……」
「え?」
ローズの言葉が理解できず僕は、もう一度聞き返した。ローズはガタガタと震えながら、空を睨みつけて呟いた。
「何が、ご褒美転生よ。悪役令嬢じゃない」
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