第18話 告白 1

 僕の執務室は、11歳の年齢からすれば贅沢すぎる広さだった。

 壁にはびっちりと世界中の書籍が並べられ、テーブルを囲む皮張りのソファーには8人座っても余裕があるゆったりとしたつくりになっている。

 そのほかに執務机が3台。会議用の円卓の天井にはクリスタルのシャンデリアが飾られ、アンティークの椅子が5脚置かれていた。

 ハッキリ言えばお父様の執務室より豪華だ。


「広すぎて落ち着かない」といった僕にお父様は「この部屋には隠し通路が幾つかあるんだ」とドヤ顔で言った。

 怖いのでなんでそんなものがあるかは聞かないことにしたのに、「ローズと一緒に探してごらん」と僕の手を握ってウィンクする。

 ローズが一緒でいいなら危険はないのだろう。


 それ以来暇を作っては2人で隠し通路を探検するようになった。



 隠し通路探しは宝物探しのように面白くって、お父様の言うように幾つも存在した。あるものは僕たちの部屋へと続いたり、あるものは地下の使用人通路につながっていた。

 とりわけびっくりしたのが、円卓の下の小さな小部屋だ。僕の背丈ほどしかなくて、がらんと何もない空間はどこにも通じていそうもない。


「下りて見ましょう」

 尻込みしている僕にローズが嬉しそうに瞳をキラキラさせて僕を見た。絶対やだ、と思ったけれどここで断ったら妹に弱虫だと思われそうで、仕方なく先に小部屋へと飛び降りた。


「どう、兄様何かある?」

「いや、どこにも通じてないみたいだけど」

「受け止めて」

 え? 上を見上げれば、そのとたんローズが勢いよくジャンプした。

 瞬間、両手を広げたけれど11歳では受け止めきれるはずもなく、二人でドッサっと倒れこむ。

 そのはずみで、天井の扉がばたんと閉まった。

 まずい!

 下からでは扉は押し上げないと開けられないが、僕の背では届きそうもない。

 知らず知らずローズを抱きしめる手に力が入る。


「兄様?」

 無邪気な声が僕を呼ぶ。

 しっかりしなくちゃ、不安そうな顔をすればローズまで不安になる。


「大丈夫、僕たちが戻らなかったらセバスが探してくれるよ」

 微かに声が震えたが、ローズのぬくもりが伝わってきて、ドキドキと大きな音でなっていた心臓もトクントクンとゆっくりとした鼓動に戻る。


 ローズの背中をトントンと叩いて、膝の上に横抱きにする。

「くっついてると温かいね」

「うん、ローズ怖くないかい?」

「大丈夫」

「そう、じゃあもう少し目が暗闇になれるまでじっとしていよう」

 僕は壁に寄りかかろうと体勢を変えるため片手を床に付いた。


 途端、床にびっちりと青白く光る魔法陣が浮かび上がり、やがてその光は目を開けていられないほど眩しく僕達を包み込んだ。


 ヤバイ!


 そう思った時には身体が宙に投げ出される感覚の後、頭がクラクラして視界が歪んだ。

 ウッ、吐きそう。

 このままでは意識が飛ばされる。

 それだけはダメだ。

 僕はローズを抱きしめる手に意識を集中させた。


 絶対にこの手は離さない。


 *


 強烈な頭痛に襲われて、知らず息が荒くなる。

「兄様、大丈夫ですか」

 薄く目を開けるといつのまにか魔法陣の光は薄くなり、心配そうな顔が僕を見ていた。


「僕は大丈夫。ローズはなんともない?」

 こくん、と頷くのを確認して、素早く辺りを見渡す。

 部屋はうっすらと輝いている魔法陣以外何もない。

 かろうじて天井にある窓からは青空が見え、白くなんの装飾もない壁には出口が一つ存在した。


「取り合えず、魔法陣を使った誘拐は身内の仕業というわけだ」

「どうしてわかるの?」


「ほら、あれはうちの家紋だ」

 扉には鍵穴もなく、中央にはアルデンヌ公爵家の不死鳥の家紋が彫り込まれていた。

「しかも、不死鳥の眼が開いている」

 眼が開いた不死鳥は本家にしか許されない家紋で、ごく親しい間柄の屋敷という事になる。


「じゃあ、狙いは兄様」

 ローズは怖い顔をして立ち上がると、自分の首にかかっているルビーのペンダントを外し僕の手にギュッと握らせた。

「兄様だけは絶対に逃がします。私がおとりになるから隙を見てこれを」

 いつも天使のように可愛らしい妹は、時々見惚れるほど勇ましい顔をする。


「これはローズがしていて」

「でも、もともと兄様のものです。王都ならともかくここがどこかわからない以上、これは兄様がしていてください」

 頑に首を振るローズに僕はペンダントを押し返した。

 このルビーには転移魔法が付加されていて王都内なら人一人屋敷に戻ることができるがそれ以上の距離は難しい。しかも、転移先は知っている場所にしかたどり着けないので、自分の居場所を把握せずに使うのは転移を制御出来なくなり危険だ。



 アルデンヌ公爵家の後継ぎは基本は現当主の息子に引き継がれる。しかし、それ以上に資質が重要で、優れたものが名乗りを上げれば受けて立たなければならなかった。

 ただ、アルデンヌ家の象徴である真っ赤な髪に明晰な頭脳を持つ僕に正面から太刀打ちできるものはいないだろう。

 だから僕が持つよりも、代々アルデンヌ公爵家の跡取りに受け継がれてきたペンダントだが、ローズを守るためにあげたのだ。

 それをずっと気にしていたのかもしれない。



 でも今回は「後継者争いで僕を狙って物ではないと思う」



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